当然の苦戦
新年あけましておめでとう。今年もよろしくお願い致します。
<底なし穴>一八層。そこで繰り広げられているのは、正しく激闘と呼ぶべきものだった。
「ブフォォォォ!」
「チッ!」
豚の顔を頭に乗せた、身長二メートルの大男。臭い鼻息と共に腹に響く鳴き声をあげて振り下ろされる斧を、ジャッカルは大きく後ろに跳んで回避する。やや鈍重ながらも怪力を誇るオークの一撃は軽戦士であるジャッカルにとって回避は容易であるものの、食らえば致命の一撃となるからだ。
「いい加減くたばりやがれ!」
本来ならば仕切り直しの距離だが、ジャッカルは<瞬脚>のスキルを発動し、彼我の距離を一気に詰めて剣を振るう。だが……
「ブフォォッ!」
「糞がっ! 豚のくせに武装なんてしてんじゃねーよ!」
元々強靱な体躯を誇るオークだが、その上に簡素ながらも防具を身につけているとなると、ジャッカルの鋭いが軽い剣ではなかなか有効な攻撃が通らない。
それでも今までならば足の速さを生かして翻弄したり、距離を取って身を隠してからの急襲や、何なら無視して通り抜けるなど、対処方法は幾つもあった。だが今はそういう自分を見失わせたり、オークから距離をとる選択肢が選べない。何故ならジャッカルの背後では、ローズがマギロケーターを起動していたからだ。
「おい姫さん、まだか!?」
「もう少しかかるのじゃ!」
「っ!? 奥からもう一体来たデス!?」
「んだと!? こっちは手一杯だ! そっちはテメーがどうにかしろ!」
「……やってみるデス!」
ジャッカルの言葉に、ゴレミは新たにやってきたオークと向き合う。一〇層で出会った時は片腕でも何とか戦えたが、今目の前にいるオークはそれとは全く違う威圧感を放っている。
(でも、やるしかないデス!)
「ブフォォォォ!」
「ぐっ……!?」
力任せに振り下ろされた棍棒は、かつてと違って金属製。その重い手応えに、片手で受けたゴレミが膝を折る。腕には軽い亀裂すら走り、二撃目を耐えられるかはかなり怪しい。
「ゴレミ……パーンチぃぃぃ!!!」
「ブフォッ!? ブフゥゥゥ……」
ならばこそ、渾身の反撃。だが黒ずんだ革鎧とその下に秘められた分厚い筋肉により、オークは痛そうに腹をさするに留まる。効いていないわけではないが、致命傷にはほど遠い。
(やっぱり片腕だと……いえ、それ以前に基本スペックが足りてないデス)
強い力と頑丈な体を武器とするゴレミにとって、オークは自分の上位互換だ。故に能力の劣る素のオークは倒せても、自分より能力の高いオークライオットには明らかに分が悪い。
「でも、こんなところで引いたらマスターには会えないのデス! 絶対に……絶対に諦めないのデス!」
「ブフォォォォ!」
「あうっ!?」
覚悟を持って立ち向かうゴレミ。だが悲しいかなゴーレムであるゴレミには、覚悟で引き出せる隠された力のようなものはない。振るわれる一撃に石の体が大きく吹き飛ばされ、近くの壁にぶち当たる。
「ぐっ、うぅぅ……」
「ブフォォォォォォォォ!」
その場に倒れ込むゴレミに、オークライオットの無慈悲な一撃が振り下ろされる。それにてゴレミの今生が終焉を迎えるかと思われた、まさにその時。
ガキィィィィィィン!
「ゴレミ! 大丈夫なのじゃ!?」
「ローズ!? 地図はできたデス?」
「うむ、完成したのじゃ! なのでここからは妾も戦うのじゃ!」
指輪の障壁を張ったローズが、ニヤリと笑ってそう告げる。そんなローズに向かってオークライオットが苛立たしげに何度もメイスを振り下ろすが、莫大な魔力をつぎ込んだ障壁には小さなヒビの一つも入りはしない。
「ふふふ、その程度の攻撃で……ぬぉぉぉぉ!?」
だがここで問題が生じる。確かにローズの魔力で生みだした障壁はオークライオット程度が破れるものではなかったが、障壁が攻撃を受け止める際に生じる衝撃は別。上からの打ち下ろしならば大地が吸収してくれるそれも、横薙ぎに振るわれてしまえばローズの小柄な体が浮き上がってしまう。
「ローズ!」
「ゴレミ! 助かったのじゃ!」
故にゴレミが、咄嗟にローズの背後から抱きついた。重い石の体が楔となり、ローズの体がしっかりと固定される。
「ブフォォォォ! ブフォォォォ!」
そんな二人を、オークライオットがやけくそ気味に殴りまくる。障壁の表面にはローズがフレアスクリーンを貼り付けてあるのだが、殴るときにほんの一部が一瞬しか触れないうえに金属製のメイスとなると、ほとんど効果が現れない。
だがローズに焦りはない。こんな時に必要な力を、ローズは最初から持っている。
「ゴレミ、覚悟はいいのじゃ?」
「当然なのデス!」
「ならばいくのじゃ……焼き尽くすのじゃ、ファイヤーボール!」
生み出されたのは深紅の光球。濃すぎる魔力のせいで全く前に飛ばない魔法も、敵が直接殴ってくるような距離であれば関係ない。
「てやぁ!」
ドゴーン!
「ブフォォォォォォォォォ!?!?!?」
耳をつんざく爆音と共に灼熱が炸裂し、オークライオットの体が消えぬ炎に包まれる。たまらず床に倒れ伏し身悶えながらゴロゴロ転がるオークライオットだったが、程なくしてその動きがとまると、魔石を残してダンジョンの霧へとその姿を変えた。
「ふーっ、やったのじゃ! ゴレミは大丈夫だったのじゃ?」
「モチのロンなのデス!」
ローズが自分の魔法で傷つくことはないが、ゴレミは別。だが背後からローズに抱きついてたゴレミは、ローズの体を盾にすることで爆炎を防いでいた。それでも普通の人間なら火傷くらいはしただろうが、ゴレミの石の体は多少炙られた程度で焦げたりはしない。
「おう、そっちも終わったか。てか、相変わらずスゲー爆発だな」
と、そこに自分の獲物を仕留め終えたジャッカルがやってきた。特に怪我や疲労があるわけではない様子から、本当にただ面倒なだけだったということが窺える。普段の言動はともかく、ジャッカルがそれなりに優秀な探索者であることは間違いないのだ。
「ふふふ、前に飛ばぬこと以外は、妾の魔法は最強なのじゃ!」
「あー、そうだな…………ふぅ」
遠距離攻撃なのに前に飛ばない時点で致命的だろ、という突っ込みを飲み込み、ジャッカルがため息を吐く。周囲を見回し敵がいないことをもう一度確認すると、ジャッカルが改めて口を開いた。
「なあ姫さん。もうこの辺までにしとかねーか?」
「む? この辺までとはどういう意味なのじゃ?」
「そうデス。休憩には流石に早すぎるのデス」
「そうじゃねーよ。あのガキを助けにいくってのを、この辺までにしとけって言ってんだ」
「何を言い出すのじゃ!? そんなことするわけがないのじゃ!」
ジャッカルの提案を、ローズは驚きと共に否定した。だがジャッカルは険しい表情のまま言葉を続ける。
「そうは言ったってなぁ……姫さんだってわかってんだろ? こっから先はもっと魔物も強くなるし、二〇層を超えれば一層辺りの広さも増して、罠も増える。俺一人なら駆け抜けりゃどうにでもなるが、姫さん達がついてくるのは無茶だぜ? 今だって勝ちはしたが、割とギリギリだっただろ?」
「それは…………」
ジャッカルの指摘に、ゴレミもローズも何も言えない。近接攻撃しかしてこないオークだからこそ倒せたが、これがもっと素早かったり、遠距離攻撃が主体の敵であったなら勝ち目がないのはわかっていたからだ。
「だからこの辺にしとけって。俺が言うのも何だが、俺ですらこれだけ苦戦するんだ。あのガキがちょっと強くなったくらいじゃ、とっくに死んでるぞ? 遺品くらいなら俺が回収してきてやる――」
「馬鹿を言うな! クルトは死んでなどおらぬのじゃ!」
「そうなのデス! マスターが今も生きていることは、ちゃんと――っ!?」
ジャッカルの言葉を否定しようとしたゴレミが、不意に言葉を詰まらせる。これまでずっと回り続けていたお腹の歯車……それが今、消えた。
毎年のことですが、今年もやっぱり休まず毎日更新です(笑) 何かと移動や待ち時間が多い時期ですので、その隙間にでも楽しんでいただけると嬉しいです。





