信頼と契約
「ということで、ジャッカルと一緒にダンジョンに潜るデス!」
「えぇぇ…………?」
ゴレミの連れてきたあまりにも意外すぎる助っ人に、リエラが困惑の声をあげる。ジャッカルがゴレミとクルトに何をしたのかを知っているのだから当然だ。
とはいえ受付嬢として、確たる証拠もなしに特定の探索者……それもまあまあ有能な……を貶めるような発言をすることなどできないし、何より被害を受けた本人が連れてきたのだから、部外者である自分が言えることなど何もない。それに……
「大丈夫デス! ゴレミだってジャッカルのことを信じたりしてないデス! なので『マスターの救出依頼』の手続きをお願いしたいデス」
「依頼! ああ、そういう……わかりました。じゃあすぐに書類を用意しますね」
ゴレミの言葉に納得すると、リエラはすぐに必要な書類を取りだし、カウンターの上に並べた。そこにゴレミが必要事項を書き込み、それをリエラがチェックする。
「依頼主はゴレミさんとローズさんの連名。依頼内容はクルトさんを救出し、ダンジョンから脱出するまでの護衛。報酬は……一〇〇〇万クレド!? え、これ大丈夫なんですか!?」
「大丈夫なのデス。そのくらいなら蓄えがあるのデス」
「へ、へぇ……ならいいですけど」
平然とそう答えるゴレミに、リエラは内心で軽く戦慄する。当たり前の話だが、一〇〇〇万クレドは大金だ。登録から一年半しか経っていないような新人がおいそれと出せる額ではない。
だがゴレミは、ためらいなく払えると……しかも「蓄え」と言った。つまり手持ちの装備などを全て売り払ってギリギリの金策をしたわけではなく、余剰資金として一〇〇〇万クレドを抱えていたということになる。
(まさかあの男の子が、こんなに早く大金を稼げるようになってたなんて……ミーシャには内緒にしとこう)
クルトに対して思うところがあるわけではないが、自分の知っている青年が同僚の毒牙にかかって弄ばれた挙げ句、パーティが崩壊する様を見たいとは思わない。
なので脳内で「年下でちょっと冴えない外見だけど、お金を稼げる探索者の男の子!? 何よそれ今すぐ紹介しなさいよ!」とわめく同僚をペシッと叩き落とすと、続けて書類をチェックしていった。
「はい、大丈夫ですね。それじゃジャッカルさん、この内容で問題なければ、こちらにサインをお願いします」
「わかってるって。ほれ」
綺麗な営業スマイルを向けられ、ジャッカルはサラサラと名前を書く。その際に軽く指先が触れたが、ジャッカルが身をよじる様子がない。
「あれ? ジャッカルさん、調子が戻ったんですか?」
「まあな。でなきゃ流石にこんな依頼受けねーよ。ほら、これでいいだろ」
「確かに。ではこちらはギルド内にて保管させていただきます」
そうしてリエラの手により、契約書がしまい込まれる。これにて依頼は受理され、ゴレミ達とジャッカルの契約は完了した。
ちなみに何故「ギルドでの契約」に拘ったかと言えば、当然ゴレミ側には「ジャッカルが裏切らない」などという信頼がこれっぽっちもなかったからだ。
だがこうして契約書が残れば、ゴレミ達とジャッカルが合同でダンジョンに入ったことが公的な証拠として残る。単に依頼が失敗となっただけでも経歴に傷が付くのに、雇い主が死亡などとなればジャッカルの今後の探索者生活に大きな影響が出るため、裏切られる可能性がグッと低くなるとゴレミは考えていた。
そしてそれは、ジャッカル側も同じだ。まだまだ駆け出しと言えるような相手が、一〇〇〇万クレドなんて大金を本当に持っているかは甚だ怪しい。だがギルドを介した契約となれば踏み倒すのは相当に難しくなる。ましてや今回は依頼主の一人にローズ……オーバードの皇族がいるので、公的な契約が結ばれた証拠があるなら、取りっぱぐれはまずあり得ない。
お互いがお互いを信用していないが故に、探索者ギルドという巨大な組織を仲介した。双方の思惑が重なったからこその契約である……閑話休題。
「それじゃ契約も終わったデスし、さっさとダンジョンに潜るデス! 銀河の果てまでマスターを抱きしめにいくのデス!」
「ギンガ? 二二層はギンガというのじゃ?」
「へ? いや、俺はそんなこと知らねーですけど……おいゴーレム、訳のわかんねーこと言ってんじゃねーよ」
「わからないのはジャッカルの頭がプーだからデスー! ほら、早く行くデス!」
「んだそりゃ!? チッ、糞が……」
和気藹々……とは大分遠いが、早足で移動するゴレミとローズの背後を憮然とした表情のジャッカルがついていき、ほとんど人のいないギルド内部を歩いていく。するとすぐに<底なし穴>の入り口に辿り着いたので、足を止めたゴレミがクルリと振り返った。
「それじゃ前の続きとしてダンジョンに入るために、ゴレミの……あっ」
両手を伸ばそうとして、自分に右手しか残っていないことに改めてゴレミが気づく。そんなゴレミにローズがすかさず歩み寄ると、左手でゴレミの右手を掴み、自分の右手でジャッカルの左手を強引に掴んだ。
「ほら、これでいいのじゃ。それでは入るのじゃ!」
「ローズ……」
「チッ、何で俺がこんな、ガキみてーな……あーいや、別に姫様のことが嫌とか、そういうんじゃないんですよ、へへへ……」
「そういうのはもういいのじゃ! それよりゴレミよ、早く行くのじゃ!」
「そうデスね。じゃあ……えいっ!」
ローズに促され、ゴレミがダンジョンへと踏み込む。そのまま全員が手を繋いだ状態で入場を果たし、階段を降りていくと、程なくして床の上に壊れたゴーレムの左腕が転がっていた。
「やったデス! 成功デス!」
「おぉぉぉぉ……正直半信半疑だったのじゃが、ちゃんと戻ってこられたのじゃ!」
ゴレミはダンジョンの仕様を知っているため「上手くいく」という確信があったが、仕様を知っているだけで干渉ができるわけではない。万が一想定していない問題が発生して元のダンジョンに戻ることができなかった場合、その時点でクルトの救出は絶望的だった。
だが今、その最初にして最大の関門を突破できたことに心から安堵し、落ちていた腕を拾い上げると肩にかけた大きな鞄に入れる。いつも使っている背負い鞄は片腕だとずり落ちてしまうため、急遽用意したものだ。
「ゴレミよ、それは持っていったら直るものなのじゃ?」
「時間はかかるデスけど、何とかするデス。前みたいに綺麗に切断されたとかなら、割と簡単に直るんデスけどね」
「そう言えばクリスエイド兄様に斬られた時は、いつの間にか直っておったのじゃ」
ゴレミの言葉に、ローズがオーバードでのことを思い出す。石材がくっつく理屈は今もよくわからないままだが、ゴレミが何とかすると言うのであれば、ローズはそれを信じる以外にない。
「おい、もういいか? さっさと仕事を終わらせてーんだ。地図よこせ」
「確かに急ぐべきじゃったな。ほら、これが地図なのじゃ」
「うえっ!? 姫様がマッピング担当で!? ど、どうもです……」
「ジャッカル、ゴレミとローズで対応が違いすぎるのデス」
露骨に態度を変えるジャッカルに、ゴレミがややむっとした表情で言う。だがジャッカルは悪びれる様子もなく、そんなゴレミを睨み付ける。
「当たり前だろ? 何でたかがゴーレムの……いや、中身は別のところにいるんだろうが、とにかく田舎娘とオーバードのお姫様を同列に扱うと思ってんだよ?」
「そうは言うデスけど、今回の依頼主はゴレミとローズの連名なのデス。一〇〇〇万クレドの報酬を払う依頼主に、ジャッカルはそういう態度を取るデス?」
「あん? そりゃあ…………」
その指摘に、ジャッカルは言葉を詰まらせる。自分をやり込めた田舎者だという先入観を取り払い、言われたとおり「一〇〇〇万クレドの依頼主」だと考えれば、確かにこんな態度は絶対に取らないと思えたからだ。
「……何だよ、テメーにも敬語を使った方がいいか?」
「別にいらないのデス。ただ普通に接してくれればいいのデス。信頼なんかなくても、利害の一致しかなくても、だからこそ契約内容を……ゴレミ達を二二層に連れて行って、マスターを助けるという仕事をきっちりこなしてくれれば、それだけで十分なのデス」
「そうじゃな。妾に対しても別に下手に出たりせずともいいのじゃ。今更そんなことを気になどせぬし、年長者、上級者として指示してくれて構わぬのじゃ」
「わかった。ならそうさせてもらう……あとで不敬罪とか言われねーよな?」
「言わぬのじゃ! ローザリア・スカーレット・オーバードの名に賭けて、一切の……いや、一般的に犯罪と呼ばれない範囲での言動を不敬と問わないことを誓うのじゃ!」
「言質は取ったからな? あとで言ってねーとかはなしだぞ?」
「ゴレミ達はジャッカルとは違うのデス。そんなことしないのデス」
「……チッ。なら行くぞ、こっちだ」
ぶすっとした表情で、ジャッカルが地図を片手に先頭を歩き出す。実力以外の全てがないジャッカルと共に、遂にクルト救出作戦が本格的に開始された。





