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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第八章 歯車男と大異変

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欠けた歯車

今回からしばらく、三人称となります。

「クルトが!? クルトが壁に吸い込まれて、扉が閉まってしまったのじゃ!? 妾は一体どうすればいいのじゃ!?」


 突然の出来事に、ローズは激しく混乱する。だがそれもつかの間、横から聞こえた弱々しい声にハッと我に返る。


「ローズ…………」


「ゴレミ!? そ、そうじゃ! この歯車……これをどうすればいいのじゃ!?」


「ゴレミのお腹に、小さな穴が開いてるデス。そこにそれを嵌め込んで欲しいデス……」


「腹、腹じゃな。わかったのじゃ!」


 ぐったりと座り込むゴレミの腹に視線を向けるローズだったが、当然ゴレミは服を着ており、そのままでは腹は見えない。一瞬の逡巡の後、ローズはゴレミの短いスカートの裾から頭を突っ込んだ。


「うぅ、いつも頭を突っ込まれる側の妾が、まさか頭を突っ込むことになるとは。世は理不尽に満ちておるのじゃ……と、これなのじゃ?」


 微妙に蒸れた空気に包まれながら、ローズは薄暗いスカートの中でゴレミの腹に開いた穴を指先で探り当てる。そこにゆっくりと回り続けている歯車を強めに押し当てると、カチッという小気味よい手応えと共にピッタリと嵌まり込んだ。


「ゴレミよ、これでよいのじゃ?」


「はい、大丈夫デス。このまま少しすれば、まあまあ動けるようになると思うデス」


「では休憩じゃな。妾がしっかり守るから、安心して休むのじゃ!」


「ふふふ、ありがとうデス」


 クルトの事が強烈に気になるが、今焦ったところで自分には何もできない。それをきちんと理解できているローズは、歯がゆい思いを押し殺しながらそう言って通路の正面を見据える。幸いにして今のところ魔物の影はない……まあ来たところで五層の魔物では無防備に座っているだけのゴレミにすらかすり傷一つつけられないし、ローズもまた壁を背にして障壁を張れば負けることはないのだが。


「……そう言えば、ゴレミとローズだけというのは何だか珍しいのデス」


「む?」


 ふとそう言われて、ローズは頭を捻る。だが思い返してみれば日常生活ではともかく、こういう危機的な状況でクルトだけがいなくなるというのは、確かに経験がないことに気づいた。


「ちょっと意外な気もするが、そうじゃな……クルトは無事じゃろうか」


「それは大丈夫なのデス。ゴレミのお腹で歯車が回っている以上、マスターは絶対に無事なのデス」


「……そうか、なら安心なのじゃ」


 母のような微笑みを浮かべて己の腹に手を当てるゴレミを見て、ローズもまた自分の腹に手を当てながらそう答える。


(むぅ。いつもはあれほど恥ずかしいと思っておったのに、まさかここにクルトがおらぬことを寂しいと感じるとは……)


 こういう危機的な状況でこそ、いつもクルトは自分のスカートの中に入り込み、優しく歯車を回してくれていた。


 だが今、ここにクルトはいない。直接クルトを感じているであろうゴレミとの対比に、ローズは何とも言えない不安を感じてしまう。


「…………捕らわれたのが妾であったなら、こんな気持ちにはならなかったのじゃろうか?」


 ふと、そんな考えがローズの頭をよぎる。その状況を想像して浮かんでくるのは意外にも一人捕らわれる恐怖ではなく、この上ない安堵感であった。


(ああ、そうじゃな。クルトとゴレミが一緒なら、絶対に妾を助けてくれるのじゃ)


 帝城での一件が実体験となって生まれた根拠のない確信に、ローズは小さな笑みをこぼす。するとそんなローズに、ゴレミもまた声をかける。


「それを言うなら、ゴレミが罠にはまった場合でも同じなのデス。マスターとローズが一緒なら、大抵のことはごり押しで解決してくれるのデス」


「ははは、そうじゃな。クルトが一緒ならば…………」


 自然とローズの視線が動き、クルトが消えた扉の方を向く。だが当然そこにクルトの姿はなく、それを求めてしまった自分の心に苦笑する。


(妾とゴレミは間違いなく仲良しなのじゃ。じゃがゴレミが妾の力を引き出すことはできぬし、妾もゴレミに力を与えることはできぬのじゃ。妾達の繋がりは、クルトがあってこそなのじゃ)


 クルトという巨大な歯車を介して、自分とゴレミは繋がっている。そう強く実感すると、ローズはニヤリと笑みを浮かべる。


「では、さっさと助けてやらねばならぬのじゃ」


「そうデス! この機会にゴレミとローズの仲良しっぷりを見せつけるのデス! 百合営業もバッチコイなのデス!」


「なんで突然花の名前を出したのじゃ? まあとにかく、今回は妾達が迎えに行くから……それまで頑張るのじゃぞ、クルトよ」


 今も胎の奥で感じる、温かく小さな歯車。その疼きに励まされながら、ローズは静かにそう決意を固めるのだった。





(やっと魔力が溜まってきたデス……このくらいあればいけるデス?)


 そんなローズの姿を眩しそうに見つめてから、ゴレミは冷静に自分の状態を分析する。そうして必要分の魔力が確保出来たことを確認すると、ゴレミは改めてダンジョンコアへのアクセスを試みた。


 ただし、クルトを飛ばした謎の扉のことを調べるためではない。もっと根本的な問題を知る相手に問い合わせるためである。


『第一種限定権限により、管理者ベリルへの直通回線の接続を要請するデス』


『…………イリス?』


『ベリル姉ちゃん! すぐ繋がってよかったデス!』


 頭の内側……というか魂そのものに直接響いてくる姉の声に、ゴレミが安堵の声をこぼす。コアへの接続は燃費が悪いので、今の状況で長時間の待機を余儀なくされた場合、話をする前に魔力が尽きてしまう可能性があったからだ。


 だが妹大好きなベリルは、目の前にある障害を無視して秒で応答した。そんな事実は知る由もないものの、ゴレミは即座に姉に要件を伝える。


『マスターがダンジョン内で転移罠にはまって、何処かに跳ばされちゃったデス! すぐにその場所を特定して欲しいのデス!』


『イリス、貴方は自分が何を言っているかわかっていますか? ダンジョン内部における事故……ましてや罠にはまったなどというのは完全な自己責任です。それを我々が助けたりはしません』


『それは勿論わかってるデス。でも転移罠があったのは、<底なし穴(アンダーアビス)>の五層なのデス』


『……何?』


 呆れた様子だったベリルが、ゴレミの指摘に声を潜める。するとその気を逃さないとばかりに、ゴレミが更に畳みかける。


『通常、こんな浅い層に転移罠なんてあり得ないデス。しかも発動条件が滅茶苦茶で、一般的な罠としては成り立ってなかったデス。


 なら、これはダンジョンの異変のせいで生じた問題じゃないデス? ああ、ちなみに罠の場所は――』


『必要ありません、もうわかりました。なるほど、これは確かに……』


 一瞬で情報を精査し、ベリルが呟く。


『姉ちゃんの言う通り、普通に罠にはまったならワタシだってこんなこと頼まないデス。でもダンジョンの異変……ダンジョン側の問題で人間が死んだりするのは、ダンジョンの矜持に反するはずデス! なのでワタシは、マスターの救助を要請するデス!』


『……それは流石に無理ですね。そもそも先日、私が貴方達の前に直接姿を現したことすら例外中の例外でした。ダンジョンの存亡に拘わるような問題ならともかく、イレギュラーな事故に巻き込まれた人間一人を助けるために私が動くことはできません』


『うぅ、そうデスか……ならせめて居場所くらいは制限なしの情報として教えて欲しいデス』


『ふむ、そのくらいならいいでしょう。転移先は……ああ、これは運がいいと言うべきですね』


『え、何処デス?』


 運がいいという言葉に、ゴレミの胸に希望が光る。だが……


『<底なし穴(アンダーアビス)>の二二層です』


 姉に告げられたその言葉に、ゴレミは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

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