強さの実感
「……………………」
「……………………」
ヨーギさんからもらった魔導具のおかげでサクサクと下に降りられるようになり、辿り着いた変異<底なし穴>の五層。ハンターマンティス……でかいカマキリの魔物を前に、俺は無言で剣を構える。
今の装備なら急所にでも食らわない限り大したダメージは受けねーはずだが……それでもコイツを相手に油断なんてできるはずもない。
シュッ!
「フッ!」
俺より頭二つは背の高い巨体を誇るハンターマンティスの鎌が、俺に向かって振り下ろされる。防具越しならともかく、頭に食らえば即死確定の一撃だが、俺はその動きをしっかりと見極め、<筋力偏重>で変形させた太く丈夫な剣でそれをガッチリと受け止めた。
「っし、いける! お返し……だっ!」
更にそのまま力を込めると、俺はハンターマンティスの鎌のカーブに合わせて刀身を滑らせて体勢を崩し、おまけに丸く膨らんだ腹に蹴りをくれてやる。するとブニョンとした妙に柔らかな感触と共に、ハンターマンティスが背後によろけた。
「<歯車連結>、<速力偏重・ファースト>!」
俺はその隙を見逃さず、即座に歯車を組み替えて速度を上げる。返す刃で振り抜いた俺の剣はハンターマンティスの腹を容易く切り裂き、大量の血がしぶいた。互いの視界が血の霧で塞がれるなか、俺はそれを浴びるのを厭わず突っ込み、裂けた腹のなかに思い切り右手を突っ込む。
「これで終わりだ! 歯車バイト!」
腹の中で瞬時に生みだした二〇の歯車がキリキリと噛み合って回転し、ハンターマンティスの内臓を容赦なく食いちぎっていく。それを確認することなく腕を引き抜き横に廻ると、さっきまで俺のいた場所に最後の力を振り絞ったハンターマンティスの鎌が振り下ろされた。
道連れを誘う死の抱擁を空振りし、ハンターマンティスが床に横たわる。そのまましばらくもがいていたが、程なくしてその動きがなくなると、俺に浴びせた血と一緒にハンターマンティスの巨体がダンジョンの霧へと変わっていった。
「ふーっ…………勝ったか」
「お疲れ様デス、マスター!」
「うむ、見事な勝利だったのじゃ!」
勝負を終えて息を吐く俺に、ゴレミとローズが祝福の言葉をかけてくれる。当然それに答える俺も笑顔だ。
「おう! 俺の我が儘に付き合わせちまって、悪かったな」
「別にいいのじゃ。じゃが人が戦っているのを見るだけというのは、自分が戦うよりもハラハラするのじゃ」
「ゴレミレスキューはいつだって準備万端だったデスけど、出番がなくてよかったのデス」
そう、この勝負は俺が二人に無理を言ってやらせてもらったものだ。と言うのもハンターマンティスは、<底なし穴>に潜る探索者にとって一つの壁となる魔物だからである。
「にしても、本当に俺一人で勝てるとはな……」
ハンターマンティスは、<底なし穴>の五層以降に出る魔物だ。今の通り防御力は大したことねーが、反面薄く魔力を纏わせた鎌の威力はかなり高く、不意を打たれると一〇層くらいで活動してる探索者ですら一撃で死ぬことがある。
そのため新人探索者からは出会ったら死ぬ魔物の代名詞として語られており、俺もまたそんな話を散々聞かされてきた。
だからこそ、今の自分がどのくらい通じるかを試してみたくなったんだが……正直ここまで綺麗に勝てるとは思っていなかった。
「無傷で完勝、か……まあでも、この装備だしなぁ」
「マスター、まだそんなこと言ってるデス? マスターが強くなったのは最初からずっと一緒にいるゴレミが一番よくわかってるデスよ?」
「いや、俺だって強くなってねーとは思ってねーよ? ただハンターマンティスって言えば、俺からすると通路の壁に影が映っただけで全力で逃げるような相手だったはずなんだよ。それをいきなり単独撃破できたってなると、やっぱりこう……な? いい装備をしてるから楽勝だったのかなーって」
「なるほど……それは世界中のダンジョンを短期間で渡り歩いた弊害だと思うデス」
「ん? どういうことだ?」
首を傾げる俺に、ゴレミがシュッシュッと臭い消し用のスプレーを吹きかけながら説明してくれる。
「本来一つのダンジョンにずっと潜り続けていれば、徐々に実力が身につき装備が整うことで、最初は倒せなかった魔物に少しずつ対抗できるようになり、最後は勝つ……という一連の流れがあるはずなのデス。
でもマスターの場合短期間に色んなダンジョンに行っていたデスから、少し苦労すれば倒せる敵が少し楽に倒せるようになる、くらいまでしか経験がないのデス。
マスターは<永久の雪原>でスノーウルフと戦ってたのを覚えてるデス?」
「そりゃ覚えてるよ。まだそんな前じゃねーし」
「そうデスね。じゃあ<深淵の森>でグレイウルフの縄張りを避けていたことは覚えているデス?
「うん? あー、そう言えばそうだったな。それがどうかしたか?」
「グレイウルフとスノーウルフは、大体同じくらいの強さなのデス。なのにグレイウルフは避けていたのに、スノーウルフは適度な強さの魔物として戦っていたデス。それはつまり、マスター達が着実に強くなっていることを現しているデス」
「お、おぅ。言われてみれば…………?」
「もしも同じダンジョンでずっと戦っていたなら、最初は避けていた魔物を獲物として見られるようになる……という成長体験がきっちりとできていたはずデス。でも別のダンジョンで別の魔物として出会ったせいで、その実感がマスターのなかにないのデス。
それが短期間でダンジョンを移動しまくる弊害なのデス。特に<底なし穴>は一年ぶりデスから、昔のショボショボな頃に抱いたイメージがそのままで、今のマスターの実力からくる実際の脅威度と結びつかないのデス」
そこで一旦言葉を切ると、ゴレミがまるで子供の成長を喜ぶ母親みたいな顔つきで微笑む。
「でかカマキリは一年前の実力も装備もショボショボのマスターからすれば確かに驚異だったのだと思うデス。でも体も技も強くなって装備もよくなった今のマスターにとっては、もう普通に倒せる魔物でしかないのデス。その間の感覚がなくなるくらい、マスターはこの一年で成長したのデス。
ジャッカルがいい例なのデス。昔は好き放題やられるだけだったデスけど、この前は揉み手ですり寄ってきたのデス!」
「いやいや、あれこそ俺の実力じゃなくて、ローズが凄いってだけだろ?」
「ならローズがいなかったら、マスターはまだやられっぱなしだったデス?」
「それは…………」
言われて俺は思い返す。二〇層超えの探索者であるジャッカルと俺の差は未だに歴然で、正面から戦って勝てると思うほど思い上がってはいない。
だがもう、一方的にやられるだけだとも思っていない。俺一人でも一矢報いるくらいならできると思っているし、ゴレミとローズの三人がかりなら勝機だってあると思える……って、そうか。これが「強くなった」ってことなのか?
「…………俺、まあまあ強くなったのか?」
「最初からずーっと一緒だったゴレミが保証するデス!」
「……そっか」
ゴレミの言葉に、自然と笑みが零れる。今まで何度も「ちょっとくらい強くなったと思う」という考えを頭によぎらせてきたが、今初めて、俺は本当に「自分が強くなったんだ」という実感を得た。
「とはいえ、まだまだショボショボなのは事実なのデス。だからこれからも、みんな一緒にドンドン強くなっていくのデス! 最終的には金髪になるとして、今は月を壊せるオジジに勝てるくらいを目指すデス!」
「なんで最終目標が金髪なのじゃ?」
「月を壊せる爺さんって何者だよ!? んなのに勝てるわけねーだろうが!」
「尻尾を生やせばワンチャンあるデス。戦闘力一〇倍なのデス!」
「これっぽっちもわからん……」
理解するという意思を遙か彼方に置き去りにしつつも、俺はこっそり拳を握る。すると通路の壁に再び大きな影が映り……しかしそれを見る俺のなかに、怯えの気持ちはない。
「おっと、次のお客さんだ。さあ、今度は三人でいくぞ!」
「わかったのじゃ! 妾も負けずに活躍するのじゃ!」
「ゴレミにお任せなのデス!」
現れたハンターマンティスに、俺達は三人揃って戦意を向ける。なお一撃必殺の鎌がかすり傷にすらならず、無造作に歩み寄ったゴレミのパンチ一発でハンターマンティスが倒される理不尽に俺が何とも言えない苦笑を浮かべるのは、それからわずか一分後の事である。





