謎の儀式
「なあ、ちょっといいか?」
「はい? 何ですか?」
ヨーギさんから依頼を受けた翌日。リエラさんに申請して侵入許可をもらったダンジョン入り口にて、その脇に控える警備の人が俺達に声をかけてくる。だがその顔に浮かんでいるのは不正な侵入者に対する警戒とかではなく、単純な困惑だ。
「さっきからずっと出たり入ったりを繰り返しているけど、一体何をしているんだ?」
「それは勿論、乱数調整なのデス! RTAには必須の行為なのデス!」
「あーるてぃーえー?」
「ゴレミ、お前はちょっと黙ってろ! えーっと……あれです。願掛けみたいなもんですよ」
ゴレミの発言に更に眉間の皺を深くする警備の人に、俺は慌ててそう告げる。
「ほら、今って出入りする度にダンジョンの構造がかわるでしょ? なんで俺の中でこう……きた! って感じの手応えがあるまで出入りしてるんですよ。
ダンジョン探索って、運の要素も強いでしょ? だからここは拘りたいなぁと。わかります?」
「まあ、わからなくはないけど……でももう三〇分は続けてるじゃないか。流石にそれはやり過ぎじゃないか?」
「ははは、そうかも知れませんけど、こればかりは俺の拘りなので。いつもみたいに他の探索者が沢山いて迷惑っていうならやりませんけど、今は俺達しかいないからいいかなーと。なんで納得いくまで続けますから、気にしないでください」
「そう、か……まあ、いいんだが」
ヘラヘラと笑いながらも決して譲らない俺の態度に、警備の人が変人を見るような目を向けつつそう言う。俺だってやりたくてやってるわけじゃねーんだから、実に不本意ではあるんだが……くっ、我慢だ我慢。
「……じゃ、そういうことで。ゴレミ、ローズ、続けるぞ」
「わかったのじゃ」
「わかったデス!」
二人の合意を得て、俺達は更にダンジョンの出入りを続けていく。一時間経ち、二時間経ち、警備の人の態度が「何だコイツ」から「これは触れたら駄目なやつだ」に切り替わってもなお、めげることなく出入りを続け……
「っ!? マスター、当たりデス!」
「来たか!? あーーーーーーーーっ!」
遂にゴレミから出たその一言に、俺は心の底から歓喜と安堵の声をあげる。入ってすぐなので普通のダンジョンなら何事かと警備の人が飛んできそうだが、今は外に音が漏れたりはしないので問題ない。
「や、やっとなのじゃ……まだ何もしておらぬというのに、妾は疲れ果ててしまったのじゃ……」
「正直俺もそうだ……てか、何だよこの確率。こんなの絶対普通にやってたら手に入んねーだろうが……」
弱音を吐くローズに同意しつつ、俺もまたそうこぼす。
ヨーギさんが求めた五層の特殊素材。なんとそれはマギニウムのことであった。一瞬「なんでそんなもんが特殊素材なんだ?」と思ったが、俺達が<火吹き山>で大量に手に入れられたのは例外中の例外であり、あれは普通に最高級のレア素材である。
買ったらクソ高いし、そもそも産出量そのものが多くないので、まとまった量を買うこと自体が難しい。そんなマギニウムの小さな塊を異変の起きた<底なし穴>の五層で拾った探索者が売りに出したということで、鍛冶師とか錬金術師の界隈では軽く話題になっているのだそうだ。
ただ、五層に潜れば必ずあるというものではないらしい。なので俺達は新たなゴレミの力で「当たり」が出るまでダンジョンに出入りを繰り返していたというわけなのだ。
「朝からやって、多分もう昼近いよな……マジで疲れたぜ」
「チッチッチ、甘いデスよマスター。天井のないガチャでSSRを引こうと思ったら、むしろこの程度で引けてかなりの幸運だったのデス」
「何だよガチャとかエスエスアールとか……しかもこれで幸運だと?」
「そうデスよ。だってたった五六二回なのデス。ゴレミ達だけだから凄く苦労した気になってるデスけど、普通に他の探索者パーティも出入りしてたなら、五〇〇回に一回なんてむしろ多すぎるのデス」
「あん? あー…………言われてみれば、そうか?」
本来のダンジョンは、朝から晩までひっきりなしに無数の探索者が出たり入ったりを繰り返している。となると例えば五〇〇回に一回だった場合、二、三日に一回くらいは当たりを引くパーティが出るんじゃねーか? ああ、確かにそりゃ多いな。
「ちなみに……正確な確率は言えないデスけど、ゴレミ的には残りの八日をフルに使って、一回当たりを引ければラッキーくらいに考えていたデス。まさか初日の午前中だけで当てるなんて、流石はマスターなのデス」
「おぉぅ、そういう感じなのか……」
「恐ろしいのじゃ……妾達の冒険が、ダンジョンを出入りするだけで終わってしまっていたところなのじゃ……」
ゴレミの告げる本当の確率に、俺とローズは顔を青ざめさせる。そうだよな、確率ってことは一〇〇人が連続で当たることもあれば、一〇〇年経っても誰にも当たらねーことだってあるわけだしなぁ。
「しかも本来なら、これ毎回五層まで潜ってくまなく捜索しないと『当たり』か『外れ』かわかんねーわけだもんなぁ。ゴレミはスゲーなぁ」
「そうなのデス! バージョンアップしたゴレミなら確変でペカる瞬間を見逃さないのデス!」
「うむうむ、相変わらず言っていることはよくわからんが凄いのじゃ。偉いのじゃ」
「むふふー!」
俺とローズが手放しにゴレミを褒めちぎると、ゴレミが嬉しそうに笑う。そうしてひとしきり褒めタイムを終わらせると、ローズが改めて気合いを入れた。
「よし、それでは次は、いよいよ妾の番じゃな!」
「おう、頼むぜローズ」
「任せるのじゃ!」
そう言って、ローズが腰に下げた魔導具を外し、手に持つ。これがヨーギさんから受け取った地形把握の魔導具……一般的にマギロケーターなんて呼ばれているものだ。
「では、魔力を込めるのじゃ。むむむむむ…………」
ローズが唸り始めると、青白いランタンのような魔導具の四方に開いた縦型の隙間から、ヒュウと風が吹き出してくる。俺には何も見えないし感じられねーが、説明通りならそれが今頃ダンジョン内部を吹き抜けていっているはずで……
「……ぷはっ! このくらいが限界なのじゃ」
「お疲れさん。ほら、これ」
「うむ。ほいっ!」
俺の差し出した紙に、ローズが魔導具の底をぺたりと押しつける。すると押しつけた部分から、紙の上にぐねぐねと曲がりくねった線が伸びていった。
「完成なのじゃ!」
「ほほぅ、こういう感じか」
<永久の雪原>でも似たような地図を使っていたが、こっちは線が……通路が曲がりくねっている分、それよりずっと複雑だ。だが<底なし穴>は壁と通路の幅が完全に均等なので、これでも十分に道筋がわかる。
流石に一回で一層全域とはいかねーが、これなら何度か移動と調査を繰り返せば、すぐに階段の位置が特定できるだろう。
「それでローズ、魔力の消耗はどうデス?」
「うーむ、微妙に減った気がするから、多分一〇〇回くらいなら連続で使えると思うのじゃ」
「一〇〇回か……なるほど、失敗作だ」
ローズの申告に、俺はそう言って笑う。町中のマギロケーターが売れてしまったなか、ヨーギさんがこれを持っていた理由……それはこのマギロケーターが、ヨーギさんが若い頃に作った「失敗作」だったからだ。
曰く、自分の技術がどのくらいのものかを確かめるために性能を追求して作った結果、魔力の消費量が馬鹿みたいに高くなってしまったらしい。おかげで今市販されているものと比べても性能だけならそこまで見劣りしないものの、消費魔力は二〇倍くらいになってしまったため、倉庫で埃を被っていたとのことだった。
「ローズで一〇〇回って、普通の魔法士じゃ下手すりゃ起動もできねーんじゃねーか?」
「でも、そのおかげでタダでもらえたデス!」
「ヨーギ殿は『物置が片付いて助かる』と笑っておったのじゃ」
使えもしないガラクタでも、自分で作った物だから愛着はある。それを使うことができる奴がいるなら、使ったもらった方がいいに決まってる……そんな感じの言葉を添えて、俺達はこの魔導具をもらった。
本来なら成功報酬なのだろうが、今回の依頼は成否に運が絡みすぎるので、それだとただ働きになってしまうと懸念したヨーギさんが押しつけてきたのだ。
ならばこそ、俺はその期待に応えたい……いや、超えたい。ゴレミの力で運をねじ伏せ、ローズの力でダンジョンを踏破し……そして俺は、そんな二人を応援する。俺だけしょぼいが、そんなことに拘って仲間の「得意」を潰さなきゃ立場がなくなるような関係でもねーしな。
「んじゃ行こうぜ! マギニウムを持って帰って、ヨーギさんをビックリさせてやる!」
「ふふふ、今から楽しみなのじゃ!」
「レッツゴーなのデス!」
声を掛け合い、俺達は漸くダンジョン内部を歩き進んでいく。目指すは五層。さあ、ガンガン行くぜ!





