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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第八章 歯車男と大異変

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需要と要求

「なるほどねぇ、それでまたアタシのところに来たってかい」


 明けて翌日。店を訪ねた俺達の話を聞くと、ヨーギさんがそう言って苦笑する。


「にしても、前は一年だと思ったら、今度は一日かい? アンタ達は極端過ぎるんだよ」


「ははは、お忙しいところすみません」


「別にいいさね。こんな年寄りを訪ねてくるのは、変わり者と暇人だけだからね。ほら、せっかく茶を出してやったんだ、冷めないうちに飲みな」


「あ、はい。いただきます」


「いただくのじゃ! ほふぅ……」


 ヨーギさんに促され、俺とローズは湯気の立つカップを傾ける。薄茶色のそれはいい感じに香ばしく、体が内側から温まっていく。


 ちなみに、ゴレミの前にはお茶の代わりにお茶と同じような色のべたつく塊が置かれている。勿論それはヨーギさんの意地悪などということはなく、どうやら石材用のつや出し油を固めたものらしい。


「おぉぉー! ゴレミの指がツルピカになったデス! ハゲたりはしないデス!」


「あん? 塗装の種類によっちゃ禿げちまうこともあるけど、アンタは何も塗ってないだろ?」


「あー、ゴレミが意味のわからないことを言うのはいつものことなんで、あんまり気にしないでください。それよりヨーギさん、どうですかね?」


 首を傾げるヨーギさんにいつものフォローを入れつつ俺が問うと、ヨーギさんが顎に手を当て考えこむ。相変わらず子供のような外見なのにどこか貫禄を感じられるのは、やはり実際に長く生きているからだろう。


「そうさねぇ、息子の店なら、その手の魔導具は扱ってるはずだよ。ただ、今はねぇ……」


 ヨーギさんの息子さんは、ディンギ魔法商店というかなりでかい店の経営者だ。だが自慢の息子を話題に出したにも拘わらず、ヨーギさんの表情は渋い。


「何か問題が?」


「アンタ達も知ってるだろうけど、何か問題が起きたとかで、今ダンジョンが立入禁止になってるだろ? その問題ってのが、どうも出入りする度に地形が変わるってもんらしいんだよ。


 なんでその手の魔導具は一気に値段が高騰しちまってね。元々そこまで需要があるもんじゃなかったから、まっとうな値段で売ってたのは全部買い占められてて、残ってるのは元の何倍も高値がついてるようなのばっかりなんだよ」


「あー、それは…………」


「むぅ、確かにあり得る話なのじゃ」


 物の値段は、いつだって需要と供給のバランスで成り立っている。ダンジョンの異変の詳細を知っていれば、マッピングに役立つ魔導具の価値が高まることなど誰でも予想できることだ。しかし……


「……でもそれ、ダンジョンの異変が解決しちゃったら大損するんじゃないデス?」


「その辺はまあ、個人の考え方だねぇ。ウチの息子みたいに店を構えて堅実な商売を重ねてるなら、こういうのに飛びつくことはまずない。安易に値段をつり上げたりしたら、それまで築いた信頼がなくなっちまうからねぇ。


 でも行商人とかならこれを大儲けのチャンスと見て勝負を賭ける奴だっているだろうし、転売で儲けを出そうとする奴だっているだろう。他にも『金さえ出せばどんな商品でも必ず手に入る』なんて豪語しているような奴なら、損をする可能性を考慮してなお在庫を抱えることもあるだろうからね」


「なるほど。確かに金額を考慮しないほどの金持ち相手なら、そういう商売のやりかたもありなのじゃ」


「俺達には一生無縁の発想だな……」


 世の中にある大半のものは金で買えるが、ないものを買うことはできない。ならば無駄になるのを前提として、欲しがられる前に先んじて在庫を確保するってやりかたもあり……なのか? 俺は商人じゃねーからわからねーけど、それが成り立つくらい金持ちの顧客がいるなら、多分ありなんだろう。


「てわけだから、おそらく息子の店にも在庫はないよ。そんな簡単に量産できるもんでもないし、新しく入荷するにしても一月くらいは掛かるんじゃないかねぇ」


「そうですか。うーん、それだと間に合わなねーな」


「……? 間に合わない? どういう意味だい?」


「ああ、あの異変ってあと一〇日くらいで収まるらしいんですよ」


 何気ない俺の言葉に、ヨーギさんがピクリと眉を吊り上げる。そこにあるのは職人というより、商売人の顔だ。


「一〇日? そりゃ一体何処の情報だい?」


「それは何とも。あー、別に信じなくてもいいですよ。ただヨーギさんにはお世話になっているのと、特に口止めとかをされてるわけじゃないのでお伝えしただけなので。


 なんで異変が収まらなくても責任とかは取れませんから、話半分くらいで聞いておいてください」


「へぇ…………わかった、そうさせてもらうよ」


 意味深な笑みを浮かべて、ヨーギさんが小さく頷く。おそらくその頭のなかでは、息子さんに魔導具の増産は少し待った方がいいと伝えるべきか、なんてことを考えているのではないだろうか。


 まあそこは俺達が関与するところではないので、ヨーギさんが思ったとおりにやってくれればいいしな。


「でも、それならなんでアンタ達は魔導具を欲しがってるんだい? あと一〇日で無用の長物になるんだろう?」


「全く無用ってことはないですよ。そもそも普通に有用な魔導具ですし。あとはまあ、残り一〇日……いや、昨日の今日だから、もう九日か? それだけしかないってことなら、せっかくなんで今の異変が起きているダンジョンを堪能してみるのもありかなと思いまして」


「アンタ達、ダンジョンに入れるのかい!?」


「ええ、ちょっとした伝手で入れるんです。まあ入っても毎回マッピングにとんでもない手間がかかるんで、全然奥に進めないんですけど」


「その状況を改善するために、魔導具があったら欲しいなと思ったのじゃ!」


「ちなみにデスけど、その魔導具って普通に買うと幾らぐらいなんデス?」


「高騰前の相場だと、安いので二、三〇〇万クレドくらいからだね」


「さんびゃくまん!? あー…………悪いローズ、ダンジョンを堪能するのは諦めてくれ」


 ヨーギさんの提示した金額に、俺は引きつった笑みを浮かべつつローズの方を見て言う。するとローズもまた苦笑しながら頷いてくれた。


「そうじゃな。買えぬことはないじゃろうが、とても元が取れるとは思えぬのじゃ」


「地図のない地方の小ダンジョンをメインに攻略していくなら活用法もあるデスけど、大ダンジョンだと相当先まで使い道がないデスからね」


 一〇万クレドくらいまでなら買ってもよかったが、流石に九日ダンジョンに潜るためだけに三〇〇万クレドは払えない。だがそんな話し合いをする俺達を前に、ヨーギさんがニヤリと笑う。


「なるほどなるほど……アンタ達、本当にダンジョンに入れるのかい。ならちょいといい儲け話があるんだけど、聞く気はないかい?」


「儲け話、ですか?」


「そうさ。実は変異した<底なし穴(アンダーアビス)>の五層辺りで、面白い素材が手に入るって情報があってね。もしそれを持ってきてくれるなら、アンタ達が欲しがっている地形把握の魔導具を融通してもいい」


「五層? 五層か……どう思う?」


 別に普通の素材収集依頼なのに、何故か悪そうな笑みを浮かべて言うヨーギさんを前に、俺は仲間の方を振り向いて問う。


「今のゴレミ達なら、五層くらいなら特に問題はないと思うデス」


「そうじゃな。階段に辿り着けぬというのが問題だっただけで、戦闘がきつかったわけではないのじゃから、行けるのではないのじゃ?」


「そうか。なら報酬の魔導具を前渡しで貸してもらえるならいいですよ。それがないとそもそも五層に辿り着けないですから」


「ああ、いいとも! なら決まりだね! ふふふ、こりゃあ楽しくなってきたよ! すぐ準備するから、ちょっと待ってな」


 契約成立とばかりに固い握手を交わすと、ヨーギさんが上機嫌で店の奥へと消えていく。どうやら期間限定の異変ダンジョンは、まだまだ楽しめるようだ。

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