お約束と現実
「ほらほらマスター、そろそろ元気を出すデス! 誰にだって苦手なことくらいあるのデス!」
「そうじゃぞクルトよ、人には向き不向きというものがあるのじゃ!」
「それ俺のネーミングセンスが駄目だってことの否定にはなってねーよな?」
「それはまあ……」
「そういうこともあるのデス」
「くそっ!」
顔を見合わせ苦笑するゴレミとローズに、俺は思わず悪態を吐く。いいさいいさ、時代が俺に追いついてないだけだからな。多分そのうちいずれ、俺の偉大さが認められる日がきっと来ることだろう。
「はぁ、まあいいや。そう言えばゴレミ、俺達が筆舌に尽くしがたい拷問に耐えている時、お前はどうしてたんだ?」
「妾はそこまで辛くはなかったのじゃが、確かにどうしておったのじゃ?」
「ゴレミはベリル姉ちゃん……さっき浮いてた女の人とお話していたのデス」
何気ない感じで言うゴレミに、しかし俺は驚いて声を上ずらせる。
「ベリルさんと? え、それ大丈夫だったのか? 虫を叩き潰すとか、割と物騒なことを言われてた気がするんだが」
「というか、姉? ゴレミとあの者は姉妹なのじゃ?」
「そうデス。あの時はわからなかったデスけど、色々あった結果ベリル姉ちゃんがゴレミのお姉ちゃんであることを思い出したのデス。
それとベリル姉ちゃんは真面目なだけで、悪い人ではないのデス。実際ゴレミがお膝に座ることで、マスターの試練の内容を変えてくれたデス」
「そ、そうなのか!? そりゃあ助かった……助かったけど……まあ、うん。助かったな」
確かにドラゴンに追いかけ回されていたと思ったら、突然生まれ故郷の田舎村に場所が変わったのは不自然だと思っていた。なるほど、ゴレミが俺を助けてくれたわけか。
欲を言えば、変更後の内容ももうちょっとどうにかならなかったのかという思いはあるが……そんなに「フワミ」は気に入らなかったんだろうか? 命が助かったんだから、それで十分と言えば十分ではあるが。
「むぅ、妾としてはその『色々』の部分が気になるのじゃが……」
「ごめんなさいデス。その辺は言えないのデス。一応問い詰めてくれれば、言えることと言えない事の違いや言葉の表現なんかで、ある程度の情報は伝わるかも知れないデスけど……」
「いやいや、そんなことするつもりはないのじゃ! ゴレミを困らせてまで知りたいわけではないのじゃ!」
「だよな。言えねーってことなら聞かねーから、気にすんな。膝に座るような関係なら、仲はいいんだろうしな」
「はいデス!」
出会った時のあの感じでゴレミが虐められているとかなら多少無理させてでも情報を聞き出すところだが、仲良し姉妹ってことならそれでいい。そんな俺の言葉にゴレミは嬉しそうに頷き、そのまま言葉を続けていく。
「あ、そうデス! そこでゴレミはバージョンアップしてもらったデス!」
「バージョンアップ? 何か変わったのか?」
その報告に、俺はゴレミの全身を改めてしっかり観察する。だがこうして見た限りでは、外見上の違いは見受けられない。
「ふふふ、見た目こそそのままデスけど、今のゴレミはゴレミ2.0なのデス! 正確にはマスターと再会した時に起きた不具合が修正されて、正規の手段でダンジョンコアと接続できるようになったデス!」
「正規の手段? それは今までとどう違うのじゃ?」
「色々と違うデスけど、具体的には……そうデスね、たとえば今回みたいな異変が起きた場合は、ゴレミに直接通達がくるデス。その内容を直接マスターやローズに伝えられるかはその時々デスけど、少なくともゴレミは知れるデス」
「ふむん? そいつは素直に便利だな」
何か問題が起きているかいないのか、それが確定情報としてわかるというだけで極めて有用だ。何も言えなかったとしても態度には出せるだろうし、今までの経緯からして単純に「嫌な予感がするから一旦引き返そう」とか言うことにまで規制は掛からないだろうから、早め早めの安全確保って点でも頼りになる。
「他にはダンジョンコアにアクセスするのに、今回みたいに回りくどい手段を使う必要がなくなるデス。ダンジョン内部であれば、通路だろうが階段だろうが繋がった情報を探れるデス」
「おおー、それは凄いのじゃ!」
ゴレミの報告に、ローズが無邪気に喜ぶ。だがそこで一転、ゴレミがやや渋い表情を見せる。
「ただ、いいことばっかりじゃないデス。正規に繋がっているということは、今までみたいに反則技を使って扉を開くとかはできなくなるデス。トータルではできるようになったことの方が多いデスけど、できなくなったこともあるのデス」
「なるほど。まあ全部上手くいくってわけにはいかねーよなぁ。でもいいじゃねーか。要はゴレミがちゃんとゴレミとして認められたってことだろ?」
「そうじゃな。きちんとした身分を取り戻したから、後ろ暗い手段を使えなくなったということなら、むしろ喜ぶところなのじゃ! よかったのぅ、ゴレミ!」
「マスター、ローズ…………ゴレミはやっぱり、世界一幸せなゴーレムなのデス!」
俺とローズの言葉に、ゴレミが涙を浮かべて言う。その表情は幻影だろうが、そこに込められているのは本物の心だ。異論は認めない。
「さて、それじゃ今度こそ帰るか」
「そうじゃな。っと、今更なのじゃが、あの黒い魔物はもう出ないのじゃ?」
「ああ、それは大丈夫なのデス。ベリル姉ちゃんがよっぽどうっかりしていなければ、ちゃんと止まってるはずデス」
「ちょっ、やめろよそういう言い方! 何かもう、今すぐにでもまたあの黒い雫がボタボタ垂れてきそうじゃん!」
「大丈夫デスよ、マスター! ほらほら、さっさと帰るデス!」
「えー? 本当にか? 本当に大丈夫なのかー?」
気楽に言うゴレミとは裏腹に、俺はしっかりと周囲を警戒しながら帰路につく。だがそんな俺の心配を鼻で笑うかのように、出入り口まであと少しというところまでやってきても、黒い魔物は確かに出現しなかった。
「……マジかよ、本当に出ねーのかよ」
「だから言ったデス。お約束を警戒する気持ちはわかるデスけど、現実でそんな失敗繰り返してたら仕事にならないのデス。毎日奇跡のような転び方をして女性の下着に顔を突っ込む男の子とか、普通なら誰も近寄らないのデス」
「確かに毎日転ぶような相手に近づくのは、自分も巻き込まれて怪我をしそうで怖いのじゃ」
「それもう病気とか呪いじゃねーのか? いや、言わんとすることはわかるけども」
たとえの内容はともかく、そりゃ普通はそんなに失敗ばっかりしねーよな。てかそもそも、ベリルさんは最初から失敗とかしてねーし。
ということで、俺達は何事もなく無事にダンジョンを脱出することに成功した。これによりあれだけ苦労して描いた地図が秒で紙くずに変わったわけだが、もう一度入り直す必要がないとわかっていれば、むしろ開放感を感じるほどだ。
俺達はそのまま歩き、ギルドの受付の方へと移動する。するとそこには仕事をしているリエラさんの姿があり、俺達を見たリエラさんが軽くビックリしながらも声をかけてきた。
「あれ、クルトさん? 戻ってらしたんですか?」
「ええ、まあ。リエラさんこそ、こんな時間までお仕事ですか?」
壁に飾られた時計の針は、午後一〇時を指している。朝俺達を見送ってくれたリエラさんが未だにいるのはやや不自然だ。そんな俺の指摘に、リエラさんが苦笑しながら答えてくれる。
「ええ、まあ。今はギルドも大忙しですから、勤務時間なんて合ってないようなものですよ」
「それは何とも、お疲れ様です。でも部外者の俺が言うことじゃないですけど、休憩はしっかりとった方がいいですよ?」
「そうデス。ずっと休まず働くより、しっかり休んで回復してから集中して仕事をした方が、結果として効率がよくなるのデス。
あと寝不足はお肌の大敵なのデス。若いからといって無理をすると、気づいたらカサカサのシワシワになっているのデス!」
「あはは……ありがとうございますクルトさん、ゴレミさん。今日は特に遅くなっただけで、普段はちゃんと夜は休んでますから平気ですよ。それに人がいない分、昼間はずっと楽になってますしね。
それで皆さんは、こんな時間にどうされたんですか? 負傷して撤退……という感じではなさそうですけど」
「あー、それなんですけど……」
不思議そうな顔をするリエラさんに、俺は微妙に歪んだ笑みを浮かべつつ言う。
「今起きてるダンジョンの異変なんですけど……あと一〇日くらいで元に戻るみたいですよ」
「……………………は?」
手にしていた羽ペンをぼとりと落とし、リエラさんがキョトンとした顔で変な声をあげた。





