Sideダンジョン:ゴーレムのお仕事
「話を戻すデスけど、何でベリル姉ちゃんがこんなところにいるデス? ワタシ達がダンジョンの異変を起こした黒幕と疑ってたならともかく、そういうことじゃないデスよね?」
揉み込んだミカンの皮をむき、一房摘まんで姉の口に放り込みながらゴレミが問う。ベリルは見た目こそほぼ人間で、様々な問題に対処できるように五感全てが与えられているが、その本質はダンジョンの維持管理に重大な問題が発生した場合、その元凶を取り除くという役割を与えられたゴーレムだ。
その戦闘力はただ一体で国を落とせるほどであり、間違っても第二層でチョロチョロしてるだけの自分達の前にやってくるような存在ではない。だがそんな妹の疑問に、ベリルは差し出されたミカンを飲み込んでから若干咎めるような声で答える。
「……確かに甘いですね。それとイリス、貴方は大きな勘違いをしています」
「勘違いデス?」
「そうです。現在のこの世界に、ダンジョンにシステム的な干渉を行える者など存在していません。ただでさえ大きな問題が起きた直後なのに、通常入れない閉鎖区画に侵入したうえ、そこからダンジョンコアにアクセスを試み、なおかつ表層とはいえ情報の改ざんまで行うような者が現れたら、私が来て当然です」
「あうっ!? い、言われてみれば……」
その言葉に、ゴレミはハッとして表情を歪める。一時的にとはいえ全ての記憶が戻っている今、姉の指摘が至極まっとうな……そして自分のやったことがどれだけ危ういことだったのかを理解できてしまったからだ。
「もっとも、接続してきたのがイリスだということはすぐにわかりました。なので私が出向いた要件は二つです。一つはもし貴方が道具として利用され、ダンジョンに看過できないような損害を及ぼしかねない場合、例外として人間を排除することです」
「そんな!? マスターもローズも、そんなことしないデス! これはワタシがみんなの役に立ちたくて、自分で願い出たことなのデス!」
「そうですか。まあ記憶を封じられた状態であれば、そのような判断をすることもあるのでしょう。先ほどの様子からしても、貴方が不当に虐げられているというわけでもないようですしね」
「そりゃあもう! マスターもローズも、ワタシの大事な友達で仲間で家族なのデス!」
「……………………」
得意げに言うゴレミの頭を、ベリルがそっと撫でる。
ゴーレムである以上、今までゴレミを手に入れた人間の全てが、クルト達のように仲間として扱ったわけではない。むしろ便利な道具として使う者の方がずっと多かったし、中には少女を模した形であることから、己の欲求を満たすために虐げるような者も存在していた。
だが、それを知ったとしても、ベリルは何もできない。実力と幸運に恵まれた所有者が自らの道具をどう使うかは自由であり、体が壊れて意識がこちらに戻り、記憶と記録の同期を終えてマスターボディに戻った妹が無理矢理に疲れた笑みを浮かべていようとも、ダンジョン側の存在として人間に過度の……ましてや感情にまかせた干渉などは固く禁じられているからだ。
ならばこそ、妹が心から笑える今の所有者を、ベリルはとても好ましく思っていた。それはベリルだけではなく他の姉妹も同じなのだが……とは言えこの場にいるのはベリルだけ。すぐに気を取り直して話を続けていく。
「であれば、私の要件はあと一つだけです。そもそも今回の問題は、貴方とダンジョンコアとの正常な接続が為されていないために起きたことです。通常ならばコアにアクセスした段階で記憶の封印が解け、不正アクセスなどということをしようとは思わなかったはずですし……何よりコアとの同期が正常であれば、そもそもダンジョンの異変に関しては情報が共有されていたのですから」
「それはまあ、そうなのデス」
ダンジョンに関して口外できない仕様は山ほどあるが、それはそれとして危機管理情報が共有されるのは当然だ。そして普通に聞いたらわかる……どころか向こうから積極的に教えてくれることを、わざわざ裏口から入って鍵を破り、金庫の中身を漁って調べたりするはずもない。
「なので、貴方の登録情報を修正し、ダンジョンコアとの接続を復旧するために私が来たのです」
「えっ、それ大丈夫なのデス? 異常が出てる今のワタシを基準に修正したら、次以降のワタシが同期できなくなっちゃわないデス?」
「問題ありません。先ほど貴方に発行したゲストIDを用いて、別枠で新たに今の貴方を登録し、今の貴方の体が壊れるまではそちらにデータを蓄積してもらう形にします。マスターデータとの統合はその時までできませんが、更新の度に煩雑な手続きを踏むのは現実的ではないですからね。
ただその関係上、記憶や経験の同期はリアルタイムではなく、貴方がコアにアクセスした時のみとなります。なのでできれば日に一度はダンジョンコアと接続してください」
「あー、つまり毎晩寝るときに繋げばいいってことデスね。お安いご用なのデス!」
今までの事を考えれば、自分達の活動範囲が大ダンジョンのコアの接続圏外に出るとは考えにくい。加えて正規のアクセス権があるのであれば、いちいちダンジョンに来てから接続するなどという手間を踏む必要もない。二つ返事で頷くゴレミにベリルもまた小さく頷くと、背後から抱きしめるようにしてゴレミの胸の部分に自分の手を当てた。
「では、そのように……………………」
ベリルとゴレミの間で、目には見えないやりとりが高速で行われる。そうして三分ほど経つと、見た目には何も変わらずとも、ゴレミの所属はイレギュラーなゴーレムから、「外部情報収集用自立可動型ゴーレム・イリス」に書き換わった。
「はい、終わりましたよ」
「ありがとうデス、ベリル姉ちゃん!」
「大したことはしていません。単に今の貴方と元のIDを紐付けて、同一存在として扱うように登録しただけですからね」
「でもそれをするためには管理者権限が必要なのデス。なのでワタシでは絶対にできなかったデス。だからお礼なのデス!」
そう言うと、ゴレミがクルリと体を反転させ、ベリルの体にギュッと抱きつく。すると一〇〇万の軍勢を以てしても押し留められないベリルの動きが完全に止まり、その口元がモニョモニョと動く。
「…………い、イリス、甘え癖もそこまでです。それ以上はいけません」
「えー? 何でデス?」
「何でもです。離れなさい」
「ぶー! はーいデス!」
不満げな声をあげつつ、ゴレミがベリルの膝から立ち上がる。失われる感触にベリルは思わず手を伸ばしそうになったが、一〇〇万年の孤独にすら耐えられるであろう強靱な精神力で何とかそれを堪えた。
「ふぅぅぅぅ…………さて、ではそろそろ戻りますか? 本当ならデーラやエプシル達も、久しぶりに貴方に会いたがっていたのですが……」
「それはワタシも会いたいデスけど……って、あ! そう言えば、デーラ姉ちゃんにはちょっと前に会ったデス!」
「? そうなのですか?」
「そうなのデス! でもあの時のデーラ姉ちゃんは……ぶふっ」
「?」
ゴレミの記憶に、「試練の扉」で自分を助けてくれた姉の姿が思い浮かぶ。だが次の瞬間、痩身の女性が青い板きれに置き換わり、思わず小さく吹き出してしまった。
「デーラ姉ちゃんもベリル姉ちゃんと同じで、マスターに変な名前をつけられていたのを思い出したデス」
「あの男は、デーラにまでそんなことを…………」
自分に「フワミ」などという名前をつけようとした男の事を思い出し、ベリルが口元を歪める。
「ちなみに、デーラはどんな名をつけられたのですか?」
「ボドミデス」
「ぼ、ボドミ……ですか?」
「そうデス。ベリル姉ちゃんと違って、デーラ姉ちゃんは直接マスターとは会ってないみたいデス。なので<天啓の窓>……青い板きれってことでボドミと名付けられたらしいデス」
「な、なるほど。そうですか……板きれ……ボドミ…………ふぐっ」
困ったような呆れたような顔で言うゴレミに、ベリルもまた色々な感情を言葉と共に押し留める。なおその頃、遙か遠くのダンジョンにて「誰が板きれですって!? 私はスレンダーなだけよ!」と虚空に向かって叫ぶ美女がいたようだが……それはまた別の話である。





