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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第八章 歯車男と大異変

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もしもの選択肢

「……懐かしいな。まさかまた戻ってくることになるとは思わなかったぜ」


「ふむ? ではここが?」


「そうデス! ゴレミがマスターと出会った場所で、マスターがゴレミを迎えに来てくれた場所で……つまりゴレミとマスターの愛の巣なのデス!」


「ふぉぉ! そう聞くとなんだかドキドキしてしまうのじゃ!」


「お前らなぁ……」


 アホなやりとりをしている二人を前に、俺は呆れた声を出しつつそれを見た。


 俺達の目の前に屹立するのは、縦に細長い石の箱。ただし蓋は開いた状態のままで、当然中身は空っぽだ。唯一この地が初めてのローズが、物珍しげにその周囲を回って観察する。


「立っておるからあれじゃが、横に寝かせたら寝台……というか、ぶっちゃけ棺のようなのじゃ。こんな中に立ったまま入っておるのは凄く疲れそうなのじゃ。


 それにこれ、蓋が閉まったら中は真っ暗なのではないのじゃ? 妾なら怖くて泣き避けんでしまいそうなのじゃ」


「この中にいる間のゴレミは、人間で言うと寝ている状態なのデス。誰かが扉を開こうとした段階で意識が覚醒するようになっているので、別に暗闇にずっといるわけじゃないのデス」


「へー、そうだったのか。まあそうだよなぁ」


 飢えも乾きもない体を狭い石の棺に閉じ込められ、暗闇の中ただ意識だけがあるなんて状態、下手な拷問よりよっぽど辛いだろう。他愛ないお喋りが大好きなゴレミがそれに耐えられるとは正直思えねーし、そうでなかったことに単純に安堵する。


 そうか、何年も何十年も、孤独に待ち続けていたわけじゃねーのか。そいつぁよかった。ああ、いいことだ。


「それでゴレミ、この後はどうすりゃいいんだ?」


「ゴレミがこの箱の中に入るデスから、そうしたら蓋を閉めて欲しいデス」


「え、閉めないと駄目なのか?」


「はいデス。蓋が開いてるとダンジョンコアへのアクセスができないデス。開けるときと違って、閉めるときは普通に手で押せばいいだけなのデス」


「そう、か……わかった」


「じゃあマスター、お願いするデス」


 ひょいと箱の中に戻り、ゴレミが出会った時と同じ姿勢を取る。なので俺は言われたとおりに箱の蓋を閉めようとしたのだが……


「? マスター?」


「あ、いや…………」


 蓋が閉じきるより前に、俺は無意識にゴレミの手を掴んでいた。不思議そうに首を傾げるゴレミに、俺は何ともしょっぱい顔をしながら問う。


「その……お前、ちゃんと戻ってくるっていうか、目覚めるんだよな?」


「そりゃ勿論そうデスけど……あれ? ひょっとして寂しくなっちゃったデス?」


「馬鹿言え! そんなんじゃ……」


 言い淀む俺に、ゴレミがニッコリと優しい笑みを浮かべながら、俺の手に自分の手を重ねる。


「大丈夫デスよ、マスター。たとえマスターが嫌だって言っても、ゴレミはずーっとマスターと一緒なのデス! 以前にも言った通り、マスターがヨボヨボのオジジになってもゴレミが介護してあげるデス!」


「……確かに言われた気がするな? そんだけ大口叩くなら、ちゃんと帰って来いよ?」


「勿論なのデス! それじゃマスター……行ってくるデス」


「おう、またな」


 微笑むゴレミに笑顔を返しながら、俺は箱の蓋を閉めた。すると何処からかカチャリと音がして……それきり静かになった。


「ふぅ……じゃ、後は待つだけか」


「そうじゃな。ここは魔物も出ないようじゃし、本当に待つだけなのじゃ」


 そんな箱のすぐ側で、俺はローズと並んで床に腰を下ろした。頑張っているゴレミには悪いが、現状何もできねーし、することもない。できれば自己鍛錬とかしてーけど、万が一に備えるなら無駄に体力を使うわけにもいかねーしな。


「のうクルトよ、せっかくこのような場所に来たのじゃし、クルトとゴレミの出会った時の話を聞きたいのじゃ!」


「うん? 別にいいけど、そんな大した話じゃねーぞ?」


「ふふふ、妾は知っておるのじゃ! 当事者が『大した話じゃない』という話は、大抵波瀾万丈で面白いのじゃ!」


「お、おぅ。そんなハードル上げられると困るんだが……まあいいや」


 拳を握って力説するローズに若干引きつつも、俺は当時のことを懐かしみながらゆっくりと話していく。


 探索者になるためにこの町にやってきて、「天啓の儀」ですっころんで<歯車>なんてスキルを選んでしまったこと。そのせいで仲間が得られず、一人で必死にゴブリンを倒して日銭を稼いでいたこと。そしてそんな日々が、ここで「限定通路」を見つけたことで大きく変わったこと……


「でまあ、その時もまた躓いちまってな。ゴレミの職業っていうか、初期装備? そういうのにアレを選んじまったんだよ」


「ははは、それは何ともクルトらしいのじゃ! しかしそうか、何故ゴレミがあのような格好をしておるのかは気になっておったのじゃが、そんな理由があったのじゃなぁ」


「ん? ゴレミから話を聞いてねーのか?」


 ローズとゴレミは仲がいい。なのでその程度の事はとっくに話していると思ったんだが、違うんだろうか?


「いや、聞いたことはあるのじゃ。あるのじゃが……」


「……何だよ」


「ゴレミはその……クルトの趣味というか、愛の結晶じゃと言っておったのじゃ」


「ゴレミぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 そっと顔を逸らしながら言うローズに、俺は固く拳を握って叫ぶ。よし、ゴレミが目覚めたら殴ろう。まあ痛いのは俺の手だけだろうが、それでも男にはやらねばならぬ時があるのだ。


「まあまあ、クルトよ。怒ってはいかんのじゃ。それに好いた男から今の格好を選んでもらったというのじゃから、あながち間違いというわけでもないのじゃ」


「ぐぬぬぬぬ……」


「あー、そうじゃ! ならばクルトよ、もしもう一度ゴレミの格好を選べるのなら、クルトは何を選ぶのじゃ?」


「ぬぬぬぬ……うん? もう一回?」


 ローズの問いに、俺は一旦怒りを収めて考えてみる。


 当時俺が選ぼうと思っていたのは、近接型Cセット……剣と盾を持った、軽く防御よりの戦士スタイルのものだ。当時の俺は一人だったから、一緒に戦ってくれる相棒が欲しかったってところだな。もしそれを選んでいたなら、きっとゴレミは攻防共にバランスよくこなせる有能な前衛になっていたことだろう。


 あるいは現状のパーティを考えるなら、完全な防御型としてでかい盾を持ってもらうのもよさそうだ。そうすればきっと、ゴレミは今より更に完璧に俺とローズの事を守り切ってくれるだろうと確信が持てる。


 丈夫なゴーレムの体を生かすってことなら、拳での近接格闘もありだな。力があるのは勿論、ああ見えて割と動きも速いから、普段は敵の攻撃をものともせずに接近し、ヤバいときだけひらりと交わして魔物の腹に拳をめり込ませるゴレミは、なかなか凶悪な格闘家になると思う。


 他には槍、弓、短剣なんかで遠距離攻撃に徹させるのもいいか? 俺は勿論、ローズも遠距離攻撃は基本できねーから、その穴を埋めるのに有用なはずだ。


 あとは戦闘ばっかりじゃなく、たとえば探索系の技能が伸びるような装備をさせているなら、さっきまで俺がやっていたクソ面倒なマッピング作業も、俺よりずっと正確かつ高速にこなしてくれそうだ。


 うーん、こうして考えると本気で何でもありだな? 今以上には成長しないって強烈なデメリットはあるものの、ゴレミが仲間になる恩恵は想像以上にでかい。なら……


『マスター』


「……いや、仮に選び直せたとしても、きっと今と同じのを選ぶよ」


 不意にゴレミの顔が浮かんできて、俺は苦笑しながらそう答えた。するとローズが目を細めてニヤリと笑う。


「ほほぅ? それはやはり、あの格好がクルトの好みということなのじゃ?」


「ちっげーよ! そういうんじゃねーって! そうじゃなくて……」


 座ったまま首を傾けて、俺は背後の石箱を見る。蓋が開く気配はまだねーが、その中では今もゴレミが頑張ってるはずだ。


「ただ、ゴレミには笑顔が似合うと思っただけさ」


 人のように表情を変えられるのは、今の奉仕型を選んだ時だけだと言っていた。ならどんなに優れた能力よりも、俺はあいつがあいつらしく笑える方がいいと思う。


「ふふ、そうか……そうじゃな。勇ましいゴレミや賢そうなゴレミも面白いが、今のゴレミが一番いいのじゃ」


「そういうこった。それに無表情であんなに喋られたら、何かスゲー怖そうだしな」


「ぶはっ!? た、確かにそうなのじゃ!」


 たとえこの場にいなくても、互いの心は繋がっている。なので俺達はいつ目覚めたゴレミが「仲間はずれは駄目なのデス! ゴレミも一緒にお話ししたいのデス!」と飛び込んできてもいいように、そのまましばし他愛のない雑談を続けていくのだった。

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