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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第八章 歯車男と大異変

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徒労な努力

「ほらほら、これ以上年寄りを虐めるんじゃないよ! さっさと帰んな!」


「あっ、はい。じゃあ失礼します」


「お邪魔したデス!」


「また来るのじゃ!」


「カッ! 好きにしな!」


 ちょっと乱暴な物言いと共に、俺達はそうしてヨーギさんの店を追い出された。だがその言葉とは裏腹にヨーギさんの顔は笑っており、また店内からはすぐにゴソゴソと何かをする音が聞こえてきたので、おそらくはヨーギさんの職人魂に火が付いたのだろう。


 ならばそれを邪魔するのは無粋ってもんだ。俺達は顔を見合わせ笑い合ってからその場を立ち去ると、続けて町を出るときに挨拶してきた人達に戻ってきた旨を伝えつつ、消耗品などを揃え……そして翌日の朝。俺達は満を持して<底なし穴(アンダーアビス)>の入り口前に立っていた。


「ここにこれだけ人がいねーのは、流石に違和感がスゲーな」


「そうじゃな。ダンジョンの入り口前と言えば、たとえ真夜中であろうとも多少は人がいるものじゃからな」


 かつては沢山の人で賑わい、これからダンジョンに入るための打ち合わせや、ダンジョンからの無事の帰還を喜び会う声なんかが聞こえてきたこの場所も、今は寒々とした静けさに包まれている。


 まあ門の横には警備の人が立ってるので完全な無人ってわけじゃねーが、それでも俺達以外の探索者が誰もいないってのは、相当に異様な気分だ。


「こりゃさっさと問題を解決して、活気を取り戻してやらねーとな。それじゃ行くぜ」


「うむ!」


「レッツゴーなのデス!」


 念のため全員で手を繋ぎ、俺達は<底なし穴(アンダーアビス)>へと繋がる下り階段を降りていく。そうして辿り着いた先にあったのは、苔生した石造りの通路という懐かしい……だが一度も見たことのない景色。


「あー、確かにこりゃ違うな」


「そうなのじゃ?」


「ああ。元の<底なし穴(アンダーアビス)>だと、ここはしばらくまっすぐな一本道だったんだよ」


 首を傾げるローズに、俺はそう説明する。一応異変が起きる前の地図でも確認してみたが、そっちはまっすぐに通路が伸びているのに対し、今は割とすぐに突き当たりになってしまい、そこから左右に道が分かれているようになっている。


「むぅ、妾には違いがわからぬのじゃ」


「そりゃそうデス。通路の繋がりが変わってるだけで、ダンジョンとしての基本が変わったわけじゃないのデス。元を知らなかったら、これはこれで普通のダンジョンなのデス」


「だよな。んじゃ早速……戻るか」


 俺達は左右どちらの道も選ばず、そのままダンジョンから出た。そしてすぐに入り直すと、今度は突き当たりの分かれ道が右に曲がる通路に変わっている。


「これなら妾もわかるのじゃ! 左右に分かれていた道が、右に曲がる一本道になったのじゃ!」


「わかりやすい変化をしてくれてて助かったぜ。通路の長さが三〇センチ違うだけとか言われたら、ぜってー気づかねーもんな」


「そこはゴレミなら気づくから大丈夫なのデス。ゴレミはいつだって違いのわかる女なのデス! ダバダーなゴーレムブレンドなのデス!」


「おう、頼りにしてるぜ。ならちゃっちゃと検証していくか」


 その言葉を皮切りに、俺達は何度もダンジョンを出たり入ったりしてその変化を調べていく。


 出てすぐに入り直しても変わるのか? 手を繋いだ状態で一人だけ出てから戻ったら? 手を離しててもパーティ認定されてる相手なら大丈夫なのか? 距離は? 時間は? どんな条件だと別のダンジョンに飛ばされ、何処までなら同じダンジョンにいられるのか?


 それらは全て、俺達がやってくる前に先輩の腕利き探索者パーティが検証してわかっていることばかりだ。だがそれでも、これらを丁寧に調べる意味はある。何せ何か一つ見落としていたり、ちょっとした勘違いや解釈違いでパーティが分断されてしまえば、それは俺達の命に直結する大問題となるからだ。


 ならばこそ、俺達は思いつく限りの様々な条件を試し、自分達で納得出来るまで知識を経験に変えて積み重ねていく。そうして二時間ほどダンジョン入り口でゴチャゴチャとやり終えると、漸くダンジョン探索のために改めて全員揃って<底なし穴(アンダーアビス)>に踏み込んだのだが……


「グギャ?」


「うおっ!?」


 ダンジョンに入った瞬間、すぐ近くにゴブリンの姿があった。俺も魔物も突然現れた相手の存在に驚いて身を固くする。


 ゴブリンはまだ驚いている。だが俺は既に意識を取り戻し、腰の剣を引き抜く。


 ゴブリンが棍棒を振り上げる。だが既に俺の剣はゴブリン目掛けて振るわれている。


 ゴブリンが驚愕に目を見開くなか、俺の剣が振り上げたゴブリンの右腕を切り裂き、そのまま首を跳ね飛ばす。ブシュッと血が噴き出し、しかしその全てがダンジョンの霧と変わったところで、俺は止めていた息を吐いて口元を歪ませた。


「び、びっくりした……マジか、こんな入り口近くにまで魔物が出るのかよ!?」


「しかもゴブリンだったデス。本来なら次の層まで出ない魔物なのデス」


「ここで魔物が出ると言うことは、階層変わりのところでも出る可能性があるのじゃ。これは油断できぬのじゃ」


 三人揃って、その事実を噛みしめる。本来、ダンジョンの入り口付近や階層の切り替わり場所には、魔物は出ない。故に俺達探索者は半ば本能的にそこを「安全地帯」と認識しているわけだが、どうやらこの異変の最中では、その認識は大きな誤りのようだ。


「流石に階層移動はしねーはずだけど、でも境界は大分狭くなってるってところか? うーん、気になるけど、まずは先に進むか」


「ふふふ、遂に妾の最後のダンジョン探索が始まるのじゃ! これで本当に全ダンジョン制覇なのじゃ!」


「それだと今回で探索者をやめるみたいな感じになってないデス?」


「なぬ!? まあ言われてみればそうじゃが、だとするとどう言えばいいのじゃ?」


「最後の最初の……むむむ、確かにいい感じの表現がないのデス」


「ほら、もう魔物が出る場所なんだから、油断すんなよ」


 雑談する二人に軽く注意しつつ、俺達は<底なし穴(アンダーアビス)>の第一層を探索していく。頑丈で水濡れにも強いマッピング用のちょっといい紙に、これまたかすれたり滲んだりしづらく、紙のみならずダンジョンの壁などにも直接描ける謎の黒い棒を走らせ、時折出会う魔物を蹴散らしながら地道に描き込んでいって……


「ふぅぅ…………」


「どうしたのじゃクルトよ。疲れたのじゃ?」


「マッピング作業、変わるデス?」


「ははは、まだ平気だから心配すんな。ただまあ、これで漸く半分かって思うとな」


 出入りで構成が変わる仕様になったからか、一層ごとの広さはかつての<底なし穴(アンダーアビス)>に比べると大分狭い。魔物も弱く罠もない第一層ですら普通なら完全踏破に五日はかかるところだが、今の第一層は一日あれば隅から隅まで調べられるようだ。


 だが、それは逆に言うと、次の層への階段に辿り着くのに、最悪一日かかるということである。しかもそうして地図を埋めても一旦ダンジョンの外に出れば構造が変わってしまうので、次回の探索に生かすこともできない。


「……これ、先に行ってるパーティはどうしてるんだろうな? 確か一〇層まで行ったんだろ?」


 ダンジョンに異変が起きてから、まだ五日目。だというのに一番進んだパーティは、何とこの厄介なダンジョンを一〇層まで進んで戻ってきたらしい。一体どんな手段をとれば、それほどのペースで階段を発見できるのかが実に疑問だ。


「先行調査を任されるくらいデスから、多分凄く強いパーティなんだと思うデス。それなら六人で入って全員がバラバラに散らばって一気に地図を埋めて、一時間経ったら中央で集合……みたいなこともできるかも知れないデス」


「あるいは何らかの探知系のスキルや魔導具を持っている可能性もあるのじゃ」


「あー、なるほど。ばらけるのはともかく、スキルや魔導具って手もあるのか。しまったな、それならヨーギさんのところで聞いときゃよかったぜ」


 ヨーギさん自身もそうだが、彼女の孫であるディンギさんはでかい魔導具店を経営していると聞いたことがある。なら話くらいは聞けた可能性は十分になるだろう。


「ま、俺達は三人だけだし、今話を聞きにダンジョンから出ると、ここまでの苦労が無駄になっちまうからな。今日はそこまで深く潜る気もねーし、まずは地道にいきますかね」


「うむうむ、努力は必ず結果に繋がっておるのじゃ」


「マスター、頑張れ頑張れデス!」


「へいへい」


 二人の声援を受けつつ、俺は指先を黒く汚しながら地道に地図を埋めていく。さて、今日の俺達の運勢は、果たしてどんなもんかな?

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