匠の高み
「むぅ? ここなのじゃ?」
「ああ、そうだぜ。いやー、変わってねーなぁ」
入り組んだ道を何度も曲がって辿り着いた、職人街の奥の方。ややボロ目の店舗を前にローズが軽く眉根を寄せていたが、俺は気にせず「ヨーギ魔法武具店」の扉に手をかける。
「こんちはー! ヨーギさん、いますー?」
「オババー! お客が来たデスよー!」
「はいはい、待っとくれー!」
店内に入って声をかければ、聞こえてきたのは老人らしいややしわがれた声。だが実際に奥から姿を現したのは、ぱっと見はローズと同じくらいの年頃に見える赤髪の少女だった。
「おや? アンタ達は……?」
「お久しぶりです、ヨーギさん」
「久しぶり? 誰だい?」
「えっ!?」
首を傾げるヨーギさんに、俺は驚いて声をあげてしまう。だがそれは俺の隣にいるゴレミも同じだ。
「ガーン! ヨーギのオババ、ゴレミの事忘れちゃったデス?」
「誰がオババだい! ったく、このアタシをオババなんて呼ぶのはアンタだけだよ」
「へへへー、そこがゴレミのチャームポイントなのデス!」
「ん? あれ? 忘れて……え?」
俺と違って、ゴレミに対するヨーギさんの態度は明らかに知り合いのそれだ。俺が混乱していると、その顔を見たヨーギさんがにやっと笑ってその口を開いた。
「カッカッカ! 冗談だよ冗談! いや、アンタだけなら正直忘れてたかも知れないけど、こんなお喋りなゴーレムを忘れるほど耄碌しちゃいないさ」
「冗談って……勘弁してくださいよ」
「このくらいいいじゃないかい。年寄りの数少ない楽しみなんだよ。それにボケたフリをしてると、相手の本性が見えていいのさ。
にしても久しぶりだねぇ。一年ぶりかい? その様子なら、オーバードで目的は果たせたようだね」
そう言って、ヨーギさんがチラリとローズの方を見る。この町を立つ時にヨーギさんには「オーバードで仲間を探す」と言っていたのを覚えていてくれたのだろう。その事実が地味に嬉しい。
「はい、最高の仲間に巡り会えました。紹介しますね……ローズ」
「うむ! 妾はクルトとゴレミの仲間で親友の、ローザリア・スカーレット・オーバードなのじゃ。気軽にローズと呼んで欲しいのじゃ!」
「……オーバード? そう言うなら本当に呼び捨てにするよ?」
その名乗りにピクリと眉を動かしたヨーギさんに、ローズは笑顔で頷く。
「勿論構わぬのじゃ。むしろ変に畏まられる方が寂しいのじゃ」
「そうかい。ならアタシも何も聞かないことにするよ。しかしアンタ、本当に妙なのと縁があるみたいだねぇ」
「あはははは……」
呆れたような目を向けてくるヨーギさんに、俺は軽く苦笑する。確かに自我のあるゴーレムや大国の皇女殿下は、俺の素性からは考えられない縁なので、そこはもう笑うしかない。
「おっと、アタシの名乗りがまだだったね。アタシはこの『ヨーギ魔法武具店』の店長で、鍛冶師のヨーギだよ。よろしくね」
「よろしくなのじゃ! それでその……何と言うか、凄く気になることがあるのじゃが……」
ヨーギさんとの挨拶を終えたローズが、俺とヨーギさんをチラチラと見てくる。その理由は勿論、ヨーギさんの肩書きや言動と見た目が釣り合わないことだろう。
「ヨーギさん、俺が説明しても?」
「構わないよ。というか、来る前に説明しておけばよかったんじゃないかい?」
「そこはほら、俺の味わった驚きをローズにも体験して欲しかったんで。なあローズ、ヨーギさんは鍛冶師だけど、実は<鍛冶>とは別のスゲースキルを持ってるんだよ。何だかわかるか?
ああ、ちなみにヨーギさんは、確か六〇歳くらいだ」
「ろ、六〇歳!? まさか、そんな…………!?」
俺の言葉に、ローズが大きく目を見開いてヨーギさんを凝視する。するとヨーギさんが笑顔で頷き……ローズの小さな喉がゴクリと動く。
「ふ、<不老>のスキルなのじゃ……………………?」
「はーいざんねーん! そうだよな、やっぱりそう思うよなー」
「正解はイチゴ製菓……ではなく<美肌>スキルなのデス!」
「美肌!? あー、そう言えばずっと前にそんな話をチラッと聞いたことがあるような気がするのじゃ! いやしかし、これは……」
まじまじとヨーギさんを見つめるローズに、俺はニヤリと笑って肩を叩く。
「ははは、話に聞くのと実際に見るのは違うよなぁ。その驚きを共有できてよかったぜ」
「むぅ、クルトが久しぶりに意地悪なのじゃ! じゃが確かに、これは自分の目で見なければとても理解できぬのじゃ」
「そんな大層なことじゃないんだけどねぇ……で、アンタ達、アタシに何か用かい? 前にやった剣が駄目になったってんなら、今度はちゃんと修理費をもらうよ?」
「あー、近いんですけど、ちょっと違う用事ですね。実はヨーギさんにお見せした錆びた塊、あれの制作者だって人に会う機会がありまして。で、その人に剣を作ってもらったんですよ。それをお見せしたくてきたんです」
「あれの制作者……? アンタの話じゃ、あの塊は八〇年以上前のもんだったんだろ? それの制作者って、どんだけ年寄りなんだい?」
「そこは俺達の方も、色々あったんですよ……とにかく、これがその剣です」
訝しげな表情を浮かべるヨーギさんに曖昧な笑みで誤魔化しつつ、俺は腰に佩いていた剣を鞘ごと外して近くのテーブルに乗せる。
「……見てもいいんだね?」
「ええ、どうぞ。あーでも、分解とかはやめて欲しいんですが」
「ハッ! あの塊ですらアタシの手には余ったんだ。そんなことしやしないよ。しかしこれは…………」
俺の注意を鼻で笑ってから、ヨーギさんが真剣な表情で剣を調べ始める。だが程なくしてそれを鞘の中に戻すと、長くて重い息を吐いてからぽつりと呟いた。
「ふーっ…………こりゃ酷い」
「酷い!? え、何がですか?」
「ああ、勘違いするんじゃないよ。酷いのは剣の出来じゃなく、アタシの頭の方さ。見たこともない金属に、意味のわからない仕掛け。アタシの頭と技術じゃ、これがどんな剣なのかすらわかりゃしないんだよ。精々『わからないことがわかった』ってだけさね。
一応聞くんだが、この剣を作ったって奴は<鍛冶>のスキル持ちだったのかい?」
「え? えーっと…………多分?」
そう言えばオヤカタさんのスキルについては聞いたことがなかったけれど、これだけのものが作れるなら、おそらくは<鍛冶>スキルを持っていたはずだ。なので迷いながらも言う俺に、ヨーギさんが悔しげに顔をしかめる。
「やっぱりそうかい。ああ、悔しいねぇ……アタシは自分の拘りのために<鍛冶>のスキルを捨てちまったけど、スキルを取ったうえで必死に努力して極めれば、こんな高みが見えるのか。
勿論、アタシがスキルをとったとしてもここまでのものは作れなかったのかも知れないけど……でも、悔しいねぇ。ああ、悔しい。人生の終わり際に、こんなものを見せられるなんて……アタシもここに、一歩でも近づいてみたかった」
「ヨーギさん…………」
深い後悔の思いがこもったその言葉に、俺は何も言えなくなる。だがそんな俺とは対照的に、ゴレミが軽い口調で言う。
「人生なんてそんなものなのデス。ああすればよかったと後悔し、ああしたらどうなったかと夢想し、それでもかけがえのない今を享受するのが人生なのデス。きっとオババがスキルを取っていたら、『あの時スキルを取らなければ、たとえ今より拙い技術しかなくても、もっと満足できる人生だったんじゃないか』とか思っていたデス。
つまり、ただそれだけのないものねだりなのデス。畑を鏡に映して、鏡のなかの方が豊作だと言っているようなものなのデス」
「へぇ? 随分と上から目線で語るじゃないかい。ゴーレムのアンタに、アタシの何がわかるってんだい?」
「ヨーギのオババのことはヨーギのオババにしかわからないデス。でも人生についてはゴーレムだからこそわかることもあるデス。
何度も死んで生まれ変わって、その都度全てを忘れてしまったとしても…………ワタシが生きた時間は、間違いなくここに刻まれているのデスから」
そっと目を閉じ、ゴレミが自分の胸に手を当てる。その静謐な雰囲気に誰もがしばし言葉を失い……次の瞬間、ヨーギさんが苦笑を漏らす。
「はは……はぁ、アタシの負けだよ。まさかこの歳になって、どう見ても年下の相手に説教されるとはねぇ。いや、見た目ならアタシだって似たようなもんだし、子供なのはアタシの方かい」
「フフフ、ゴレミの類い希なるお姉さんオーラの前には、老若男女誰であってもバブみを感じてオギャってしまうのデス!」
「何だそりゃ? ったく、お前はいつも適当な事ばっかり言いやがって」
相変わらず訳のわからないことを言うゴレミだったが、俺は何故か無性にそうしたくなって、ゴレミの頭を優しく撫で回した。





