一年越しの復讐者
「な、なんでお前がこんなところに……!?」
「あはは……ど、どうもジャッカルさん」
驚愕の表情を浮かべるジャッカルに、俺は引きつった笑みを浮かべて返す。だがすぐに我に返ったジャッカルが、勢いよく俺に掴みかかってきた。
「ふっざけんな! テメェのせいで俺がどんな目に遭ったと思ってんだ!? 今すぐこの呪いを解除しやがれ!」
「ちょっ、落ち着いてくださいよジャッカルさん! って、解除?」
「そうだよ! テメェのせいで、俺は、俺は…………っ!」
ドンと俺を突き飛ばしたジャッカルが、ワナワナと震える自分の手を見つめる。それからギッと歯を噛みしめると、怒りと憎しみの籠もった目で俺を睨んできた。
「テメェのせいで、俺の評判はガタ落ちだ。女共からは影で馬鹿にされ、そのせいでガキ共からも侮られた。勿論力尽くでわからせてやったが、そんなことじゃ何も変わらねぇ!
テメェだ。全てはテメェのせいだ! テメェがクソみてぇな呪いを俺にかけやがったからだ! さあ、今すぐ解除しやがれ! でなきゃこっちにも考えってもんが……」
「だから待ってくださいって! 解除って言われても……?」
今にも腰に佩いた剣を抜きそうなジャッカルの剣幕に、しかし俺は思いきり戸惑う。すると横にいたゴレミが、コテンと首を傾げながらジャッカルに問うた。
「え、ひょっとしてジャッカルは、今もまだビンカンボーイなままなのデス?」
「誰が敏感ボーイだ! テメェ等がそうしたんだろうが!」
「いや、そんなはずは……あれ、ほっといても一ヶ月くらいで効果がなくなるはずなんですけど」
「…………何?」
「だって、考えてみてくださいよ。いくら範囲を絞った微弱な能力とはいえ、一応身体強化に属するような効果が一年も続くわけないじゃないですか。そんなの世界一の補助魔法スキルの使い手だって無理なんじゃないですか?」
「それは…………」
俺の指摘に、ジャッカルが顔をしかめて考え始める。そう、普通に考えて身体強化を一年も持続させるなんて無理なのだ。だがそんな常識に対し、ジャッカルは激しく顔を横に振って否定する。
「い、いや! だが俺は現にこうして今も苦しめられてる! しかも徐々に効果が強くなってるせいで、今じゃちょっとでも気を抜くとすぐに……クソ、クソ、クソがぁぁ!!!」
「強くなってる!? そこまでいったら、もう俺の復讐とかとは関係なしに、ジャッカルさんが変な病気をもらったとかなのでは……?」
「……………………そ、そんなはずはねぇ」
俺の言葉に、ジャッカルが数秒沈黙してからそっと顔を逸らしつつ言う。まあ、うん。あんだけ好き放題やってたなら、心当たりの一つや二つあるだろうしなぁ。
「ちょっと気になったことがあるデスけど……ジャッカルってひょっとして、身体強化の魔法を使ってたりするデス?」
と、そこでしばし何かを考えていたゴレミが改めてそう問いかける。するとジャッカルは怪訝な表情を浮かべつつも、その問いに答えた。
「あぁん? 魔法ってほどじゃねーけど、魔力を体に巡らせたりはしてるぜ? そんなの基本だろうが」
「なるほど。ならきっとそれが原因なのデス!」
「「……どういうことだ?」」
奇しくも俺とジャッカルの言葉が重なり、それを聞いたゴレミが得意げな顔で語り始める。
「マスターから聞いた話だと、ジャッカルのスキルは<俊脚>だったはずデス。つまり戦う度に下半身に魔力を巡らせていたと思うデス。
で、マスター。この前のオヤカタのオジジとのやりとりを思い出して欲しいデス。マスターがオジジに使った魂の鋭敏化は、どうやって維持してるデス?」
「うん? どうやってって、そりゃオヤカタさんが意識的に魔力を送って、歯車を回し続けるように…………え、マジか?」
「おい、どういうことだ? 俺にわかるように説明しろ!」
ハッとする俺とは裏腹に、訳がわからないであろうジャッカルが焦れた声で言う。するとゴレミはニヤリと笑いながらそれに答えた。
「つまり、放っておけばすぐに効果がなくなるはずの力を、ジャッカルが魔力を流すことで維持し続けてしまったのデス。しかもマスターよりジャッカルの方が多分魔力が多いデスから、効果も高まってしまったのデス! Q.E.D、証明終了なのデス!」
「な……俺がスキルを使って戦う度に、俺自身で呪いを強くしちまってたってことか!? そんな、そんな馬鹿なことが……!?」
「待てよゴレミ。今ならともかく、当時の俺のスキルでそんなことできたのか? そもそもあの頃の俺の能力強化って、精々一パーセントとかだったんだろ?」
「昔と今でスキルの本質が変わるわけではないデスから、自覚がなかっただけでできてたんだと思うデス。
それとゴレミに試した時に増幅率が低かったのは、ゴレミはマスターの魔力で動いているからだと思うデス。多分マスターの魔力だけだと、当時はあれが限界だったんだと思うデス」
「おぉぅ、そう……なのか?」
今も大したことはねーが、当時の俺の魔力はそりゃあもうショボかったのは自覚している。だから俺の力だけでは大した効果がでねーのは当然だ。
だがオヤカタさんとの一件で、俺の歯車は他人にも回せることがわかっている。なら俺より優れた魔力の持ち主がその力で回したら、俺が想定していたよりも長い時間効果が維持されたり、あるいは効果そのものが高まるという話は、まあ理解できなくもないわけだが……
(あれ? これ割と凄くねーか? つまり俺がきっかけとなる歯車さえ回してやれば、あとは誰でも自分の魔力だけで身体強化ができるようになる?
いやでも、最低限消えないように維持するのに常に魔力を消費し続けるとか、そもそも増幅率がどの程度なのかってこともあるし、一概に凄いってわけじゃねーのかも知れねーけど、それでも――)
「のう、クルトよ。さっきから随分と話が盛り上がっているようなのじゃが、この者は誰なのじゃ?」
俺がそんな考えに耽っていると、不意にローズが俺の服の袖を引っ張ってそう問うてきた。その顔に浮かんでいるのは話題について行けない不安と、目の前の人物をどう扱えばいいのかわからないという戸惑いだ。
「ん? あー、そういえばローズは知らねーよな。こいつはジャッカルって言って、俺の先輩探索者だ。ここで活動していた頃に、色々あってな。ちょっとした復讐をしたんだが……」
「復讐? 何をしたのじゃ?」
「百戦錬磨の豪傑を、触られるだけでビクッとしちゃう感度三〇〇〇倍のさくらんボーイに変えたのデス!」
「三〇〇〇倍のわけねーだろうが!? 精々ちょっと敏感になる程度だったはずなんだが……何か俺の意図とは関係なく、ジャッカル自身の手でその効果を増幅、延長させられて、この一年苦労してたみてーだな」
「ぬぅ? よくわからぬが、それはちとやり過ぎだったのではないのじゃ?」
「…………そんなことねーよ」
首を傾げて問うローズに、俺は知らず低い声を出す。
「こいつのいるクランの下っ端が、俺を殺してゴレミを奪い、売り払おうとした。俺はそれを撃退したが、面子を潰されたってことでこいつが出張ってきたんだ。
弱かった俺は一方的にやられて、血反吐を吐きながらダンジョンの床に転がって……そんな俺の目の前で、こいつはゴレミを壊したんだ」
痛みも恐怖も乗り越えたし、当時復讐は果たしたのだから、今更こいつのことを恨んだりもしていない。
だが許したわけじゃない。理不尽に大事な仲間を奪われた怒りを、悲しみを、俺は決して忘れない。
「……なるほど、同情の余地などない下衆の類いであったか。ならば自業自得なのじゃ」
「自業自得だと……………………?」
一転して冷たい視線を向けるローズに、自分の悲劇が自分のせいだと告げられて俯いていたジャッカルが、地の底から響くような重い声をあげた。





