初心者殺し
「<底なし穴>で起きている異変の一つ目は、入る度に内部構造が変わるというものです」
「入る度に!? そりゃまた難儀な……」
「入る度というのは、誰かがダンジョンに入る度にということなのじゃ? その条件じゃと常に壁が動き回る感じなのじゃが?」
「ああ、いえ、そういう『目の前で壁が動く』とかではないみたいです。ダンジョン侵入時のパーティ単位で、それぞれ専用の新しいダンジョンが広がっている……という感じみたいですね。
なので内部で他のパーティと合流することは、今のところできないようです。同一パーティ内であれば一旦別れても再合流はできるようですが、何処まで離れても大丈夫か、あるいは何か条件があるのかなどはまだまだ未検証ですので、可能な限り単独行動は避けてください」
「合流できない? あー、<永久の雪原>のやつと同じ感じなのか?」
「ふぉぉー! 不思議のダンジョンデス! お腹の出っ張った商人が算盤片手に駆け回るのデス!」
「何故商人なのじゃ? それにダンジョンというのは、そもそも不思議なものではないのじゃ?」
いつも通りゴレミの言葉に首を傾げるローズはそのままに、俺もまた考えを巡らせる。他パーティと協力できないってのは俺達の探索スタイルからすると特に問題でもねーが、毎回地形が変わるってのは地味に面倒くさそうだ。
「それと、魔物の出現条件も変わっていますね。出てくる魔物の種類や強さそのものはそれほど変化がないようなんですけど、どんな魔物も必ず単独でダンジョンを彷徨っているようです」
「単独? ってことは、そっちは難易度低下ですか?」
<底なし穴>の魔物は、一体から三体の組み合わせで出てくる。それが必ず単独ということなら戦闘は楽になっているのかと思ったのだが、リエラさんは渋い顔つきで首を横に振る。
「いえ、必ずしもそうではありません。確かに単独でしか行動しないんですけど、戦闘などで音を立てると周囲からどんどん集まってくるようになってしまったんです。
そしてその数に、上限のようなものは今のところ確認されていません。つまり魔物の処理に手間取れば手間取るだけ増援がやってきて、気づいたら囲まれている……ということもあり得るようになってしまったわけです」
「おぉぅ、そりゃまた厄介な」
「背後を突かれたり囲まれたりするのは恐ろしいのじゃ」
多少数は多くても、基本的には正面からしか接敵せず、よほど動き回ったりしなければ数が増えることのない魔物と、単体でしか出会わないが戦闘状態に入ると周囲の何処からでも襲ってくる可能性のある魔物。彼我の実力差にもよるが、基本的には後者の方が厄介だと俺は思う。
ましてや地形が毎回変わって、何処がどう繋がってるかなんてのがわからねー状態でのそれとなると、<底なし穴>の攻略難易度は相当に跳ね上がっていると考えるべきだろう。
そしてそれらを総合して考えると……
「うわ、これ想像以上にヤバいな」
「うむ。初心者殺しに特化しているかのような異変なのじゃ」
俺の言葉に、ローズが顔をしかめて同意する。
入る度に地形が変わるってことは、事前にそれらを調べて「ここで休憩しよう」とか「ここは襲撃されそうだから気をつけよう」なんて計画が一切立てられないってことだ。最前線に赴くような熟練探索者ならそれが普通なので問題ねーが、既存の地図に頼って計画を立てるのが当たり前の初心者に相当な精神的負荷となることだろう。
かといって、ダンジョンがパーティ事に別れてしまって合流もできないとなると、それを誰かと助け合うこともできない。ダンジョンがパーティと認識するのは確か最大でも五、六人くらいまでだったはずなので、人員は極めて限られる。これも優秀な熟練パーティならともかく、連携すらおぼつかない新人には厳しい要因となる。
そしてとどめは、合流してくる魔物だ。遭遇時は常に単独なのだから、それを一瞬で倒せるような強者にとってはむしろ難易度の低下だが、そうはいかない駆け出しだと戦闘に時間をかければかけるほど敵の援軍が増えてきてジリ貧になる。
つまり、<底なし穴>に起きた異変は、徹底して浅層で活動する探索者を排除するような仕様なのだ。
「異変が起きたのが夜だったので、幸いにも被害は最小限に抑えられましたが……もしこれが朝や昼の新人さんが多い時間帯であったならと考えると、ゾッとしてしまいます。
以前の異変のように、半日で収まるという感じでもないですし……」
「あはは……あれはまあ、特殊な状況だったのでは?」
<深淵の森>の異変の原因がジルさんの魔法だということを知っている俺としては、誤魔化すような笑い声をあげることしかできない。「なら今回のもそうなのでは?」という考えが一瞬頭をよぎらないでもないが、流石に全部の大ダンジョンに影響を与えているってことは違うだろう。
それにどっちにしろ、俺達の方からジルさんに会う方法はない。もしそれがあるんだったら、流石にゴレミに頼る前に話を聞きに行ったしな。
「ま、まあ大体のことはわかりました。それで俺達はどう動けば?」
「基本的には自由にしていただいて構いません。より正確には、ギルド側としてもクルトさん達に何ができるのかがわからないので、具体的な指示は出しようがないという感じですね」
「それは確かにそうなのじゃ。そもそも妾達とて自分達に何ができるかわからぬのじゃしな」
「ゴレミ、その辺はどうなんだ? 一応何か考えがあったんだろ?」
「前も言ったデスけど、まずは実際に入ってみないと何とも言えないデス。理想としてはマスターがゴレミを見つけた限定通路、あそこに戻れれば色々とわかったと思うデスが……」
「あー、出入りする度に構造が変わるってんじゃ、無理だよなぁ」
そもそも「限定通路」自体が一度行くと消えてしまうものだが、そこはゴレミなら何とかなったなのかも知れない。が、ダンジョンの構造が丸ごと変わっちまうとなれば話も違ってくるんだろう。
「とは言え他に目標にできそうなもんもねーしなぁ。なら流石に今日は休んで準備を整えるとして、明日から実際にダンジョンに入りつつ、様子を見て二層を目指すのを最初の目標にするか」
「そうデスね。いくらダンジョンの仕様が変わったとはいえ、流石に二層ならゴレミ達が苦戦する要素はないと思うデス」
「色々と違ってしまっているようじゃが、これで遂に妾も全ダンジョン制覇なのじゃ! 今から楽しみなのじゃ!」
いつも通りの感覚で、俺達は今後の方針を話し合って決める。するとそんな俺達を見たリエラさんが、何処か安心したような顔で小さく笑った。
「ふふっ、無茶なお願いをしてしまったので気負われているかと思いましたけど、私の知ってるクルトさん達そのままで安心しました。これなら大丈夫そうですね」
「そりゃあもう! ここでバーンと異変を解決して、リエラ師匠の名声を周辺諸国にまで轟かせてみせますよ!」
「いえ、それは本当にいらないですけど…………でも、無理はしないでくださいね?」
「勿論なのデス。ゴレミ達はいつだって、ハピエン村の名誉村民なのデス!」
「はぴえん村!? 妾はいつの間に聞いたこともない村の村民になったのじゃ!?」
「いつものことだから気にするなって。じゃあリエラさん、また明日です」
「はい。また明日」
笑顔で挨拶して別れると、俺達は探索者ギルドを後にした。その後はこっちでの宿を確保すべく町へと繰り出したわけだが……
「ん?」
「お?」
互いの顔を見て、足を止める。そこにいたのはこれっぽっちも再会を望んでいない、かといって忘れることもできない相手。
「あーっ!? て、テメェは……っ!」
「ゲッ!?」
随分としょぼくれた雰囲気を纏う「草原の狼」ことジャッカルであった。





