心の師匠
「はぁ、まさかこんな形で帰ってくることになるとはなぁ」
あれから三日後。俺達は探索者ギルドの要請をうけ、俺達はエーレンティアの町にある探索者ギルドの転移門へと降り立った。途端に周囲の人々が動き出すが、いつもと違ってその雰囲気はピリピリしている。
「ふぅ、無事に辿り着けたのじゃ」
「ははは、当たり前だろ? 転移門なんてもう何回も使ったじゃねーか」
「そうなのじゃが……周囲の緊張が移ってしまったのじゃ」
「ダンジョンの異変がこっちにも影響しないかと、みんな気にしてるのデス。ちょっと前に事故もあったばっかりデスしね」
「あー…………」
ゴレミの言葉に、俺は思わず苦笑する。確かに俺達が転移門の転移事故に巻き込まれたのは、まだ記憶に新しい。
まあ実際にはあれは事故ではなく、クリスエイドが何かした結果らしいが、そんなことが公になるはずもない。世間的にはあれは紛れもなく「事故」であり、<深淵の森>で異変が起きた直後に転移門の事故が起きたということになるから、今回もまた同様に、ダンジョンの異変と転移門の事故がセットになっていると危ぶむのはむしろ当然の気持ちだろう。
「それに今回は六つの大ダンジョン全部で同時に異変が起こるという、歴史上類を見ない大事件なのデス。これに合わせて全部の転移門が使えなくなったりしたら、政治も経済も大混乱になるのデス」
「今頃兄様は、とんでもない数の書類とにらめっこしながら、眠る間もなく仕事をしているはずなのじゃ。もしも城に残っておったら、妾ですら手伝わされたかも知れぬのじゃ」
「偉いってのも大変だよなぁ……まあ今回はダンジョンがらみだから、俺達だって人事じゃねーけど。
さ、それじゃ邪魔になったら悪いし、そろそろ行くか」
「そうデスね」
「なのじゃ!」
軽い雑談で現状を振り返り終えると、俺達は揃ってギルド内の通路を歩いて行く。そうして受付のあるホールに辿り着くと、そこにはかつてと変わらない場所が、かつてとは変わり果てた空気で存在していた。
「おぉぅ、こいつはまた……」
「人がいないデス?」
俺がここに通い詰めていた半年間、このホールはいつだって人でごった返していた。だが今、ここにはほとんど人がいない。まるで探索者という存在が世界から消えてしまったような錯覚に、俺の胸がキュッと締め付けられる。
「あ、クルトさん!」
「えっ、リエラさん!?」
が、そこで俺に声をかけてくれたのは、誰も来ない受付に座って何か書類仕事をしていたらしいリエラさんだ。俺達が近くに移動すると、リエラさんが笑顔で挨拶してくれる。
「お久しぶりです、クルトさん、ゴレミさん。それに――」
「初めましてなのじゃ! 妾は『トライギア』の一員で、ローザリア・スカーレット・オーバードなのじゃ! 気軽にローズと呼んで欲しいのじゃ!」
「はい、ローズさんですね。初めまして。私は探索者ギルド、エーレンティア支部にて受付をしております、リエラと申します。以後よろしくお願い致します」
「こちらこそ宜しくなのじゃ! にしても……」
お互い笑顔で挨拶を交わしてから、ローズがリエラさんをしげしげと見つめて言う。
「クルトの師匠というからどのような御仁かと思っておったのじゃが……何と言うか、普通の女性じゃな?」
「えっ!? し、師匠!?」
「うむ。リエラ殿がクルトに『歯車投擲術』を授けたのじゃろう? その割にはあまり強そうに見えぬというか……いや、決して侮ったり馬鹿にしたりしているわけではないのじゃが、本当に一般の女性にしか見えなかったので、ちょっと意外だったのじゃ」
「いやいやいやいや、意外でも何でもないですから! 私はただの受付嬢で――」
「はっはっは! おいおいローズ、それは違うぜ?」
随分と的外れなローズの指摘を、俺は笑って否定する。
「確かにリエラさんは強くはねーよ…………ないですよね?」
「ないです! ぜんっぜん強くないです!」
念のため確認すると、リエラさんが首がもげるような勢いで頷く。そこまで強く反応しなくてもいいと思うんだが、まあそれはそれとして。
「でもさ、人を導くのに絶対に強さが必要ってわけじゃねーだろ? それに強さってのにも種類がある。リエラさんの場合は、心が強いんだ」
「心なのじゃ?」
「心ですか!? 何でそんなことに!?」
ローズはともかく、何故かリエラさんまで驚いたように声をあげたが……まあ自分の強さって自分ではわかりづらかったりするしな。なので俺はそれを気にすることなく話を続ける。
「そうだ。訳のわかんねースキルをうっかり取得しちまって途方に暮れていた俺に、リエラさんが道を示してくれた。馬鹿にするでも諦めろと突き放すでもなく、どうしたらいいかを考えて、教えてくれたんだよ。
それがどれだけ凄いことか、俺がどれだけ感動して、どれだけ救われたか……ローズならわかるだろ?」
もしあの日、俺が<歯車>のスキルをもらった時、俺の話を聞いてくれたのがリエラさんでなかったら、俺がこうしてここにいることはなかっただろう。事実上の「スキル無し」として、一人でひたすらゴブリン相手に大して上達することもない剣を振り回し、今もきっと最底辺をさまよい歩いていたと思う。
「『この世にハズレスキルなど存在しない! ハズレだと思っているのは使い方を理解していないからだ!』……この言葉をもらったからこそ、俺は<歯車>の可能性を模索し続け、ここまでやってこれたんだ。
リエラさんは俺に『歯車投擲術』を授けてくれたってだけじゃなく、俺の人生そのものを照らしてくれた。だからこそリエラさんは、俺の師匠なんだよ。
ですよね? リエラさん……いえ、リエラ師匠!」
「えっ!? えぇぇ…………!? そんな、私はそんな大層な者じゃ、それにその言葉も、別に私が言ったわけじゃないですし…………」
「ほほぅ、そんなに凄い人だったのじゃ? これは妾の見る目が曇っておったのじゃ。正式に謝罪するのじゃ」
「いやいや、そんな、謝罪とかやめてくださいよ! 私は本当にそんな、全然そういうのじゃないですから!」
「そんなに謙遜しなくてもいいじゃないですか! 師匠の偉大さはこれからも全力で喧伝していきますから!」
「それはやめて! 本当にやめてください! これ以上偉い人から変な指南役とか頼まれても、どうしていいかわからないですから!」
「つまり王侯貴族の無茶ぶりを鼻で笑って拒否できるくらい凄くなれってことですね? わかりました!」
「何一つわかってないじゃないですかー!?」
リエラ師匠の雄叫びが人の居ない受付ホールに木霊する。うーん、やはり師匠は謙虚な人だ。だからこそ俺がこれからも頑張らねば!
「…………リエラはもう諦めた方がいいのデス。一度回り出した歯車は、もうどうやっても止まらないのデス」
「それ、上手いこと言ったつもりですか? 横から蹴っ飛ばしたらいい感じに外れないですかね?」
「それをやったら、今度は蹴ったくらいじゃ外れない歯車に変わるだけだと思うデス。それよりゴレミ達は、これからどうすればいいデス?」
「あっと、そうだな。一応ギルドの要請を受けてるんで、今後の活動方針とかを確認しておきたいんですけど」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ…………わかりました。では説明しますね」
俺とゴレミの問いかけに、デスクワークで疲れが溜まっていたであろうリエラさんが深く大きなため息を吐いてから、キリッと表情を整えてその口を開いた。





