ゴレミの決断
「立入禁止!? え、何で急にそんなことに!?」
突然の通達に、俺は思わず声をあげる。見れば他の受付でも同じように騒いでいる人がいて……そうか、どうもいつもよりざわついてると思ってたが、これが原因だったのか。
だが、それも当然だ。俺達探索者にとって、ダンジョンは飯の種そのもの。そこにいきなり入れないと言われて、騒ぎにならないはずがない。
「むぅ。ただ単に入るなと言われても困るのじゃ。ソエラ殿、どうしてダンジョンに入ってはならぬか、事情は教えてもらえるのじゃ?」
故にローズがもっともな質問をソエラさんに投げた。するとソエラさんがいつもの何処か怪しげな口調に、本気で困った雰囲気を乗せて説明してくれる。
「実は昨夜から、ダンジョン内部で異変が発生しているようなのです。なのでその原因の解明……最低でも異変が収まらない限りは、誰も入れないというのがギルド側の決定となります」
「ダンジョンに異変、ねぇ……」
そう言われて思い出すのは、<深淵の森>での出来事だ。あの時俺達は異変に巻き込まれる側だったが、今度は逆になったってことになる。
「ちなみに、その異変っていうのはどういうものデス?」
「一貫性はありません。この<永久の雪原>では、入り口付近にも拘わらず吹雪のような天候変化が起きたり、篝火の火が突然消えてしまったり、あるいは魔物の分布が変わって、本来とは違う場所に出現したりなどが報告されております」
「おぉぅ、それは確かに大変なのじゃ」
「フフフ、大変なんです。知らずに入ったら……どころか、そういう異変が起きると覚悟して入ってもなお、対処に熟練の技術と経験が求められるものが多いので、一律で立入禁止にするしかなかったのです」
「なるほど、それは確かに…………ん? 待ってくれ、<永久の雪原>では? まさか他のダンジョンでも異変が起きてるんですか!?」
ソエラさんの説明に納得仕掛けたところで、俺はその言葉の意味に気づいて更に声をあげる。するとソエラさんはゆっくり大きく首を縦に振った。
「はい、そうです。どうも六つの大ダンジョン、全てで同じような異変が起きているようなのです」
「そりゃまた…………何が起きてるんだ?」
「わかりません。それを調べるために、各地の有力な探索者の方々がギルドの依頼を受けて調査に乗り出してくれているはずですが、流石にまだ何の報告もありませんので。フフフフフ……」
「そう、ですか…………」
異変が発生したのが夜で、今はまだ朝なのだから、たった数時間で何もわからないというのは無理からぬことだ。だがそれでも、俺の中には言い知れぬ不安が募っていく。
とはいえ、何ができるというわけでもない。俺達は周囲の喧騒に押し出されるようにギルドを後にすると、あてどなく町を歩き、気づけば宿に戻ってきていた。そのまま部屋のベッドに腰を下ろすと、ひとつ大きなため息を吐く。
「はぁ…………こりゃどうしたもんかな」
「いつもは巻き込まれる方ばかりだったから、こういうときはどうしていいかわからぬのじゃ。しかしダンジョンに異変とは……オヤカタ殿やジル殿は大丈夫じゃろうか?」
「あの二人はダンジョン側の存在デスから、大丈夫だと思うデス。調査に向かった人も、それなりに腕が立つなら大丈夫だと思うデス。でも……」
「でも、何だ?」
「……もし意図せず異変に巻き込まれた人がいたら、その人は危ないと思うデス」
「……………………」
ゴレミの言葉に、俺は顔をしかめて黙り込む。俺がある程度以上拘わった同業となると、ジャッカルとバーナルドさん達と、あとはカイ達だ。ジャッカルはどうでもいいし、バーナルドさん達はむしろギルドの依頼を受けて調査に出向くくらいの腕前だからいいとして、カイ達は……
「ま、まあ、まさか二度も立て続けにダンジョンの異変に巻き込まれたりはしないはずなのじゃ!」
「そう、だよな。そもそもあいつらだって別に弱いわけじゃねーし、大丈夫だよな」
気にはなるが、確認を取るのは難しい。ノースフィールドとヘーゼルの町は大分離れてるから、普通に手紙で確認しようと思ったら冗談じゃなく一年とかかかる。かといって転移門経由の連絡では結構な金がかかるので、ちょっとした知り合いの安否確認に使うには大仰過ぎる。
なら無事を信じて大人しくしているしかないわけだが……うーん、落ち着かん。こういうときこそ体を動かしたいんだが、それこそダンジョンに入れないんじゃなぁ。
「…………ひょっとしたら」
と、そこでゴレミがぽつりとそうこぼす。俺とローズが反応して顔を向けると、顔をあげたゴレミがこっちを見ながら言葉を続ける。
「ひょっとしたらデスけど、エーレンティア……正確には<底なし穴>に入れば、何かわかるかも知れないデス」
「ん? どういうことだ?」
「改めて言うデスけど、ゴレミはダンジョンで生まれたゴーレムデス。なのでダンジョンと繋がると、色々わかったりわからなかったりすることがあるデス。それを利用すれば、何かわかる可能性はあるデス」
「あー、そう言えばそんなことできたな。でもなんで<底なし穴>限定なんだ?」
「他のダンジョンだと、ゴレミは部外者なのデス。でもゴレミが生まれた<底なし穴>なら、関係者としてアクセスできるデス。まあ実際には接続が切られてるデスから、わかることはかなり限られると思うデスけど……」
「ほほぅ。それはやってみる価値がありそうなのじゃ。じゃがエーレンティアとなると……」
「転移門を使えねーと、行きようがねーな」
大陸の北にあるノースフィールドと、比較的南の方にあるエーレンティアは、個人が旅をするような距離じゃない。ここまで離れていると大規模な商隊ですら行き来はしないだろう。
なら移動手段は一択だが、果たしてそれが使えるかとなると話は別だ。
「兄様に頼ってみるのじゃ?」
「いや、まずはソエラさんに話してみようぜ。事はダンジョンに関係してるわけだしな。ゴレミもそれでいいか?」
「勿論デス。ゴレミだってお友達のことは心配なのデス」
「はは、そりゃそうだ」
俺はゴレミの頭をガシガシと撫でてから、さっき出てきたばっかりの探索者ギルドに戻る。そこで首を傾げるソエラさんに事情を説明すると、その声色が一変する。
「……我々探索者ギルドとしては、とてもありがたい申し出です。ですがそれをやってしまうと、ゴレミさんの重要度が一気にあがってしまいます。そうなればもう、これまでのようにゴレミさんのことを秘匿し続けるのは難しくなると思いますが……それでもいいのですか?」
長い髪に隠れた瞳に真摯な光を宿らせ、ソエラさんがまっすぐに俺を、そしてゴレミを見つめてくる。そんな眼差しを正面から受け止めて、ゴレミは笑顔で頷いた。
「構わないデス。みんなが困っている時に、何もしないでいる方が気分が悪いのデス。それにもう、ゴレミは一人じゃないのデス」
振り返ったゴレミが、俺達を見る。ならば当然、俺達もそれに応える。
「おう、任せとけ! 変な奴らが寄ってきたら、片っ端から歯車を投げつけてやるぜ!」
「権力者の対応は任せるのじゃ! オーバードの皇族の権威を見せつけまくってやるのじゃ!」
「……ということなのデス! それにいざとなったら、ゴレミ自身も最近手に入れた魅惑のつるすべボディで、不届き者なんて籠絡しちゃうのデス! マスターがゴレミを撫でる時間が三割増えた実績があるのデス!」
「えぇ? クルトお主、いつの間にゴレミを撫でまくっておったのじゃ?」
「へ!? いやいや、そんなことは……まあ、ちょっと手触りはいいかなって思ってはいるけど。てかローズだって、夜に抱きついて寝るときに足をスリスリしてるだろ! 皇女としてあれはどうなんだ?」
「ぬあっ!? ち、違うのじゃ! 妾はそんなはしたないことはしてないのじゃ! 何となく無意識に足が動いているだけなのじゃー!」
「してるって認めてるじゃねーか……いや、いいんだけど」
「ゴレミの魅力は皇室御用達なのデス!」
「ふ、ふふふ…………わかりました。ではそのように報告し、エーレンティアまでの転移門を手配させていただきます。『トライギア』の皆さんの献身に、心から感謝致します」
そんな俺達の様子にいつもと違って楽しげな笑い声を漏らしてから、ソエラさんが言葉と共に深く深く頭を下げてくる。こうして俺達は今回もまた慌ただしく町を去り……そして懐かしの地へと舞い戻ることになるのだった。





