魂に火を入れろ
「で、オレはどうすればいい? 腕か足でも刺されればいいのか?」
「あー、それは…………」
臆することなくそう言うオヤカタさんに、俺は思わず言葉を濁す。だが今更誤魔化すことなどできるはずもなく、気まずい感情を押し殺しながら告げる。
「えっと、多分なんですけど、かなりズブッといかないと無理というか、オヤカタさんの意識に触れられないと思うんで……こう、お腹とか?」
「…………そ、そうか。それは…………痛そうだな」
「ですよね……」
俺の言葉に、オヤカタさんの髭がザワりと揺れる。そりゃ今から腹を剣でぶっ刺しますと告げられたら、こんな反応になるよなぁ。
「すみません。もっと俺が上手にスキルを使えるか、あるいはオヤカタさんとの関係がもっと深ければいけたと思うんですけど……」
「無い物ねだりをしても仕方あるまい。わかった、やってくれ」
謝る俺に、オヤカタさんが自身の髭をかき分けて隙間を作る。するとその下には確かに普通に服を着た人間の体があったのだが……
「うっ、くっ…………」
「オヤカタさん!? え、まだ何もしてないのに、何で!?」
「髭をかき分けたからな。体を守る魔力膜に隙間を作ったことで、ダンジョンからの干渉が強くなったんだ……さあ、やるなら早くやってくれ」
「っ……わかりました。ゴレミ、万が一の備えにオヤカタさんの背後に回って、羽交い締めにしてくれ」
「了解デス! ではオジジ、ちょっとキツくするデスよ?」
「構わん……思いっきりやれ! でないと暴れてしまいそうだ……うぅぅ……」
「わかりました。じゃあいきます……!」
俺はまず剣と自分を歯車で繋いで一体化すると、その剣をオヤカタさんの腹に突き立てる。ぐにっという固い感触に顔をしかめつつ剣を押し込めば、やがてブツリと皮膚が裂ける手応えがして、オヤカタさんの腹に剣が沈んでいく。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ…………っ」
「我慢してください! もうちょっと……もうちょっと刺されば…………」
悲鳴を上げるオヤカタさんに、俺は歯を食いしばって力を込める。オヤカタさんが味わっている苦痛に比べれば、俺の心の呵責など屁みたいなもんだ。
かつて俺は、俺とはほぼ何の繋がりもないクリスエイドの中に入ったことがある。あれは俺がローズの中に入り、クリスエイドが自分と繋がる洗脳だか何だかの術式をローズに仕込んでいたから……つまり「ローズ」という共通の存在を介して、俺とクリスエイドは繋がることができわけだ。
今回の作戦は、それに倣っている。俺とオヤカタさんでは直接繋がれるほどの縁はまだねーが、オヤカタさんがくれた剣は俺と一体になれるほど繋がれるし、あの剣はオヤカタさんが心血を注いで作ってくれたもの。
つまり「剣」という共通のものを通せば、クリスエイドの時のようにオヤカタさんに入り込むか、最低でも干渉はできるんじゃないかというのが俺の読みだ。
ただ、俺とオヤカタさんが一緒に剣を握ればいいとか、流石にそこまで条件は甘くない。俺と剣が歯車で繋がっているように、剣とオヤカタさんもただ触れる程度じゃない深い繋がりを持ってもらわないといけない。
故にこそ、俺は剣を刺した。大量の血に濡れ、体の中でオヤカタさんの命に直接触れることが、剣とオヤカタさんを一番深く繋げられると考えたのだ。
「繋がれ、繋がれ! 頼む、頼むから…………!」
泣きそうな気持ちで剣を通じて血と内臓の温かさを感じながら、俺は祈るようにそう繰り返し、必死にオヤカタさんの歯車を探す。もしここで何も見つけられなければ、俺はただオヤカタさんを苦しめ、刺し殺しただけで終わってしまう。そんなのは嫌だ。そんなのは認められない。
助けたいという我が儘を、オヤカタさんが笑って受け入れてくれたんだ! なら結果に繋げられなきゃ嘘だろ!
「ぐふっ……ふぅ、ふぅ…………」
「…………きた!」
口の端から血を垂らし、うつろな目で息を荒くするオヤカタさんを前に、俺は漸く小さな手応えを感じる。目とは別に頭の中に浮かぶのは、今にも崩れそうなくらいボロボロになった土の歯車。しんしんと降り積もる雪をその身の熱でじわりと溶かしているものの、既にその半分近くが埋もれている。
「これだ! なら…………」
俺は剣を握る手に力を入れると、意識の中で剣先をそちらに向け、そこから歯車を繋いでいく。だがどれほど力を込めても、雪に埋もれた歯車はこれっぽっちも回らない。それどころか歯車に入ったヒビが徐々に大きくなり、このままでは壊れてしまいそうだ。
ならどうする? 俺一人なら、きっとここで手詰まりだ。オヤカタさんの自我を埋め尽くそうとしている雪を溶かす手段もなく、心の感度をあげようと強引に歯車を回そうとして、結果歯車を壊してしまう未来しか見えない。だが……俺は一人じゃない!
「ローズ! 俺の手を!」
俺は剣を右手一本で持つと、自由になった左手を背後に伸ばす。すると即座にローズがその手を掴み、俺に声をかけてくる。
「どうすればいいのじゃ?」
「魔力を! ローズの魔力を送ってくれ!」
「妾の? しかし妾の魔力を送ったとて、クルトには……」
「わかってる! だから……ローズの魔力で、歯車を回せ!」
「!? なるほど、わかったのじゃ!」
繋いだ二人の手の隙間を埋めるように、俺は概念的な歯車を生み出す。すると木製の歯車の半分が輝く黄金に変わり、ハーフでツートンな歯車がローズの魔力を受けて勢いよく回り始めた。そしてその回転力が俺のなかにある歯車を回し、猛烈な勢いで魔力を生みだしていく。
魔力を回転に、回転を魔力に。強引な変換のせいで途中で莫大なロスが出てるのか、俺が受け取った力はおそらくローズの送ってきた力の一〇〇分の一程度だが、それでも元の俺の魔力からすれば数十倍。これだけあれば、何だってできる!
「さあ、まずはテメーだ! 溶かし尽くせ!」
朱い魔力が渦巻き、オヤカタさんの歯車を埋め尽くそうとしている雪をあっという間に溶かしていく。流石は元ローズの魔力。俺の魔力に変換されてなお、いい感じに熱いらしい。これなら――
「次はこっちだ! さあ、魂に火を入れろ!」
露わになった土の歯車を、薔薇のように真っ赤な炎が包み込む。すると炎の奥から現れたのは、無骨で素朴、なれど見惚れるほどに美しい陶器のような歯車。これならちょっとやそっとの力で砕けることはなさそうだ。
「そして最後だ! ぶん廻れ!」
そんな歯車を、俺は残った力の全てを注ぎ込んで全力で廻す。何者にも止められず、何者にも取り込まれぬよう、感度も速度も存在感も、とりあえず思いつくありとあらゆる要素を盛っていく。
「ぐっ!? がっ! ぐがががが…………がふっ!?」
「…………くはぁっ! はぁ、はぁ、どうだ…………?」
そうして全てを注ぎ終えると、俺は剣から手を離してその場にへたり込んでしまった。そんな俺の目の前で、不意にオヤカタさんが剣を生やした腹を揺らして笑い出す。
「くっ、ははははは…………ああ、腹が熱い……こんなに腹が熱くなったのは、生まれて初めて火酒を飲んだとき以来だ…………」
「オヤカタさん? それは……?」
「これだ。この熱こそが命だ。死に損なったからこそわかる。今オレは、間違いなく生きている……っ! はっはっはっはっは!」
「クルトよ、これは成功なのじゃ?」
「た、多分?」
機嫌よく笑うオヤカタさんを前に、俺はローズと一緒に顔を見合わせる。一旦魔物墜ちしてから正気に戻ったとかではなく、元々オヤカタさんは正気だったので、問われてみるとこれで上手くいったのかどうかが判断できない。
「あのー、オヤカタさん? 大丈夫そうですかね?」
「ああ……いや、これが大丈夫に見えるなら、お前の目はどうかしていると思うぞ?」
「えぇ? でも何か笑ってましたし……」
「マスター? お腹に剣が刺さったままの人が大丈夫なわけないのデス」
「そういうことだ。目が覚めた影響か知らんが、やたら痛くてかなわん……どうにかしてくれ」
「おぉぅ、そりゃそうっすね。あはははは……」
苦しげに、だが楽しげに言うオヤカタさんの言葉に、俺はアホ丸出しの顔で手当の準備を開始した。





