オヤカタ回顧録③:世界を超える門
「にしても、まさか本当に故郷が『ここ』にあったとはな……ぐっ」
「ちょっとオヤカタ、大丈夫!?」
またも突然苦しみだしたオヤカタに、フレデリカが心配して声をかける。だがオヤカタは手を振って大丈夫だと示すと、しばし目を閉じ荒ぶる精神を落ち着けていく。
「…………ふぅ、もう大丈夫だ。少し深く繋がりすぎたせいで、また知性を持っていかれそうになったようだ」
「それ、本当に平気なの? 無理してない?」
「ははは、大丈夫だ。オレにはこの髭があるからな」
フレデリカの言葉に、オヤカタはそう言って全身を覆うほどに伸ばした髭を擦る。
「我等ドワーフは、髭に魔力を蓄えることができる。こいつがオレを守ってくれているから、オレはオレでいられるんだ。さっきは情報を調べるために自分から繋がりにいったせいで無防備になっていたが、この状態なら……」
「髭の魔力で守ってるの? ならアタシの魔力もあげるわ! ほらほら、これでいい?」
オヤカタが話を終える前に、フレデリカがオヤカタの髭に潜り込み、自分の体にグルグルと巻き付けて魔力を放出する。ただし髭はあくまでも本人の魔力を蓄えることができるだけで、外部の魔力を吸収して保持するような機能はない。
なのでフレデリカの行為は完全に無駄なのだが……それでもオヤカタは自らの髭に埋もれたフレデリカの小さな頭を撫で、優しい声で礼を言った。
「……ああ、ありがとう。もう本当に平気だ」
「ふふーん! そうでしょ? アタシだってちゃんと役に立つんだからね!」
「そうだな。これからも頼りにさせてもらおう……さて、それじゃお前が仲間のところに帰るための準備をしなければな」
「本当に帰れるの!? ねえねえ、アタシは? アタシは何をすればいい?」
「そう、だな……」
張り切るフレデリカに、オヤカタはしばし考えこむ。思い出されたのはフレデリカが自分の想像以上にダンジョン中を飛び回っていた軌跡だ。
「今すぐ必要というわけではないが、希少な金属や鉱石があれば取ってきてくれるか?」
「鉱石って、ちょっと色が違って固い石ころでしょ? 取ってくるのはいいけど、どんなの?」
「うむ。あると嬉しいのは、この辺だな」
そう言って、オヤカタは部屋の隅に置かれた鉱石のいくつかを手に取って見せる。するとフレデリカは「わかった!」と元気に返事をして、すぐに通気口から外に飛び出していった。
その姿を見送ると、オヤカタは疲弊した精神に気合いを入れ、炉に火を入れる。
「では、オレもやるべき事をやろう」
部屋の中に無造作に並べられていた、無数の武具。本来は自分を倒した相手に対する報酬であるはずのそれを、オヤカタは片っ端から鋳つぶして素材に変えていく。
だがその程度では全く足りない。何せオヤカタが今作ろうとしているのは、小さなダンジョンだからだ。
そもそも、ダンジョンとは何か? 一体どこからどうやってあんなものが出現しているのか? 長い歴史の中で数え切れない程の研究者が調べてきたが、その真相は未だ以てわかっていない。
だがダンジョンの魔物であるオヤカタは、極めて表層的な部分でしかないものの、その情報を持っていた。即ち……ダンジョンとは「世界を繋ぐ門」である。
(フレデリカの反応は、この世界の何処でもない場所に向かっていた。となればその先は別の世界……つまりそこがフレデリカの故郷というわけだ。
ならばオレは、世界を超える門を作ればいい。そうすればあいつを仲間のところに帰してやれるはずだ)
オヤカタ自身が持つ知識や技術だけでは、小さなダンジョン……世界を超える門など到底作れない。だがまたも幸運なことに、ここ<永久の雪原>には侵入者の位相を切り替えるシステム……同一世界内で薄い壁を越えるための機構がある。
オヤカタは魔物としての立ち位置を最大限に利用し、無茶を重ねて情報を集めるた。
食事も睡眠も必要としない……フレデリカに不審がられないように、時々は食べたり眠ったりしてみせたが……体をいいことに、更に無茶を重ねた。
そうして長い時間と莫大な手間をかけ、オヤカタは遂に「門」を完成させることに成功したのだが……
「……………………」
完成した「門」を前に、オヤカタは難しい顔をする。大きさをフレデリカが通れるギリギリまで絞り、極限まで起動に必要な魔力を絞ったものの、それでも自分程度ではとてもこの「門」を開くことはできない。
あるいは大規模な魔力貯蔵施設でも作れれば別だが、とんでもない量の素材を追加で集めなければとても必要量には足りないし、何より作る場所がない。部屋の外にはいくらでも土地が余っているが、オヤカタは部屋から出られないのだから無意味だ。
「……仕方ない、頼るか」
自分の作った「門」の希少性を考えると、この計画に余人を交えるのは気が進まない。だが自分達ではどうにもならないのだから、誰かに頼るしかない。
(とはいえ、ここを知るのはできるだけ少人数の方がいい。なら適当なエルフにでも協力して貰うのがいいか)
その結論を元に、オヤカタはフレデリカに「エルフを一人連れてきてくれ」と頼む。それを受けたフレデリカは素材集めからエルフ探しに方針を変え…………
「…………あぁ」
長い長い……まるで自分の人生全てを振り返ったかのような回想を終え、オヤカタが声を漏らす。
フレデリカが連れてきたのが人間であったため、ダンジョンからの指示をはねのけ、魔物としての本能を押さえ込むのに、オヤカタは髭に蓄えていた魔力のほとんどを使い切っていた。もしこのままあと数日クルト達と一緒にいたなら、きっと自分は衝動を抑えきれず、クルト達に襲いかかっていたのではないかと思う。
「だが、間に合った…………オレを救ってくれた友は故郷に帰し、オレを友のように扱ってくれた者達は、無事送り出せた。思い残すことはない……満足だ」
まさか魔物に成り果てた自分が、このような感情に浸れるとは思っていなかった。望外の幸福に包まれながら、オヤカタは満足げに独りごちる。
眠るように霞んでいく意識が完全に消え去れば、次に目覚めるのは魔物としての自分だろう。いつか来る誰かを殺し、殺し損ねて自分が死んだら、その栄誉を讃えて己で鍛えた武具を進呈するするためだけの存在。
それはとても寂しく悲しいことだが、人と魔物の狭間でせめぎ合っているとかではなく、自分は最初から魔物。であればどれほど抵抗しようと、最後にその運命が待っていることは否めない。
「……だが、そうか。次にここにくる可能性が一番高いのは、あいつらなのか」
少なくともオヤカタの記憶のなかでは、ここに訪れた他の人間はいない。ならば他の誰かがここに辿り着くより、ここの存在を知っているクルト達が再訪する方が可能性がずっと高い気がする。
「それなら、まあマシか……オレの作った武具がもう一度あいつらの手に渡るなら、悪くはない……ふふふ」
もしも魔物に墜ちてなお、自分の記憶が少しでも残るなら。彼らのために武具を作るという未来はそう悪くないのではないか? そんな「死後の自分に対する夢」をみて、オヤカタは小さく笑う。
「ああ、いいな。他の誰に殺されるより、お前らに殺される方がずっといい。
なあ、神よ、悪魔よ、ダンジョンの主よ。どうか次は、オレを完全な魔物に仕立て上げてくれ。万が一にもあいつらが、オレをオレだと気づかぬように。
そして願わくば、あいつに渡したオレの剣で、オレの命を終わらせてくれ。どうせすぐに最設置されるんだろうが、それでも今のオレはオレだけだ。
オレの剣で、オレの友の手で。オヤカタという魔物もどきの人生に、どうか幕を下ろさせてくれ」
まるで祈りを捧げるように、オヤカタが両手を前に伸ばす。それに合わせてオヤカタの意識が白い雪に飲まれていき……
「ちょっと待ったー!」
ドスンという音と共に通気口から落ちてきた男が、その魂の叫び声で吹雪を吹き飛ばした。





