オヤカタ回顧録②:迷子の理由
さて、フレデリカを助けると決めはしたものの、オヤカタにはそれを難しくする大きな制限があった。「隠し部屋」の「隠しボス」であるオヤカタは、その性質上自分の領域……即ちこの小さな部屋から出ることができなかったのだ。
故に、「外に出て一緒にフレデリカの仲間を探す」という最も簡単で確実な手段を取ることができない。そこでオヤカタが考えたのは、「一番近くにいる妖精の場所を指し示す魔導具」であった。
幸いにして、隠しボスであるオヤカタのなかには、このダンジョンの仕掛けに関する幾ばくかの知識が与えられている。そこにあった篝火とコンパスという「目的地を指定し、そこへの道を示す」仕掛けを応用することで、その魔導具はさほど苦労することなく完成したのだが……
「むぅ…………?」
「ねーねーオヤカタ、まだ上手くいかないのー?」
「……ああ。悪いがもう少し待ってくれ」
完成した魔導具は、確かに妖精を指し示した。だがフレデリカを除外してしまうと、今度は何の反応も示さなくなってしまう。「妖精が敵認定されていない」だけで、その理由が「この世界に妖精が存在しないから」だということを知らないオヤカタにはその原因が全くわからず、しばし改良を続けた後、最終的にはその魔導具はお蔵入りすることとなった。
「……これは駄目だな」
「えーっ!? じゃあアタシは仲間のところに帰れないの!?」
「いや、別の手段をとる。あまり気は進まないが……」
魔導具に見切りをつけたオヤカタは、ショックを受けるフレデリカを前に渋い声でそう告げる。するとフレデリカは心配そうな顔をして、オヤカタの顔に寄り添うようにくっつく。
「え、いいの? どうしても嫌なことだったら、無理にお願いはしないわよ?」
「だが、そうするとお前は仲間のところに帰れなくなるぞ?」
「それはそうだけど……」
「安心しろ、約束は守る。ただこれをやっている間、おそらくオレは他のことが何もできなくなる。お前が話しかけても反応しないだろうし、全く身動きもしなくなる」
「それ、大丈夫なの?」
「平気だ。用事がすめばきちんと目覚めるから、それまでは一人で留守番をしていてくれ」
「うぅぅ、わかった。寂しいけど、我慢する……ちゃんと起きて、またお話ししてくれるようになるのよね?」
「ああ。じゃあ、ちょっと行ってくる…………第二種限定権限により、ダンジョンコアに遠隔接続。情報ログの追跡を開始する――――」
それは一定以上の魔物にだけ与えられた、ダンジョン運営に関する権限。通常ならばボス魔物が本来の条件を無視して取り巻きの魔物を無制限に召喚するとか、自分に有利な環境変化を引き起こすなどで半ば無意識に行使されるものだが、オヤカタは知性を……自我を取り戻していたため、このような使い方ができたのだ。
ちなみに<深淵の森>のジルがこれを使えなかったのは、彼は一般魔物の扱いであったため特殊な権限は与えられておらず、権限の存在すら知らなかったからである――閑話休題。
(うっ…………!?)
目の前に広がる情報の海……いや、情報の宙に、オヤカタの魂は圧倒される。何百年もの間蓄積されたそれらはとても人が扱える量ではなく、こんな場所から目的のものを探すなど、雪原に落ちた一粒の砂糖を見つけるよりも難しい。
だがここでも幸いなことに、最初に見つけるべき情報の場所には、自分とフレデリカしかいない。現在地に存在する二つの反応のうち自分ではない方を調べればいいだけなのだから、実に簡単だった。
そうして対象を特定できれば、あとはそこから行動履歴を遡っていくだけだ。単に「その時何処にいたか」を知りたいだけなので、取得する情報を最低限に絞り、時間を加速して逆方向に追いかけていく。
そうしてしばらくすると、不意にその反応が自分の側から離れ、激しくダンジョン内部を動き回り始めた。この場所を見つける前、仲間を探してダンジョン内を飛び回っていた時期まで戻ったからだ。
めまぐるしく動き回り、幾つもの別の何かに接触するようになったフレデリカの反応を見失わないよう、オヤカタはタイムスケールを落として慎重に追いかけていく。
篝火同士で結ばれた経路以外を移動しない人間と違い、自由奔放に飛び回るフレデリカを補足し続けるのは大変だったが、それでも何とかオヤカタはフレデリカの反応を追い続け……
(何?)
その時、突如としてフレデリカの反応が消えた。ダンジョンの外に出たわけではなく、ダンジョン内部から突然消失したのだ。
(どういうことだ? 何処に消えた……いや、何処から現れた!?)
その異常な記録に、オヤカタは困惑する。
当時、オヤカタはフレデリカの迷子の原因を、ダンジョン特有の濃い魔力に当てられたからだと考えていた。妖精は小さな体で高い魔力を保有している反面、そのせいで外部からの強い魔力に影響を受けやすい。
なので寝ぼけたフレデリカがうっかりダンジョンに入り込んだ結果、ダンジョンの魔力によって自分の感覚を狂わされ、常時軽い幻惑魔法を受けたような状況になって自力で外に出られなくなったことが、フレデリカが仲間のところに帰れない理由だと推測していたのだ。
もしそうであれば、誰か、あるいは何かによって正しい方向に導いてもらえば、簡単にダンジョンの外に出ることができる。ならば近くの妖精の場所を探知し、視覚で方角を示され続けることで迷う余地なく直進……つまり入ってきた場所から出ることができれば、それで解決するはずだったのだ。
しかしこの発見により、その目論見は脆くも崩れ去ってしまう。何処からか転移してきたというのであれば、近くに仲間の妖精が全くいないことにも納得できてしまう。
(安請け合いはするものではないな……だがまあ、やることは変わらん)
思わずため息を吐きつつ、オヤカタは消えたフレデリカの痕跡を追う。たとえ転移であろうとも、何かが何処かへ移動するなら必ずその痕跡は残るものだ。実際フレデリカの痕跡も、そこから更に別の場所へと続いていたのだが……
(む? これは…………っ!?)
『警告:貴方の権限ではこれ以上の情報にアクセスすることはできません』
(何だと!? ぐっ……っ!?)
突然の言葉と共に、オヤカタの意識が激しく揺さぶられる。水の中で溺れるような感覚のなか、必死でもがいてそれを乗り切った時、オヤカタの目の前にあったのは心配そうな顔で自分の目を覗き込むフレデリカの姿であった。
「……はっ!?」
「オヤカタ!? よかった、目が覚めた!」
「……フレデリカ? どうした?」
「どうしたじゃないわよ! アンタ自分がどれだけ黙ってたかわかってるの!? それにさっきは急に苦しみだしたし、アタシどうしていいかわかんなくて……」
「……そうか。心配をかけたな、すまない」
「いいわよもう。で、何かわかったの?」
「ああ、わかったぞ」
フレデリカの問いに、オヤカタは髭の下でニヤリと笑みを浮かべる。払った代償は大きかったが、得られた情報は更に大きい。
「お前の仲間が何処にいるのかわかった」
「えっ、本当に!? 教えて! ねえ早く!」
「まあ待て。場所はわかったが……そこに辿り着くには特別な手段が必要になる。オレがそれを用意してやろう」
「そうなの? うーん、すぐにみんなと会えないのは残念だけど、それなら仕方ないわね。ありがとう、オヤカタ!」
「フッ、任せておけ」
無邪気にお礼を言うフレデリカに、オヤカタは小さく笑ってから必要な工程を頭に思い浮かべていった。





