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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第七章 歯車男と夜の雪

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オヤカタ回顧録①:妖精と魔物

今回から三回ほど、三人称となります。

「行ったか…………」


 クルト達が部屋から出て行ったのを確認すると、オヤカタは静かにそう呟く。たった半日前までは喧騒に溢れていた室内に、今はただ静寂のみが満ちている。


 だが、それこそがこの部屋の本来の姿。オヤカタは改めてハンマーを手に持ち、振るい始める。ただそれはクルト達に言った「旅に出る準備」ではない。


 カン、カン、カンと、音の出ない環境で手応えだけを頼りに石を叩く。そうしてあっという間にゴレミの欲していた研磨石を三つほど作り終えると、それらを棚の目立つところに並べ、今度こそオヤカタは長く大きな息を吐いた。


「ふぅぅ…………これでオレのやるべき事は終わったな」


 目を閉じて、天を仰ぐ。自分の体から、力が抜けていくのを感じる。


 それはある意味では「寿命」と呼べるかも知れない。人としての「オヤカタ」の意識は、今まさに終わりを迎えようとしていた。





 <永久の雪原(ディアホワイト)>の隠し部屋。通常の方法では狙って辿り着くのはほぼ不可能であり、無謀な探索に挑む者達のうち、奇跡に等しい幸運を掴んだ者だけが辿り着ける場所。そこには一体の魔物が「隠しボス」として配置されていた。


 その魔物は<鍛冶>のスキルを持ち、誰も訪れない小部屋で延々と優れた武具を量産し続けている。もしその部屋を発見し、内部にいる魔物を倒すことができれば、その魔物が作っていた武具を報酬として手に入れることができる……言ってしまえば、やや変則的な宝部屋のようなものだ。


 故に、この部屋に辿り着く道標はない。出入り口は雪によって隠され、ダンジョンの仕掛けにより鍛冶の音が外に漏れることもないため、たとえ側にやってくることができたとしても、発見は極めて困難。だがそんな場所に、ある日一人の妖精が辿り着いた。


 その妖精は雪を操る力があり、巧妙に隠されていた入り口をあっさりと見つけた。そうして部屋に入ると、そこにいたのはひたすらにハンマーを振るい続ける毛むくじゃらの何か。


 まずそこに、二つの幸運がある。一つは魔物にとって、この世界には(・・・・・・)存在しない(・・・・・)妖精は攻撃対象ではなかったこと。外にいる一般的な魔物と違い、鍛冶ができるだけの知性を残されていたその魔物には、それを判別する能力があったのだ。


 そしてもう一つは、妖精のいた世界では、エルフもドワーフも普通に存在していたこと。だからこそ会話が通じる人類種であり、かつ自分を攻撃してこないその魔物に対し、妖精は必死に現状を訴え、助けて欲しいと話しかけた。


 だが当然、魔物は何も答えない。だがそれでも、妖精は諦めない。何時間も、何日も、何ヶ月も、何年も、妖精はひたすらにその魔物に話しかけ続け……そして遂に、奇跡は起きた。


「……………………?」


(何だ? オレは一体……?)


「どうして!?」


 人として扱われ続ける事で育っていった、人としての意識。それが閾値を超えたところで、魔物のなかに封じられていた知性が蘇る。だがそうして我に返った魔物が最初に見たのは、体はやつれ、目を真っ赤にした妖精が悲壮な声を上げる瞬間だった。


「どうして何も答えてくれないの!? そんなにアタシのことが嫌いなの!? アタシ何でもするから……アンタが欲しいっていうなら、この羽だってあげるから……だからお願い、アタシのこと無視しないでよぉ…………」


 妖精の羽は錬金術なら高度な魔力回復薬の材料となり、鍛冶に置いても鱗粉を付与したり砕いた羽を金属に混ぜ込むことで、通常よりも魔力の保有率を高めることのできる優れた素材だ。


 だが切り落とされた人の腕や足が生えてきたりはしないように、妖精の羽もまた毟れば二度と再生しない。加えて羽を失えば当然空を飛べなくなるので、小さな体である妖精が羽を失うのは、死ぬこととほぼ同義だ。


 だというのに、目の前の妖精はギュッと目を閉じ歯を食いしばりながら、己の羽を引きちぎるべくその手で掴んでいた。これで興味を引けなければもうどうしようもないという最後にして最大の覚悟を以て、妖精が腕に力を入れようとしたまさにその時、魔物は長年片時も手放すことのなかったハンマーを放り投げ、そっと妖精の体を掴んだ。


「待て、やめろ。そんなもの必要ない」


「っ!? あ、アンタ…………!?」


「……すまない。作業に没頭し過ぎていて、お前の声が聞こえていなかったんだ」


「何よ……何よそれぇ…………うっ、ぐずっ、うわぁぁぁぁぁぁん!」


 赤子のように大声で泣く妖精を、魔物は己の髭に抱き寄せて慰め続ける。その後は落ち着きを取り戻した妖精に事情を説明され、改めて助けてくれとお願いされたことで、魔物は自分を目覚めさせてくれた妖精を助けることを固く心に決めた。


「わかった、協力しよう」


「いいの!?」


「ああ。まあオレに何ができるかは、今のところわからないが……」


「いいわよそれで! だってアタシを助けてくれるって言ってくれたの、アンタだけだもの! 一人じゃないなら、きっと何とかなるわよ!」


「……そうだな」


 まだ何が問題かすらわかっていないのに、既に仲間の元に帰れるのが決まったかのような妖精の物言いに、魔物は小さく笑う。その期待に応えたいと魔物が強く思っていると、妖精がくりっとした目を向けて、改めて魔物に話しかけた。


「それじゃ、改めて自己紹介するわね! アタシはフレデリカ。雪の妖精のフレデリカよ! アンタは?」


「オレか? オレは…………」


 そう問われて、魔物は自分の名がわからないことに初めて気づいた。自分が生きてきた世界における常識や、鍛冶に関する技術や知識、それに加えて「隠しボス」という設定故に他の魔物より幾分多く与えられていたダンジョンの知識などはあるのに、自分という個に関する知識の大部分が欠落している。


「オレは……………………」


 まるで記憶の中に吹雪が舞っているかのように、何もかもがはっきりしない。白点に汚染された記憶が高速で流れては消えていき……その中の一つが、魔物の心の片隅に引っかかる。


『うひょー! やったぜ! さっすが親方、いい仕事してるぅ!』


『何が親方だ、調子のいい……どうしてお前は、毎度毎度厄介な仕事ばかり持ってくるんだ』


『そりゃあ勿論、そういう厄介な仕事を完璧にこなしてくれるのは親方だけだからさ。これからも頼りにしてるぜ、****親方!』


『まったく、お前というやつは……』


 年若い人間の青年と、呆れたような……だが何処か楽しそうな声で会話をする自分。それがいつ、何処で交わされたものなのかは思い出せなかったが、それでも一つだけわかったことがある。


「ねえ、どうしたの?」


「いや、何でもない。オレの名は『オヤカタ』だ」


「オヤカタ? それって名前なの?」


「ああ、そうだ。オレは皆からそう呼ばれていた」


「ふーん? まあいいけど」


 魔物の名乗りに、妖精は不思議そうに首を傾げ、だがすぐに気を取り直す。妖精のとって重要なのは、自分に名前を教えてくれたという事実だけだからだ。


「じゃあ改めて、これから宜しくね、オヤカタ!」


「ああ。こちらこそ宜しくな、フレデリカ」


 数奇な巡り合わせで出会った妖精と魔物は、こうしてフレデリカとオヤカタとして、互いの運命に大きな影響を与えることとなった。

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