餞別
「フレデリカがお前達を連れてきた時はどうしようかと思ったが……半月か。過ぎてしまえばあっという間だったな」
「それは妾達も同じなのじゃ。最初にオヤカタ殿の姿を見たときはビックリしたのじゃ」
「でも今ではすっかり仲良しなのデス! マスターの剣も作ってもらったデス!」
「本当にな。改めてお世話になりました」
「気にするな。むしろオレの方こそ感謝している。ここにやってきたのがお前達でなかったら、きっとフレデリカを仲間のところに帰すことはできなかっただろう」
頭を下げる俺に、オヤカタさんがそう言ってから近くの箱に手を突っ込み、何かを取りだして見せてくる。
「これはその礼だ。受け取れ」
「これはフレデリカ殿と同じ意匠の指輪なのじゃ?」
「そうだ。これには少量の魔力を流し続けることで一定以上の衝撃に対し自動的に障壁を張って防御する機能と、能動的に大量の魔力を注ぎ込むことで強力な障壁を生み出す機能が備わっている。普通の人間の魔力量では少々重いが、お前なら十分に使いこなせるだろう」
「ふぉぉぉ!? そんなに凄いものをもらってしまっていいのじゃ!? やったのじゃ! ありがとうなのじゃ!」
「右手と左手の中指に嵌め、両方に均等に魔力を流せばいい。試してみろ」
「わかったのじゃ! って、これ両方とも妾のなのじゃ? てっきり一つはゴレミの分だと思ったのじゃが……」
「ゴーレムがこれを着けても意味があるまい。というか、それはそれで用意してある」
「なんと! それなら何の問題もないのじゃ!」
ちゃんとゴレミの分もあるとわかり、元気を取り戻したローズが左右の中指に指輪を嵌めていく。指輪といっても細い台座に宝石が付いているようなものではなく、根元から第二関節くらいまでを覆う板を筒状にしたようなものだ。
「おお、ピッタリなのじゃ! これでよいのじゃ?」
「ああ。ならその状態で軽い抵抗を感じるくらいまで魔力を流してみろ。散々『門』に魔力を流し込んでいたお前なら、感覚でわかるはずだ。それとお前、こいつに適当な何か……歯車でいいから投げてみろ。ただしあまりそっと投げると魔法が発動しないから、ちゃんと強めにな」
「はい。じゃ、行くぞローズ?」
「うむ……うおっ!?」
俺がローズに向かって歯車を投げると、ローズの体から三〇センチくらいの距離のところでバチッと青い光がはじけ、俺の投げた歯車が地面に落ちる。
「おお、こりゃスゲーな。今のって自動防御の方か?」
「多分そうなのじゃ?」
「ああ、そうだ。なら次はさっきの抵抗を超えるように魔力を流しながら、両手を前にかざせ。そうすればそこに障壁が展開される」
「うむ……ほほぅ、これはフレアスクリーンの魔法と同じ感じなのじゃ。じゃがこちらは物理攻撃も防げるのじゃ?」
「そうだ。お前の魔力なら、相当に強力な攻撃でも防げる。が、防ぐ攻撃の強さに応じて魔力を消費することと、自動防御と同時には使えないことは気をつけろ」
「こっちの防御膜を使っておる間は、自動防御は切れるということじゃな? わかったのじゃ。既存の魔法共々、いい感じに使い分けるのじゃ!」
「それがいいだろう……で、次はこれだ」
頷くローズの顔を見てから、オヤカタさんが新たに別の何かを箱から取り出し、今度はゴレミに見せる。
「これは……石デス?」
「ああ。ゴーレムに何を贈るのがいいかは、オレとしても悩み所だった。その娘のように魔力を消費する魔導具では、魔力と命がほぼ同義のゴーレムには相性が悪い。かといって何の効果もないただの装飾品というのも違うだろう。
それで辿り着いたのがこれだ。これはゴーレム専用の砥石とでも言うべきもので、これで表面を磨くと……手触りがよくなる」
「えぇぇ……?」
その何とも言えない品物に、俺は思わず変な声を出してしまう。だが当のゴレミは大喜びでそれを掴むと、早速自分の腕に擦りつけた。
「こうデス? これで肌触りがよくなるデス!? マスター、早速触って試して欲しいデス!」
「お、おぅ……おぉぉ?」
言われてゴレミが擦ったところに手を触れると、それまでのゴツゴツした石の感触ではなく、まるで人間の肌のような、指先に吸い付く感触がある。
「え、マジか!? しっとりしてるっていうか……柔らかい?」
「無論、本当に柔らかくなっているわけではない。通常『研ぐ』というのは表面を削って滑らかにする行為だが、これは特殊な魔力構造により削ったものを表面に留め、そこに空気を含ませることで柔らかく感じるようにしているのだ。
時間が経てば元に戻るから、使う度に体が小さくなるなどということもない。が、あまりに研ぎすぎれば話は別だ。日に一度、一カ所につき三回ほど擦るのが適当だな」
「凄いのデス! 最高なのデス! これはゴレミ至上最強の革命的アイテムなのデス! 約束された勝利の石なのデス!」
「うむうむ、ゴレミが嬉しそうでよかったのじゃ!」
高らかに石を掲げて叫ぶゴレミに、ローズもまた嬉しそうに拍手を送る。その光景を見届けると、オヤカタさんが改めてその口を開いた。
「では、これで餞別は終わりだ。気をつけて町に帰るといい」
「最後まで世話になったのじゃ。オヤカタ殿もお元気でいてほしいのじゃ」
「また何か素晴らしいものができたら、是非連絡が欲しいのデス! その時はどれだけ迷っても根性でここに辿り着いてみせるのデス!」
「お前だと本当にやりそうなのが怖いな……」
寒さによる判断力の低下や、方向感覚が失われることもそうだが、ここに辿り着けない一番の要因は「ここに何かがあると知らない」ことだ。だが俺達はここにオヤカタさんが住んでいると知っているのだから、「目的地に辿り着くまで延々と探し続ける」をやれば、理論上はいつか辿り着けることになる。
無論人の身ではそれにも限界があるわけだが、ゴーレムであるゴレミならごり押しでここを再訪することだってできる……かも知れない。
が、そんなゴレミの発言に、オヤカタさんが全身の髭をふぁさっと揺らすほど大きく首を横に振る。
「いや、お前達が出たら、オレも旅に出ようと思っている」
「え、そうなんですか?」
「ああ。フレデリカもいなくなったし、もうここに留まる理由はないからな。色々準備もあるから流石に今日明日とは言わないが、それでも近いうちにここを出るつもりだ」
「ぬぅ、それならば妾達と一緒に……と言いたいところじゃが、妾達とオヤカタ殿では釣り合わぬのじゃ」
「そうデスね。オヤカタのオジジが欲しがるような素材は、ゴレミ達ではどうやっても手に入れられないデス」
「そう言うことだ。誘ってくれるのは嬉しいが、諦めてくれ」
残念がるゴレミ達に、オヤカタさんがきっぱりとそう告げる。それから少し、何かを飲み込むように無言になってから、オヤカタさんは更に言葉を続ける。
「オレはここを出るが、この部屋を潰すつもりはない。万が一この近くに戻った時に、使える拠点があると便利だからな。
だがオレがいなくなれば、魔物がここに入り込んでしまう可能性がある。なのでお前達にはあらかじめ警告しておくが……もしここにオレのような姿をして、だが会話の通じない何かがいたら、それは魔物だ。躊躇うことなく殺せ」
「へ!? 突然何を……?」
「お前が言っていたのだろう? この地にはオレ達ドワーフにそっくりな魔物がいると。次にお前達がここで出会うのは、おそらくそいつだ。その時にオレに似ているからと躊躇った挙げ句、お前達が殺されるようでは適わんからな」
「……………………」
「さあ、わかったらもう行け。オレはオレでやることがあるからな」
「……わかりました。それじゃオヤカタさん、短い間でしたけどお世話になりました。行くぞ二人共」
「むぅ……ではオヤカタ殿、さらばなのじゃ」
「いずれ取りにくるデスから、予備の石と予備の予備の石と予備の予備の予備の石を用意して置いて欲しいデス!」
「そう駄目になるようなものではないんだが……まあ一応考えておいてやろう。ほら、行け」
「じゃ、失礼します」
追い払うように手を振るオヤカタさんに深く頭を下げてから、俺達は部屋を出て行く。
「…………世話になったのはオレの方だ」
扉を閉める直前、小さな声が聞こえた気がしたが……その呟きも何もかも、暗い夜の雪の中に溶けて消えてしまった。





