大きな食い違い
オヤカタさんは、過去を語らない。技術的な話題を除けば元々寡黙な人ではあるけれど、それを加味してもなお、オヤカタさんは昔話のようなものを一切しなかった。それどころか俺達がした年齢やいつからここに住んでるのか、なんて当たり障りのない質問ですら、全て曖昧にはぐらかされたくらいだ。
故に、俺達の方もオヤカタさんにそういう質問はしないことにしていた。嫌がる相手から無理矢理過去を聞き出すなんてのは、世話になってる立場ですることじゃねーからな。
だからこそ、この剣の元……リエラさんからもらったあのガラクタの持ち主についても、ずっと気になってはいたけれど聞けなかったのだ。
だが今、それをオヤカタさんが自分から話そうとしてくれている。今まで頑なに語らなかった思い出を、俺に教えてくれようとしている。その気持ちに応えるべく俺が聞く姿勢を整えると、オヤカタさんは赤く飛び散る火花を見つめながら、ゆっくりと話を始めた。
「あいつは何と言うか……常に勢い任せの男だった。ただすれ違うだけのような相手にすら声をかけ、大して強いわけでもないのに自ら問題に首を突っ込み、周囲の者に散々迷惑をかけながら事件を解決すると、『ああ、楽しかった』と心の底から笑うような奴だった」
「それは……随分とお騒がせな奴ですね」
「だな。だが不思議と、あいつの周りに居る奴らは皆あいつのことが好きだった。困っている者を放っておけず、そのせいでいつも厄介事に巻き込まれ、自分だけではどうにもならぬと仲間や知り合いに泣きついてくるくせに、絶対に最後まで諦めずにやり通し……そして最後には皆を笑顔にしてしまう。
いつも誰かに怒られていて、いつも誰かに甘えていて……だがいつも誰かを助けていて、いつも誰かのために頑張っていた。だから皆、あいつのことを面倒だとかうざったいと罵りつつも、あいつに頼まれれば仕方ないと愚痴をこぼしながらも手伝ったのだ。
そしてオレも、そんな一人だった。あいつには散々振り回されたが……今こうして思い返しても、やはりオレはあいつのことを嫌いにはなれん。本当にどうしようもない騒ぎばかり起こし、迷惑をかけられ続けたというのにな……」
迷惑そうな物言いをしているのに、オヤカタさんの声は何処か楽しそうに聞こえる。きっとあの髭の下では、口元がニヤリと歪んでいるんじゃないだろうか。
「ははは、それはまた……」
「まるでマスターみたいなのデス」
「うおっ!?」
不意に背後から声が聞こえて、俺は驚きの声をあげる。振り向けばそこにはいつの間にかやってきたらしいゴレミの姿があった。
「ゴレミ!? お前寝てたんじゃねーのか?」
「前も言ったデスけど、ゴレミのそれは人間の睡眠と似て非なるものなのデス。意識を表に出さないというだけで外部の情報はちゃんと取り込んでいるデスから、二人の話が聞こえて起きてきたのデス」
「へー……ん? じゃあフレデリカとローズは…………ああ」
「うにゅぅ……いちごぉ…………」
「ちがうのじゃ。つまみ食いなどしておらぬのじゃ…………鼻を引っ張らないで欲しいのじゃあ…………ふがふが」
更に奥へと視線を向けると、そこには若干顔をしかめるローズと、寝ぼけながらローズの鼻をカプカプと囓るフレデリカの姿があった。その微笑ましい光景に、俺も思わず笑みをこぼす。
「フッ……にしても、俺みたいって何だよ? 俺はそんな、色んな人に迷惑かけるような生き方はしてねーぞ?」
「迷惑じゃなくて、厄介事の方なのデス。マスターの巻き込まれ体質は相当なレベルだと思うデス」
「うぐっ!? そっちは、まあ…………」
短期間で世界各地の大ダンジョンを巡り、行く先々で面倒事に巻き込まれるというのは、俺にだって自覚がある。というか今現在も本来のダンジョン探索とは関係ない問題に絶賛巻き込まれ中なわけで……まあ、うん。それは確かに否定できない部分があるようなないような……
「フフフ、そうだな。確かにお前は、少しだけだがあいつに似ているかも知れん」
「オヤカタさんまで!? くそっ、なんだよ……別に悪いわけじゃねーけど」
「そうデスそうデス、別に悪くはないのデス。それに<歯車>のスキル持ちという部分も同じなのデス」
「ん? あー、そうか。あれ使ってたってことは、そうなんですよね?」
「ああ、そうだな。同じような能力だったはずだが……だがあいつは、お前のように歯車を物質として出すことはできなかったはずだ。代わりに身体能力の強化は凄まじかったが」
「あれ? そうなんですか?」
その言葉に、俺は大きく首を傾げる。俺がリエラさんからもらった、昔の<歯車>スキル持ちが使っていたというガラクタ、あれの柄には確かに小さな穴が開いていた。だからこそそれを参考にしてヨーギさんが作り直した剣には歯車を嵌める穴があったし、それはハーマンさんが再設計した「歯車の鍵」でも同じだ。
だが言われてみれば、今俺の腰に佩いているこの新たな剣には、物理的に歯車を嵌めるような穴は開いていない。これは一体……?
「強化が凄いって、どのくらいだったデス?」
「そうだな……確か俺が聞いた限りでは、四〇倍くらいまではいけるという話だったか」
「よ、四〇倍!?」
今浮かんできたばかりの疑問を吹き飛ばすような衝撃発言に、俺は思わず大きな声をあげてしまう。
一般的な補助系のスキルによる能力上昇は、一流と言われる人達でも精々が五割までだ。あるいはかつて俺がしようとしていたように命を削って……とかやれば三倍とか五倍くらいまでならできるのかも知れねーが、それでも四〇倍なんてふざけた倍率になるとは考えづらい。
「いや、いやいやいや……四〇倍って。それ調子にのってでかいことを言っただけとかじゃ……?」
「ん? そんなことはないはずだ。あいつは確かに見栄を張ったり、やせ我慢して限界以上に頑張ったりすることがよくある奴だったが、自分の使う武器を作るオレにまでそんな見栄を張るほど馬鹿じゃないだろうからな。
それにオレは、あいつが戦うところを実際に何度か見ている。いかに亜竜とはいえ、あんな雑な剣技でヒドラの首を落とすのは相当な膂力が必要だ。お前よりも小さかったあの体でそれだけの力を発揮したのだから、まず間違いなくそのくらいは強化されていたと思うが」
「えぇぇぇぇ…………?」
ヒドラというのは、全長が一〇メートルくらいで複数の頭がある蛇の魔物だ。ドラゴンのようにブレスを吐いたり空を飛んだりするわけじゃねーが、適度な硬さと弾力のあるウロコは物理攻撃が通りづらいし、何よりでかい体とそれに見合う強い力を持っているため、単純に強い。
そんな魔物の首を落としたというのなら、そりゃ強いに決まってる。しかし――
(そんな強い奴がいたなら、なんで探索者ギルドに記録が残ってねーんだ?)
もしこれが<剣技>のスキル持ちとかだったなら、記録がなくても不思議ではない。何故なら同じくらい強い奴は幾らでも……とまでは言わねーが、それなりにいるだろうからだ。
だが歴史上六人しか確認されていない<歯車>なんて希少なスキル持ちがそれだけ強かったら、絶対に記録が残る。少なくとも俺がリエラさんから受けた説明はまるっきり違うものになっていたはずだ。
だというのに、探索者ギルドの資料には<歯車>スキルは「身体強化に向いたスキル」ではなく「歯車を出してクルクル回すだけ」という情報しかなかった。その食い違いは俺に激しい混乱をもたらすが、オヤカタさんはそれを別の意味として汲み取ったのか、更に言葉を続けていく。
「ははは、確かに今のお前では想像もできんのだろうが、お前だって成長すれば、いずれは同じ事ができるようになるだろう。お前もあいつと同じ冒険者なのだろうしな」
「冒険者? え、俺は探索者ですけど?」
「うん? ああ、今は冒険者のことを探索者と言うのか?」
「今はって……探索者ギルドができたのは、五〇〇年も前ですよ?」
「何……?」
訝しむ俺の言葉に、オヤカタさんも声を詰まらせた。それと同時にハンマーを振る手も止まり……しかしすぐに、オヤカタさんはまた金属を叩き始める。
「……もう夜も遅い。お前達はそろそろ寝ろ」
「……………………」
「マスター?」
「……はい。それじゃ、先に休ませてもらいます」
さっきまでとは正反対な冷たく硬い声色に、俺は軽く頭を下げてから改めて床に寝転がる。こうしてこの部屋で過ごす最後の夜は、大きなモヤモヤを抱えたまま過ぎ去っていった。





