二つの「完成」
そんな特訓の日々はあっという間に流れゆき……迎えたダンジョン生活一六日目の夜。全員が神妙な面持ちで見守る中、ローズが門に最後の魔力を込めていく。
「むむむむむむむむむ…………むぅ?」
「どうしたローズ?」
「うむ。何やらこう……ギュッと詰まった感じがして、これ以上魔力が入らなくなったのじゃ」
「どれ、見せてみろ」
ローズの言葉に、オヤカタさんが門を受け取って調べる。すると程なくして、いつも通りの淡々とした口調で遂に終わりが告げられる。
「うむ、どうやら魔力が一杯になったようだ。これでいつでも『門』を開けるだろう」
「やったー! じゃあ早速――」
「お、おい!?」
いきなり「門」目掛けて突っ込んでいったフレデリカを、オヤカタさんが慌てて掴み取る。だがつかまれた方のフレデリカは極めてご機嫌斜めだ。
「ちょっと、何するのよオヤカタ! アタシは虫じゃないのよ!?」
「それはわかっているが……待て。この『門』は一度開いても一分ほどで閉じてしまうし、何より使い捨てだ。本当に今すぐ仲間の元に帰るというのなら構わんが……」
「えっ、そうなの!? うー、そりゃ早くみんなに会いたいけど…………」
そう言いつつも、フレデリカの視線がチラチラと部屋の端による。そこには今朝ゴレミとフレデリカが運んで来た大量の料理が、まだ袋に入ったままの状態で置かれている。
「そうね。せっかくだし、ご馳走を食べてから帰ることにするわ! どうせならきちんとお別れもしたいしね!」
「うむ、それがいいだろう。では次はこれだな」
考え直したフレデリカを離すと、オヤカタさんが代わりに背後から一本の剣を取り出す。今度もまた全員の視線が集まるが、当然一番意識しているのは俺だろう。
「これが俺の、新しい剣…………」
「ふむ、見た目は普通の剣じゃな?」
ぱっと見は、今まで使っていた剣……これの元になった「歯車の鍵」ではなく、折れちまった鋼の剣の方……とさほど変わらない、ごく普通の両刃の片手剣だ。ただ刀身は通常の剣よりいくらか厚めだろうか? あと変わっていることと言えば……
「あれ? 前の時にあった、柄の穴がなくなってるデス」
「あ、本当だ! それだと『鍵』として使う場合はどうすれば?」
「順を追って説明するから、焦るな。まずは持って、軽く振ってみろ」
「はい。じゃ、みんなはちょっと離れてくれ」
言われて俺はオヤカタさんから剣を受け取ると、ゴレミ達が部屋の隅に移動するのを確認してから、軽く剣を振ってみる。
「前よりもちょっと重いですかね? あーでも、『鍵』としてのこれは元々このくらいの重さだったから、そういう意味では同じなのか」
しばらく使っていた鋼の剣より、この剣の方が若干重い。しかし「歯車の鍵」であった時と比べると同じくらいなので、そう考えれば特に違和感はない。
そしてそんな俺の感想に、オヤカタさんが頷きながら説明を続けてくれる。
「そうだな。使っている金属が違うからお前がへし折ってしまった剣とはバランスが違うだろうが、今後お前が成長し、もっと力が強くなることを考えればこのくらいが丁度いいはずだ」
「なるほど。そういうことですか」
確かに、今でも<筋力偏重>を使うなら、このくらいの方が振りやすいかも知れない。うむ、これはいい剣だ。いい剣だが……
「随分と希少な素材をつぎ込んだ割には、普通の剣なのじゃな?」
「おい、ローズ!?」
思っていても口には出さなかった事実をローズが言葉にしてしまい、俺は慌てて咎める。だがそんなローズの言葉に、オヤカタさんは楽しげに髭を揺らす。
「フフフ、確かに今のままなら、それはただの剣だ。だがオレが腕を振るったのだから、当然それで終わりじゃない。
ということで、まずは接続だ。お前とその剣を、お前のスキルで繋いでみろ」
「スキルで繋ぐ、ですか?」
「そうだ。その剣を自分の体の一部と考え、力を繋ぐんだ」
「……? わかりました、やってみます」
実はあんまりよくわかってはいなかったんだが、とりあえずやってみてから考えようの精神でそう答え、俺は剣を持つ右手をまっすぐに伸ばす。
剣を体の一部に……腕の延長とか、そういう発想か? 俺のスキルで繋ぐなら、どっちも歯車のイメージで……
俺の体の中心……命の歯車から腕や足に無数の歯車が繋がっている状態を想像。これはまあわかりやすい。某人間ならぬ歯車人間って感じだ。
となれば、当然剣の中にも歯車がなければならない。一本の剣なのだから、一直線に並ぶ歯車のイメージ……これも簡単に想像できる。
なら後は、それを繋いでやればいい。俺の手と剣。握ってはいても繋がってはいない隙間部分を、俺の<歯車>スキルで生みだした歯車を嵌め込むことで繋がるような想像をしてやれば……っ!?
「えっ、うわ、何だ!?」
「マスター、どうしたデス?」
「いやこれ、手と剣が一体になったっていうか……何だコレ、気持ち悪っ!?」
心配そうにするゴレミをそのままに、俺は剣を持ったままの手をブンブンと振る。おかしい、俺は剣を手で持っているはずなのに、まるで俺の手から剣が生えているような、そんな強烈な違和感を感じる。
「随分と戸惑っているようだが……それこそ成功の証だ。今お前はその剣と繋がり、剣はお前の一部となった。慣れるまでは違和感が強いだろうが、慣れてしまえば己の体の一部として、今までよりずっと自由に、繊細に剣を振れるようになる。鍛えれば<剣術>のスキル持ちとも十分戦えるようになるだろう」
「そ、そうなんですか。頑張ります…………」
突然右腕が倍の長さになったような感覚はちょっとやそっとで慣れるとは思えねーが、使いこなせれば強いというのも理解できる。これは要鍛錬だな……などと考えていた俺に、オヤカタさんが更に言葉を続けてくる。
「……どうやらまだわかっていないようだな?」
「え? 何がですか?」
「言ったはずだ。その剣はお前の一部だと。その状態でお前が最近身につけたスキルを使ってみろ」
「え? まさか…………っ!? <歯車連結>、<速力偏重・ファースト>!」
俺は自分の中の歯車を組み替え、能力を発動してみる。するとフッと剣が軽くなり、それに合わせて刀身が翡翠のような薄い緑色に変化する。背の部分の密度が上がる代わりに、刃の部分は向こうが透けそうなくらいに薄い片刃剣だ。
「速っ! 軽っ!? え、こ、これは!?」
「速さを最大限に生かすため、その状態は可能な限り軽く鋭くなっている。大抵のものは切り裂けるはずだが、代わりに刃の耐久力は大きく落ちているから、硬いものを無理に切ろうとすると容易に刃こぼれを起こすことを忘れるな。
では次だ」
「次……あ、はい! <歯車連結>、<筋力偏重・ファースト>!」
あまりのことに呆気にとられていたものの、オヤカタさんの声に我に返ると、俺は改めてもう片方の能力を発動する。すると今度は刀身全体が黒くなり、重く肉厚な両刃の剣へと変化した。
「おぉぉ……? 重い……」
「その状態は切れ味は普通の剣と大差ないものだが、代わりに極めて頑丈になっており、並大抵のことでは壊れない。重さを利用して叩きつけるように斬るのが基本だが、鈍器のように打ち付けて斬れない対象を砕くこともできる。
また通常を含むどの形態であっても、魔法に対する強い親和性がある。あの娘の通常とは違う魔法付与を施しても十分に耐えられるし、加えて魔力を注ぐことで多少の破損なら勝手に修復されるようになっている。
注意点としては接続中は常にお前の魔力を消費し続けることと、修復の方は更に大量の魔力を消費するため、こいつを十全に使いこなすには剣の腕だけでなく魔力の方も鍛える必要がある。
どうだ? なかなかの出来だろう?」
「は、はい! 凄いです……本当にスゲー……おぉぉ……おぉぉぉぉ…………」
「マスターが子供みたいに目をキラキラさせてるデス!」
「うむうむ、余程気に入ったのじゃろうなぁ」
オヤカタさんの問いに生返事で答え、ゴレミとローズに生暖かい視線を向けられながらも、俺はしばし夢中で新たな相棒を振り回し続けた。





