新能力の訓練
まあまあ続いた初めてのダンジョン生活に、遂に終わりが見えてきた。いや、正確には最初から見えてはいたんだが、それがいよいよ近づいてきたということで、俺達のなかでも気合いが入っていったのだが…………まあだからといって、やることが変わるわけじゃない。
「むむむむむ…………」
「ほーら、頑張れ頑張れー! ちょっと溶けてるわよー?」
ローズは今日も、頭に雪玉を乗せて魔力制御の特訓をしている。「あとちょっとだから、ビシバシいくわよ!」と張り切るフレデリカによって三段重ねの雪玉が頭に乗ってる姿はちょっと面白いが、それを笑うのはいつか歳を取ってから、思い出話をするときのお楽しみだ。
それに、俺の方だって暇じゃない……というか、むしろ忙しい。何せ使えるようになったばかりの力を、オヤカタさんが貴重な材料を追加してまで打ってくれる剣に恥ずかしくないように鍛えなけりゃだからな。
ということで、その日も俺は室内にて足を組んで床に座り込み、自分自身と向き合っていたわけだが…………
「…………ふぅ」
「マスター、どうだったデス?」
「いや、駄目だな。やっぱり『部屋』は簡単には増やせねーらしい」
俺の歯車世界である部屋は、他人と繋がりその数が増えれば増えるほど俺の力が増すらしい。なのでどうにかして部屋を増やせないかと色々やってみているのだが、今のところ成果はない。
「リエラさんでも駄目ってことは、双方向じゃねーと駄目なんだろうな。俺が一方的に信じてるだけじゃなく、相手も俺を信じてくれて……そのうえで相手の歯車世界に入るのが条件? 多分そんな感じだと思う」
リエラさんは俺に戦い方を教えてくれた恩人にして恩師であり、右も左もわからないガチの新人だった俺が半年間世話になった人だ。探索者になりに街に出てきてからの知り合いとしてはゴレミとローズに次ぐ三番目に付き合いの長い相手で、久しく合っていないとはいえリエラさんに向ける感謝や敬意は些かも曇りはしない。
が、そんなリエラさんでも俺の中に部屋を作ることはできなかった。ならつまりあの部屋は俺の心の中だというのに、俺の一方的な思いでは増やせないということになる。
「うーん、エーレンティアに戻れるなら、歯車を回させてくれって頼んでみるんだがなぁ」
「その時は是非ゴレミも立ち会いたいのデス。色々な意味で面白いことになりそうなのデス!」
「お前なぁ……まあいいけど。さて、それじゃ次だな」
気を取り直し、俺は右の手のひらを上に向けて腕を伸ばす。そのまま意識を集中すると、まずは木の歯車、次いで金属製の歯車が出現する。ここまではいつも通りだが、問題は次だ。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ…………っ!」
「マスター、頑張るデス! ヒッヒッフーの呼吸なのデス!」
血走るほどに目をこらし、腹に力を入れて力を振り絞る。そうして必死にイメージを練り上げると……
シュンッ!
「ぐはぁ!? はぁ、はぁ…………やっぱりこれが限界か」
俺の手の上に現れたのは、石製の歯車。ただし心の中で出した時のように美しい青色ではなく、ごく普通の灰色の石だ。歯車世界では簡単に出せるというのに、こっちで具現化しようとするととんでもなく魔力を消費するようで、これ一つ出すだけで俺のしょぼい魔力が半分以上持っていかれるという、燃費最悪の代物である。
「これがゴレミとマスターの愛の結晶……っ! 何度見てもうっとりしちゃうデス!」
「まあ、ただの石の歯車だけどな」
うっとりした目を向けてくるゴレミをそのまま流しつつ、俺は苦笑しながら手の中の歯車を見る。実際これは本当にただの石の歯車であり、少なくとも俺が調べた限りでは特別な力は何も持っていなかった。
石である以上、木よりは重くて硬い。だがそれなら金属製の歯車の方が更に重くて硬いし、そっちの方が魔力消費もずっと少ない。なのでこれを出す意味は全くないどころか、完全な無駄ではあるのだが……
「……フッ」
小さく笑って、俺は手の中の歯車を消す。これが「ゴレミの歯車」であるというなら、役に立つかどうかなんてのは関係ない。ただ存在するだけで意味がある力なのだから、鍛えるのは当然だ。
ちなみに、ローズの黄金の歯車はどれだけ頑張っても出せなかった。これは俺のスキルの練度というよりは、単純に魔力が足りないからだ。無理矢理出そうとしたら魔力欠乏でそのままぶっ倒れてしまい、後で全員からしこたま怒られたので、今はもうやらない。
勿論いつかはそっちも出せるようになりたいとは思っているが、最低でもゴレミの歯車を余裕で出せるくらいにならないと挑戦することすら無謀だというのが身に染みたので、それは今後の課題だ。
「……さて、それじゃ最後のチェックだな。ローズ、フレデリカ、俺達はちょっと外に行ってくる」
「わかったのじゃ。気をつけるのじゃぞ!」
「なら……はい、いつものおまじない!」
「ありがとなフレデリカ。んじゃゴレミ、行くぞ」
「了解デス!」
作業に没頭しているオヤカタさんにはあえて声をかけず、俺はローズとフレデリカにそう告げると、ゴレミを引き連れ家の外に出る。暗くて寒い雪原も、今ではもう慣れたものだ。
「さあ、それじゃいくぞ…………<歯車連結>、<速力偏重・ファースト>!」
世界に入り込むほどではないが、心の中で俺の部屋にあった歯車の壁を思い浮かべると、「命の歯車」の周囲にあった無数の歯車に新たな歯車を一つ組み込み、力の流れを変化させる。
すると俺の中でガチンと何かが噛み合った感触があり……そのまま全力で駆け出せば、俺の体が雪を舞い上げ、風のように雪原を駆ける!
「うぉぉぉぉ…………っ! どうだゴレミ?」
「ゴレミアイによる計測の結果は、大体一割くらい速度があがってるデス!」
「よーしよしよし! なら次は握手だ」
ゴレミの報告に気を良くし、俺はそのままゴレミの手を掴むと、ギュッと思い切り力を込める。相手は石なので遠慮なく全力を込めたのだが……
「くはぁ…………ど、どうだ?」
「ゴレミハンドによる計測の結果は、大体二割くらい力が落ちてるデス」
「あー……やっぱりそうか」
予想通りのその答えに、俺は幾分か肩を落とす。
これが俺の新たに会得した技。自分のなかで「力」と「速度」の配分を変えることができるという、上手く使えればかなり有用な能力だった。
が、今の俺だとその変換効率はかなり低く、どっちかを一割上げる場合、もう片方は二割落ちる。二割引き上げれば五割……半分になり、三割上昇はそもそも無理だった。使えば総合的には弱体化するというのは、この技の明確な弱点である。
「できれば完全に等価にまで持っていきたいところなんだが……難しいな」
「マスターがこれを使えるようになってまだ数日なのデスから、焦るような時期じゃないのデス。時間をかけて成長させていけばいいのデス」
「だよな。うっし、ならもう一回だ! 次は……<歯車連結>、<筋力偏重・ファースト>! いくぞゴレミ!」
「バッチコイデス!」
増幅した力で、ゴレミの手を思い切り握る。さっきよりもずっと強い手応えがあるが……
「っ…………あぁっ!? くっそ、駄目だ」
「マスター、大丈夫デス?」
「ああ、一応な」
痛みに痺れる手をヒラヒラさせながら、心配するゴレミに苦笑しながら答える。これは強く握ることによって生じる手の痛みに、俺自身が耐えられなかった結果だ。
「速くなるのはともかく、力を増すのはやっぱり扱いが難しいな。俺の体が一緒に頑丈になってくれりゃいいんだが」
「その辺は防御魔法の分野デスから、マスターのスキルだと難しいと思うデス。あるいはマスターの魔力が増えればいけるかも知れないデスけど……」
「ないものねだりしてもしょうがねーし、そこは創意工夫だな。よし、ならもう一回いくぞ! 今度はまた速度の方だ!」
「了解デス!」
できないことを嘆くのは、天辺まで上り詰めてからでいい。今できることを精一杯伸ばしていくために、俺はそのままゴレミとの訓練を続けるのだった。





