「何か」より「誰か」
「それでフレデリカ、肝心の鉱石の方はどうだったんだ?」
「勿論持ってきたわよ! はい!」
オヤカタさんの言葉に、フレデリカがずっと抱えていた金色に光る小石を放り投げる。それをひょいと受け取ったオヤカタさんがじっくりと調べ始め……すぐに満足げな声を出しながら頷いた。
「……よし、間違いなくオリハルコンだ」
「でしょー! このアタシが頑張ったんだから、当然よ!」
「てことは、同じ場所に再設置されてたのか?」
俺の手から離れ、ドヤ顔で宙を舞うフレデリカに問うと、フレデリカがその小さな頭を横に振る。
「んーん、違うわよ? 元の場所にはなかったから、その近くを探したの。そしたらまた雪原に転がってたから、それを拾ってきたの」
「お、オリハルコンが転がっているのか…………」
「妾の価値感じゃとクズ石じゃから、その辺にうち捨てられていても不思議ではないのじゃが……本来はかなりの希少金属なのじゃろ? それが石ころの如く転がっておるのじゃ?」
「それなら場所さえわかっていれば、ゴレミ達でも回収できそうなのデス。お金の臭いがプンプンするデス! 是非場所を教えて欲しいデス!」
呆れを通り越して感心するようなオヤカタさんをそのままに、ローズとゴレミがそんな事を口走る。だがそれに対してフレデリカはビュンとその場で宙返りを決めてから、咎めるような口調で話を続けた。
「やめときなさい! アタシは場所がわかってるからまっすぐ飛んで行けたけど、アンタ達ってあのカガリビとかいうのにそって移動しないと迷うんでしょ? あんな遠回りしてたら、あの場所に辿り着くだけで何日も……ううん、何週間とか何ヶ月とかかかるかも知れないわね!」
「おぉぅ、そうなのか……って、そりゃそうだな」
魔物も天候も全部無視して直線を飛ぶことのできるフレデリカですら往復で三日かかったのだから、俺達が普通に雪原を歩いてそこに辿り着くのが比較にならないくらい難しいのは自明である。
ましてやフレデリカの案内なしで篝火を頼りに動くとなれば、まっすぐ歩けば一時間の距離を一日かけて迂回する……なんてこともあるだろう。ダンジョンの奥の方なら出てくる魔物も強いだろうし、その分慎重に行動するなら尚更だ。
「それにね、この石ころって雪原の上にぽつんと置いてあるんだけど、これを拾うと周囲の雪がザーッと崩れて、石の下辺りからギザギザの歯ととげとげの体をしたでーっかいミミズが襲ってくるのよ!
アタシはすぐに飛び上がっちゃうから関係ないけど、アンタ達じゃパクッとひと飲みにされちゃうんだから!」
「ミミズ? 周囲の雪が崩れてってことは、サンドワームみたいな感じか?」
「雪原じゃから、スノウワームといったところじゃろうか。しかし妾達をひと飲みとは……具体的にはどのくらいの大きさなのじゃろうか?」
「そんな細かいことはわかんないわよ。でもアンタ達三人くらいなら、一口で丸呑みされちゃうと思うわ」
「三人を一口!? ってことは、最低でも全長一五から二〇メートルくらいはありそうだから……」
「ゴレミ達じゃどうやっても勝ち目がないレベルなのデス。一緒に行かなくてよかったのデス」
「……だな」
ゴレミの出した結論に、俺は心の底から同意する。そのでかさとなると<深淵の森>でフォレストスネークにやったみたいに歯車を食わせて腹一杯に……なんてのは物理的に無理だろうから、たとえ万全の状態であっても勝ち筋が全く見えない。
というか、遭遇した時点で詰みだろう。足下が崩れて逃げることすらできない状態で丸呑みされ、溶かされるのかすり潰されるんのか……まともな死に方はできねーってのは間違いなさそうだ。
「ん? スノウワームが探索者をおびき寄せる餌にしてるってことは、ダンジョン側はちゃんと折歯……じゃない、おりはるこん? を貴重な金属だって認識してるってことか?」
「そうなんだろうな。ま、そのおかげで追加が手に入ったのだから、オレとしては助かるが」
「ですね。それで材料は足りたんですか?」
「ああ、十分だ。これなら『門』の魔力が溜まりきるのとほぼ同時に完成させることができる」
「やったー! アタシ遂に、みんなのところに戻れるのね!」
オヤカタさんの言葉に、フレデリカが文字通り飛び上がって喜びの声をあげる。ふむふむ、丁度一緒にってことなら……
「なら剣と門の同時完成記念ってことで、ちょっとお祝いでもしようぜ」
「それはいい考えなのじゃ!」
「そういうことなら、明日の買い出しに行ったときに街でご馳走を頼んでおくデス。で、五日後の完成の日に取りに行って……それともいっそ、その日くらいはみんなで街に戻るデス? そうすれば出来たての美味しい料理が食べられるデス」
「おお、そりゃいいな! 二人はどうですか?」
「ご馳走! アタシ食べたい! あと最後にもう一回くらい街にも行きたい!」
ゴレミのナイスな提案に乗っかって問うと、フレデリカは激しく羽を羽ばたかせながらそう言ってくれたが、オヤカタさんの方は渋い声でそれを拒否してくる。
「…………すまんが、オレはここから出るつもりはない。そういうことなら、フレデリカだけ連れて行ってくるといい」
「えー、オヤカタこないの!? 何で? 別に街は怖いところじゃないわよ?」
「そういう問題ではない……オレのことは気にするな」
「気にするわよ! ハァー、オヤカタが行かないんなら、アタシも行かないわ。出来たてアツアツの料理は惜しいけど、オヤカタをのけ者にしたんじゃ絶対楽しくないもの」
「そうじゃな。一番の功労者であるオヤカタ殿を欠いてしまうのでは、片手落ちどころではないのじゃ」
「ならやっぱり、こっちに料理を持ってくるデス。冷めても美味しいやつをたっぷり注文しておくのデス!」
「お前ら……何故そこまで…………」
「そんなの決まってるじゃないですか」
戸惑うような声を出すオヤカタさんに、俺はニヤリと笑って言う。
「こういうお祝いとかは、『何をしたか』より『誰としたか』の方が重要なんですよ」
「そうなのデス! 手の込んだ料理を食べたって、どうせ『美味しかった』といううすーい印象以外は残らないのデス。それより一緒に過ごした人の顔やそこでした会話の中身の方がずっとずっと残るのデス」
「そうなのじゃ! それに皆で食べるなら、たとえマズいものを食べたとしても楽しい思い出になるのじゃ! 城の料理を一人で食べるより、皆で干し肉を囓る方が幸せの味がするのじゃ!」
「アタシは普通に美味しいものの方が食べたいわね」
「フレデリカ!? おまっ、この流れでそういうこと言うか!?」
「だって、マズいより美味しい方がいいじゃない!」
「まあ、そりゃそうだけど……」
「だから!」
空気を読まないフレデリカに俺が言葉を詰まらせると、フレデリカがビシッとオヤカタさんの方に指を突きつける。
「オヤカタにも、ちゃんと美味しいものを食べさせるの! さいっこーに凄いご馳走を買ってくるから、覚悟してなさいよね!」
「あー……ははっ。だそうですよ?」
「……フッ、好きにしろ」
苦笑いを浮かべる俺に、オヤカタさんが全身の髭を揺すって笑う。
「あ、でも、その前にご褒美! その石を拾ってきたらとっておきの果物を食べさせてくれるって約束だったでしょ! それちょーだい!」
「わかった、待て」
コロコロ話題の変わるフレデリカに、一瞬だけキョトンとしたオヤカタさんが例の空気を抜ける箱から歪なコインのようなものをいくつか取り出す。
「暖かい地方でしか育たない、バナナという果物だ」
「何それ、初めて見た! うわー、サクサクなのにちょっとフワフワで、すっごくあまーい!」
「……本当に自由な奴だ」
顔の大きさほどありそうな乾燥バナナに齧り付き、フラフラと宙を舞いながらその味を堪能するフレデリカの姿を、オヤカタさんは何処か眩しそうに目を細め、静かに見つめ続けていた。





