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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第七章 歯車男と夜の雪

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そこにある「命」

「死ぬのが怖い、デス……?」


「ああ、そうだ」


 何処か呆れたような声を出すゴレミに、俺は腕で目を押さえたまま頷く。


「この後、俺はブチ切れて、死ぬ気でスキルを使った。何もかも全てを投げ出して、ここで終わってもいいって覚悟で、俺の『命の歯車』を廻した」


 まあそれでもジャッカルには届かず、無様な敗北を喫するわけだが……今はそれはいい。問題はそこ……俺が「自分の命に触れた」ということだ。


「あの時は必死だった。他に何も考えられなくて、ただ絶望と怒りで頭がいっぱいで、ジャッカルをぶっ飛ばすことしか考えられなくて……だから使えた。だから耐えられた。


 だがそんなのは、一時的に我を忘れてたってだけのことだ。冷静になっちまえば、あんなのとても耐えられない。だから俺は……忘れたんだ」


 己の命に触れ、あまつさえそれを力に変換する時の本当の(・・・)感覚を、俺は今の今まで忘れていた。より正確には、忘れなければ正気が保てないくらいの恐怖だったから、忘れなければならなかったのだろう。


「忘れて、使えないようにした……あの後やったことは、上っ面に触れるどころか、回ってる歯車にスゲー遠くから手を伸ばして、回る歯車の起こす風圧を感じて『やってやったぜ!』ってドヤ顔してたようなもんだ。ああ、くだらねぇ! そりゃ強化率一パーセントとかになるわ!」


「じゃあ、自分の中に入ろうとする度にマスターが吐いていたのは……」


「無意識にあの日の恐怖が蘇ってたんだろうな。『それに触るな』って、俺の心が本能的に叫んでたんだ。


 ははは、情けねぇよなぁ……」


 今まで幾度も、ここで命をかけるとか、いざとなりゃ命の歯車を廻すなんてことを口にしたことがあった。だがあんなものは全部、何も知らないガキの戯言だった。本当に命に触れる恐怖を思い出してしまったら、とても同じ事を言うなんてできない。


「俺はただの腰抜けだ……死ぬのが怖いってわめいてるだけの――」


「ゴレミデコピン!」


「イテェ!?」


 不意に、俺の額に激痛が走った。硬い石の指先が俺の頭蓋をグワンと揺らし、違う意味で涙が零れそうになる。


「何すんだよ!?」


「マスターがあんまりしょぼくれたことを言ってるから、活を入れたデス」


「しょぼくれって……何だよ、俺が情けなさ過ぎて幻滅したとかか?」


「ゴレミデコピン、ダブルツインマークツーセカンド!」


「更にイテェ!?」


 もう一発デコピンを入れられ、俺は顔を押さえていた腕を離してたまらず上半身を起こす。するとそこには聖母のように優しい顔で微笑みながら、俺に寄り添って座るゴレミの姿があった。


「全く、マスターはとんだしょぼくれなのデス。まさかそんなどうでもいいことで悩んでいたなんて、流石のゴレミも気づかなかったのデス」


「どうでもいいだと!? 俺がどんな――」


「だって、死ぬのが怖いって……そんな誰でもそうなのデス」


「……………………」


「いいデスか? 生きてれば誰だって、死ぬのは怖いのデス。たまにそうじゃないときもあるデスが、それは命より大事なものを守る時とか、そういう限定的な場面でだけなのデス。


 まあごく稀に常時死ぬのが怖くないとか言っちゃう奴もいるデスが、それは頭の歯車がスポーンと抜けてる系の人達デスから、参考にしては駄目なやつなのデス」


「そ、れは……いや、でも…………」


「でももだってもストもヘチマも、何もかもナシよりのナシなのデス! 死ぬのが怖いなんて当たり前すぎて、マスターが大好きなゴレミですら慰めようがないのデス! 一〇〇人に聞いたら一〇〇人とも『そりゃ死ぬのは怖いよね』と同意してくる案件なのデス!


 だからそれを『情けない』とか『腰抜け』なんて言う人はいないのデス! 食事をしないとお腹が空くのを『我慢が足りない』とか言うくらいナンセンスなのデス! もう一回言うデスが、そんなどうでもいいことより、もっと重要なことがあるのデス!」


「おま、またどうでもいいって…………何だよ、もっと重要なことって……っ!?」


 俺が思いきり顔をしかめると、ゴレミがそっと俺の頭を抱きしめてくる。硬い石の感触なのに、何故かとても優しい。


「あの日、マスターにそんな決断をさせてしまったことを、とても悲しく思うデス。あの日、マスターがそんな決断をしてくれたことを、とても嬉しく思うデス。


 ごめんなさいデス。ありがとうデス。マスターがゴレミを想ってくれたことを、ゴレミは絶対に忘れないデス」


「ゴレミ…………」


 青白い月に照らし出された、黒い夜空と白い大地。俺達二人しかいない世界で、静かな時が流れていく。そうしてどれくらい経ったのか……ゴレミがそっと俺の肩を掴むと、二人の体が離れた。吹き込んだ冷気で体に残った温もりが急速に冷やされ、それがとても寂しく感じられる。


「マスター、落ち着いたデス?」


「……まあな」


「ふふふ、寂しかったり不安になったりしたら、またいつでも抱きしめてあげるデスよ? 心も体もほかほかにする、マスター専用の抱き枕なのデス!」


「枕にしちゃ硬すぎるだろ……って、こんな話、もう何回もしてる気がするな?」


「ゴレミとマスターの付き合いも、そのくらい長くなったってことなのデス。何十回でも何百回でも、同じ話を聞く度に笑顔で反応してあげるのが、夫婦円満の秘訣なのデス!」


「何だそりゃ……ははは」


 何気ないやりとりなのに、その全てに癒やされる。あれほどグシャグシャだった心も落ち着きを取り戻し、まるで混乱の全てを過去においてきたかのようだ。


「…………ふぅ、落ち着いた。けどこれ、問題は何も解決してねーよな?」


 俺が自分の歯車世界に入れない理由は、自分の命に触れることに対する恐怖だという見解は得た。そしてそれに対し、ゴレミの「死ぬのが怖いなんて当たり前」だという真理(いいわけ)も、言われてみれば納得できる。


 が、それは結局「自分の内側に入って力を引き出すことができない」という現状を確認できただけで、その解決には繋がっていない。これはどうしたものかと考えこんでいると、横にいるゴレミが口を開く。


「ふーむ。今までの話からの推測なのデスが、多分マスターは過剰に怖がりすぎてると思うデス」


「過剰? でも、命だぜ?」


「だからデス。さっきまでの怖がり方からすると、マスターは多分、かなり雑に自分の命を扱おうとしていたと思うデス」


「雑……?」


 思わず顔をしかめる俺に、ゴレミがしっかり頷いてから話を続ける。


「そうデス。さっきも言ったデスけど、当時のマスターは今のマスターに比べてスキルの扱いがずっと未熟だったのデス。


 それに加えて、感情が高ぶって勢い任せでスキルを使ったデスから、精密なコントロールなんてできなかったのデス。葉っぱが一枚欲しいだけなのに、大木を根元から切り倒すようなやり方をしたのだと思うデス。


 そんな方法で命を使おうとしたから、急速に命を消費してしまって……だから命に触れることが即座に『死』と連想されてしまっているのだと思うのデス」


「……なるほど? そう言われるとそんな気がしてくるが……ならどうすりゃいいんだ?」


「普通なら、そのイメージを覆すのは難しいのデス。実際今のマスターは、命に触れることそのものが怖くて、練習も何もあったものじゃないのデス。


 でもマスターは、ゴレミやローズやクリスエイドの中には入れているのデス。ゴレミはゴーレムデスし、クリスエイドは特殊な状況だったのであんまり参考にならないかも知れないデスけど、ローズは間違いなく人間で、マスターと同じなのデス。


 そしてそこで、マスターはローズの根幹に何度も触れているはずなのデス。なので問うデスが……ローズの命の歯車は、ちょっと触っただけで壊れそうなものだったデスか?」


「うん? そりゃあ…………違うな?」


 ローズの命の歯車……そう言われて思い出すのは、ローズの世界の中心で太陽の如く輝いていた巨大な歯車だ。あんなものどうやったって壊せるとは思えねーし、それどころか下手に触れたらこっちが焼き尽くされることだろう。


「そうなのデス。命というのは、そんなに脆弱なものじゃないのデス。他人の命ですらそうなのデスから、自分の命なんて尚更なのデス。よっぽどの覚悟がなければ、普通は壊そうと思ったって壊れないのデス。


 ましてやマスターはまだ一七歳なのデス。触れたら崩れてしまいそうなオジジの枯れ木ではなく、どっしりと地面に根を張り、至る所から新芽が出て枝葉を伸ばしてる最中のピチピチの若木なのデス。蹴っ飛ばしたって小揺るぎもしないのデス。


 でも、それでもまだマスターが不安を感じるなら……」


 そこで一旦言葉を切ると、ゴレミがまるで我が子を招くように、大きく両腕を広げて微笑む。


「ゴレミで試してみるデス? マスターになら、たとえ命を壊されても構わないデス」


「ゴレミ、お前…………ていっ! イテェ!」


 そんなゴレミに、俺は渾身の力を込めてデコピンを決める。当然俺の指だけなのだが、これは俺自身への戒めなので、それでいい。


「マスター、何やってるデス?」


「うるせーな! お前が馬鹿なこと言い出すからだろうが! ったく……わかったわかった、ならもう一回頑張ってみるか」


 大事な仲間にここまで言わせて、なおしょぼくれてるくらいなら探索者なんて辞めちまった方がいい。俺はパンパンと自分の頬を両手で叩くと、改めて気合いを入れ直した。

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