過去を巡る旅
「なあゴレミ。今更かも知れねーけど、心の中を旅して記憶を見ていく? とかって、どうすりゃいいんだ?」
当たり前の話だが、俺のスキルである<歯車>に、対象の記憶を読み取って再現するような効果などない。というか、そもそも何で他人の心の中に入れてるのかだってよく考えるとわからないくらいだ。
なのにどうやって? と首を傾げる俺に、しかしゴレミは得意げに語る。
「その辺はゴレミがどうにかするのデス。ゴレミはゴーレムデスから、自分の記憶が何処に書き込まれているかをちゃんと把握しているのデス。
ただそれを別の場所に移動させたり、一カ所に集めたりするとものすごーく大変なので、こっちから見に行く形にしたのデス。
ほら、もうちょっとだけ変わってきたデス」
「ん? おぉぉ……?」
言われて見ると、さっきまで空一面に広がる歯車だけの世界だったのに、周囲に色が……景色が生まれていた。足下にはうっすらと雪が積もり、俺達が進む左右には地面にめり込むような形で生えた、大小様々な歯車が回っている。
「え、いつの間に!? さっきまで何もなかっただろ?」
「そこは心の中なので、どうにでもなるのデス。ただ記憶を逆に巡る関係上、この辺はつい最近のものなので、あんまり見ても意味はないと思うデス」
「最近……あー、そっか。これ<永久の雪原>のイメージなのか。なら確かに」
俺の抱える問題が、流石にここ数日に端を発しているとは思えない。だからこそ気楽に構えていると、地面から半分生えた巨大な歯車の表面に、まるで<天啓の窓>のように動く映像が映し出された。
『ちょっとちょっと! アレよ! アレが食べたいわ!』
『あーもう、わかったデスから、少し静かにしてるデス!』
背中のリュックから身を乗り出して主張するフレデリカの頭を、視界の端から伸びてきた手がキュッと押し込む。その光景は俺からすると全く見覚えのないものだ。
「ああ、これはこの前街に行ったときのやつデスね。フレデリカが屋台の串焼きを食べたがって騒いでいたのデス」
「へー。こんな調子でよくバレなかったな?」
「そこは上手に誤魔化したのデス」
『おばちゃーん! 串焼きが一つ欲しいデス!』
『作り置きなんかじゃ駄目よ! 焼きたて! 焼きたてを頂戴!』
『はいはい……って、ゴーレム!? それに……何だいそのちっちゃいのは?』
『オーバードの最新技術で作られた実験用のゴーレムなのデス。ゴレミは買いだしなどの家事用で、ちっちゃいのは特殊な実験用なのデス』
『ちょっと、誰がちっちゃいのよ! アタシにはフレデリカって名前が――』
『はいはい、わかってるデス。串焼きが欲しいなら大人しくしてるデス』
『むぐぅ……』
『へ、へぇ……家事用のゴーレムってのはわかるけど、特殊な実験?』
『ゴーレム内部で食べ物を直接魔力に変換する方法を研究しているのデス。だからちっちゃい体で燃費をよくしているのデス』
『へぇ。頭のいい人ってのは難しいことを考えるんだねぇ……はいよ、串焼き一本、焼きたてね』
『わーい!』
『ありがとうデス』
「……という感じなのデス!」
「これは……誤魔化せてる、のか? 割と不審な目で見られてた気がするんだが?」
「そりゃ見たこともない技術で作られたゴーレムが現れたら、大体そんな反応になるのデス。でもオーバードの名前は出しておいたデスし、いざって時はフラムベルトがどうにかしてくれるデス」
「酷い丸投げだな……一応聞くけど、それちゃんとフラム様に許可とってあるんだよな?」
「勿論なのデス! この前の反乱をどうにかしたご褒美の一つとして、いざって時に見せる用の紋章入りの短剣ももらってるデス。まあ普段はローズが一緒にいるデスから、使う機会はないと思うデスけど」
「そりゃそうだな」
大国の皇太子の後ろ盾ってのは相当にでかいが、そこに頼らなきゃいけないような大事に巻き込まれることなんて、普通に生きていればまずない。加えて今やオーバードの名を名乗れるローズが同行しているのだから、大抵の奴は権力でねじ伏せられるだろう。
まあ、そんなのを使うのは聖都の時みたいに、相手がこっちを権力でねじ伏せようとしてきたときくらいだろうから、そもそも使う機会が滅多にない……ないといいなと思うところではあるが。
「さて、それじゃ実際に記憶が見られるという証明もできたデスし、サクサク進むデス! まだまだ先は長いデスからね」
「了解。ま、じっくり行きますか」
この旅がどういうものかわかったところで、俺達は改めて進み始める。雪原はすぐに硬く冷たい石畳となり、次は木の根がせり出す獣道となり、白く輝く石材となり……その時々の映像を見ながら、俺達の旅は遡っていく。
「ふふーん、マスターと二人っきりは久しぶりで楽しいのデス!」
「そうか? そう言えば俺とゴレミだけってのは、確かに久しぶりな気はするな」
しっかりと腕を組み、ご機嫌な様子で俺の隣を歩くゴレミに、俺は何気ない調子でそう返す。全く二人きりにならないということではないが、確かにこれほど長時間二人だけで過ごすのは久しぶりだ。
「マスターはローズのパワーアップばっかりだからデス。ゴレミだってマスターとラブレボリューションをしたいのデス!」
「んなこと言われても、前衛で動き回るゴレミの歯車を回すのは、物理的に無理だろ」
「そこを何とかするのがこの旅の主目的なのデス! ここでマスターの<歯車>が覚醒したら、きっと一パーセントより強化ができるようになるのデス!」
「勝手に主目的を変えるなよ……でもまあ、そうだな。できるようになりゃ、色々と作戦の幅は広がるだろうな」
ゴレミは元が強いので、たとえば一割能力があがるだけでもそこそこ違う。といっても、そっち系のスキルの持ち主でも上昇率は三割くらいまでが一般的らしいから、俺にそこまでのことができるかは疑問だが……それは結果がわかってから考えればいいだろう。
頑張った結果三パーセントが限界でした、とかだったら悩む意味もねーしな。
「お、火山に入ったデス! でもマスターとゴレミはこんなの目じゃないくらいアツアツなのデス!」
「はいはい、そうだな」
「ぶー! マスターが素っ気ないデス! あ、でもひょっとしたら照れてるだけだったりするデス?」
「ははは、そうだといいな」
「むーっ!」
むくれた顔をするゴレミの頭を撫でてやりながら、俺は<火吹き山>での思い出を振り返っていく。道ばたに転がる歯車をガチンと叩けば、火花と同時に波紋のように過去が広がり……ゴレミの視点で自分を見るというのは何とも不思議な感じだが、それもそろそろ慣れてきた。
来るとわかっていてなお衝撃的だったオブシダンタートルの大爆発にビックリし、死にそうな顔のハーマンさんに「今はどうしているだろうか?」と懐かしみ、そうしてまた次の舞台へ。
「おー、ここはこんな感じか」
「なかなかいい雰囲気なのデス」
<無限図書館>の如く、未知の左右には聳え立つ書架。だがそこに収まっているのは本ではなく、無数の歯車だ。試しにその一つを手に取ってみると、クルクルと回る歯車の中心から光が立ち上り、かつての映像が宙空に映し出される。
「って、このシーンかよ!?」
「キャーッ!? マスターが全裸のイケメンに組み伏せられて、メスの顔をしてるデス!」
「お前もう事情知ってるよな? あと当時のお前はもっと汚い声をあげてたぞ?」
「そんな事ないデス! ゴレミはいつだっていちごも可愛さも一〇〇パーセントなのデス!」
『ウギャー! 全裸のマスターが全裸のイケメンに組み伏せられて、メスの顔をしてるデス!?』
「…………多分記憶が劣化してるデス。ゴレミはいつだって『きゃー』か『いやーん』か『まいっちんぐ』しか言わないデス」
「自分の記憶をねつ造すんなよ! ほら、次だ次!」
そっぽを向くゴレミをそのままに、俺は歯車を書架に戻す。俺だってゴレミ視点でフラム様に組み伏せられるシーンなんて見たくなかったしな……うぅ、嫌なことを思い出してしまった。
その後もいくつかの本を手に取っていくと、帝城で世話になったらしいガーベラ様との共闘や、初めてローズの歯車を回した時のこと……やっぱり客観的に見るとかなりヤバい絵面だな……などなど、懐かしい思い出が次々と現れる。
『うむ、見事なのじゃ! 褒美にその魔石はお主達に譲ろう。一生の家宝とするがよいぞ!』
「ふふふ、初めて会った時のローズは、なかなか尖ってるのデス」
「今のローズに見せたら悶絶しそうだよな」
当時のローズには、自分を保つための虚勢が必要だったのだろう。それはわかっているんだが、だからこそ面白い。昔読んだ小説みたいに俺の時間が巻き戻ってもう一回……とかなったら、きっとその時の俺は吹き出すと思う。
「ふぅ、なかなかいいもんを見せてもらったが……にしても、俺の方は何の変化もなし、か。となると……」
<無限図書館>での思い出を遡り終わり、俺は最後の、あるいは最初の歯車を書架に戻して正面を見る。今はまだ何もない暗闇だが、俺が一歩踏み出せば、そこには俺達の始まりの記憶が現れるはずだ。
「……………………」
「大丈夫デスよ、マスター。ゴレミがずっと一緒にいるデス」
「……ああ、そうだな。行くか」
そこにあるのは、とてもとても辛い記憶。だが隣で微笑むゴレミの顔に励まされ、俺は勇気と覚悟を携え、一歩を踏み出した。





