無自覚の忌避
「なるほど……未熟だな」
「うぐっ!?」
俺専用の剣を作ってくれるというオヤカタさんに促され、俺は今までどんな戦いをしてきたのか、どんな能力があってどう活用してきたのかなどを、時間をかけて丁寧に話したのだが……全てを聞き終えたオヤカタさんは、開口一番俺のことをそう斬って捨てた。
いやまあ、俺だって別に自分が剣の達人だなんて思っていたわけじゃないんだが……それでもはっきり言われると、割と傷つくな。
「ま、まあ確かに、今の俺の剣の腕はまだまだ未熟だと思いますけど、でもそれはこれから――」
「違う、そっちじゃない。オレが言っているのはお前の能力の方だ」
「能力? <歯車>のスキルのことですか?」
「そうだ。お前の能力の使い方は、かつてこの剣を使っていた者に比べて、あまりにも未熟すぎる」
「それは…………」
深刻な口調でそう言われても、俺としては前の持ち主がどんな風にスキルを使っていたのかなど知る由もない。故に困惑の表情を浮かべていると、オヤカタさんが更に話を続ける。
「<歯車>という能力の本質は二つある。一つは力の操作。強さと速さを相互に変換したり、弱い力を統合して強い力に、逆に強い力を無数の弱い力に分配したりするものだな。
そしてもう一つは、力の伝達。自分と自分以外の誰か、あるいは何かを歯車を使って繋ぐことで、一人では為し得ない強大な力を生み出すことができるというものだ。
だがお前は、そのどちらの使い方もしていない。投擲武器のように投げるだけなど、歯車の意味がまるでない。それでは名剣を素手で掴んで、敵に向かって投げつけているようなものだ。己の力をどう使うかは本人が決めるところではあるが……流石にこれは目に余る」
「ぐぁぁっ!?」
あまりにも的を射た指摘に、俺は思わず声をあげてしまう。だがそこですぐに「はい、その通りですね」とは受け入れられない。
「『歯車投擲術』は、リエラさんが……リエラ師匠が俺に示してくれた道なんです。ただ歯車がクルクル回るだけで何の役にも立たなかったこのスキルで、俺が戦う唯一の道だったんです。それを捨てるなんて……」
「別に捨てろとはいっていない。もっといい使い方があるというだけだ。それに正しい力の使い方を学べば、投げる歯車の威力も上がるのではないか?」
「……………………っ!?」
何気ないオヤカタさんの言葉に、俺は頭をハンマーでぶん殴られたような衝撃を受けた。そうか、俺はリエラ師匠の教えを大事にするあまり、視野を狭めてしまっていたのか……広く目を向け、あらゆる可能性を追求し応用すれば、全ての頂点である「歯車投擲術」も更なる高みに登るのは必然ではないか!
「どうやら俺の目が曇っていたみたいです。わかりました、これからは様々な歯車の使い方を学び……そしていつか、ドラゴンだって一撃で倒せる歯車を投げてみせます!」
「う、うん? まあそれは好きにすればいいと思うが……とにかく今のお前には、正しい力の使い方を学ぶ必要がある。それはいいな?」
「はい! でも、学ぶって言っても、<歯車>のスキルを使えるのって、今は俺しかいないみたいなんですよね」
学ぶ意思は固まった。だが肝心の教えてくれる人がいない。故に再び困った顔をすると、オヤカタさんが小さく髭を揺らす。
「安心しろ。本格的な使い方を教えるのは無理だが、お前ほど未熟であればオレに助言できることもある。以前の剣もまた、使い手に合わせて作ったものだからな」
「あ、そうだったんですね。そりゃよかった……で、俺はどうすれば――」
どうやらオヤカタさんは、前の剣の持ち主……おそらくは俺以外の、そして俺よりずっと熟達していたであろう<歯車>スキルの持ち主を直接知っているらしい。なら指導も…………ん?
「あれ? 俺の前の<歯車>スキルの持ち主って、確か八〇年くらい前の人のはずなんですけど……オヤカタさんって、何歳なんですか?」
「…………歳など、とっくに忘れてしまった。それにオレの歳など、今はどうでもいいことだろう?」
「えぇ? まあそうかもですけど」
「なら気にするな。そんなことより自分のことを考えろ」
「はぁ……」
微妙にはぐらかされたような気がするが、本人が言いたくないということを無理に聞き出すつもりはない。気を取り直して話を聞く姿勢を取ると、オヤカタさんが改めて説明を始める。
「今の話からすると、お前は以前、本来の方向で力を使っていた。何とかという男に負け、己の力を高めようとした時だ」
「あー、ジャッカルにやられた時の話ですね」
「そうだ。その時のお前は、<歯車>の持つ力の操作を使っていた。その後も少しだけ試していたようだが、何故それをやらなくなったのだ?」
「え? それは俺と相性が悪かったっていうか、結果が苦労に見合わない感じだったからですけど……」
ジャッカルの時を除けばゴレミに試したこともあるが、必死に頑張って一パーセントしか能力が上がらないというのでは流石に効率が悪すぎる。今ならもうちょっと上手くやれるかも知れねーが、倍になっても二パーセント。やっぱり労力に見合うとは思えない。
だがそんな俺の言葉を、オヤカタさんが真っ向から否定する。
「相性が悪い? そんなわけあるか。現にお前は、他人の……その娘の力を操り、引き出すことができていたのだろう?」
「えっ!?」
言われて、俺は背後を振り返る。そこではローズがフレデリカと何やら話し込んでいたが、まあそれはそれとして。
「それがどんな能力であれ、他人の力を操作する方が自分の力を操作するより難しいのは常識だ。なのに他人にはできるのに、自分にはできないなどという道理はない。
もしそんな理由があるとすれば……それはお前が、自分自身と正しく向き合っていないということだ」
「自分と……向き合ってない…………?」
「そうだ。故にお前がまず最初にすべきことは、その娘にやったのと同じ方法で、自分自身の力と向き合うことだ」
「……………………」
オヤカタさんの言葉が、俺の中に染みていく。
俺は今まで、自分と向き合っていなかったのか? 俺自身の意識でいうなら、そんなつもりはこれっぽっちもない。むしろ「試練の扉」の中とかで、嫌ってほど向き合ってきたつもりでいる。
だが……
(俺はもう何度も、ローズの歯車世界に入ってる。最初の時はゴレミの中にも入ったし、何ならクリスエイドの中にすら入った。でも俺は? 俺自身の中には入っていない?)
指摘され、自覚して、そこで漸くその事実に気づく。普通であれば真っ先に入るはずの自分の歯車世界に、俺はまだ一度も入っていない。
だが何故? 何で今まで「そうしよう」という発想すら浮かばなかった? いや、それとも……無意識に避けていた?
「……どうやら必要なことに気づいたようだな。なら後は自分で頑張ることだ」
素っ気なくそう言うと、オヤカタさんは俺から視線を外し、自分の作業に没頭し始める。しかし俺はそんなことを気にする余裕もなく、ただひたすらに自問自答を繰り返し、自分で自分を見つめ続ける。
(何故そうしなかった? じゃない。なら今すぐやってみれば…………そうしなかった理由はなんだ? いや、今は理由なんてどうでもいいだろ。とにかくまずは、試しに自分のなかに…………っ!?)
「うっ、げぇっ!?」
「マスター!?」
「クルト!?」
不意に吐き気がこみ上げてきて、俺はその場に吐いてしまった。すぐにゴレミ達がやってきて、俺に声をかけてくる。
「マスター、いきなりどうしたデス!?」
「大丈夫なのじゃ? 何か悪いものでも食べて……いやしかし、妾達も同じものを食べておるのじゃ。ならどうして?」
「ちょっと、いきなり何やってんのよ! あーもうクサイ! オヤカタ! 換気用の魔導具をつけて!」
「……………………」
無言のオヤカタが指を伸ばすと、室内にわずかに風が吹いて臭いを外に運んでいく。その間にゴレミが地面に穴を掘って吐瀉物を処理し、ローズが俺の背を撫でてくれる。
「ゆっくり息をするのじゃ。横になるのと起きてるのは、どっちが楽なのじゃ?」
「いや、このままでいい。悪いなローズ……それに他のみんなも」
「気にしなくていいのデス。マスターならシモのお世話だって余裕なのデス!」
「まったく、調子が悪いなら言いなさいよ! そしたらアタシだって、少しくらい大人しくするんだから! …………大丈夫? 大事にとっといたやつだけど、食べてもいいわよ?」
「ははは、ありがとな。気持ちだけもらっとくよ」
フレデリカが差し出してきた食べかけの乾燥イチゴをそのままに、俺は改めて大きく息を吸い込む。ああ、大丈夫だ。やっぱり急に体調が悪くなったとか、そんなことじゃない。
(なら、精神的な問題ってことか? はぁ、強くなるってのは、いつだって楽じゃねーな)
心の中で苦笑しつつ、俺は口元を拭ってから気合いを入れ直した。





