やりたいことをやるだけだ
「作った!? え、作ったって……作ったってことですか!?」
「マスター、驚きすぎて変な構文になってるデス。それだと情報がいっこも増えてないデス」
「お、おぅ。いやだって……えぇぇ……?」
この剣の元の元……大本となった錆びた塊は、一年半前にリエラさんから受け取ったものだ。それによるとこれは、ずっと昔にいた俺と同じ<歯車>のスキルを持つ探索者の持ち物だったらしいが、それ以上の詳細はわかっていない。
だというのに、突然目の前にその制作者が現れた。これを驚くなと言われても無理だろう。
「見たところ大分手を加えられているようだが……それでも根幹となる部分はオレが作ったものだ。これを見間違えることはあり得ない」
「ほほぅ。それは凄い偶然なのじゃ」
「偶然……そうか、偶然か。ははは、懐かしい……………………」
そう言って、オヤカタさんが分解した「歯車の鍵」の柄を優しく撫でる。その静かで尊い空気感は何とも邪魔し難く、俺が色々と聞きたいことをグッと堪えていると、程なくして顔を上げたオヤカタさんの方から俺に声をかけてきた。
「なあ、こいつを俺に預けてみる気はないか?」
「預ける、ですか?」
「そうだ。確かにこいつはなかなかよく再現されているが、それでもオレから見れば不完全な部分があるし、そもそも機構そのものがなくなっていたりもする。作り手として、こんな状態のものを放置しておくわけにはいかん」
「あー、それはまあ……」
オヤカタさんの言葉に、俺は深く納得する。そもそも今の「歯車の鍵」は、わずかに残った残骸をヨーギさんができるだけ忠実に再現し、それでも足りない分の半分以上をハーマンさんの予想によって作られたものだ。
なので不完全なのは当然であり、むしろ機能の一部とはいえ、正常に動いていたことこそが凄かったのは間違いない。
「でも、今の状態でも『鍵』としては普通に動いてるデスよ? これの何が足りないデス?」
「確かに鍵として使うだけなら、これでいい。だが本来こいつは『剣』としても使えるように設計していたんだ。まあその機能は丸ごとそぎ落とされているようだが」
「あっ、あー…………」
「……何か心当たりがあるのか?」
「はい。確かにこれ、最初は剣として使ってたんですよ。歯車を回すとこう、刀身がでかくなって魔法武器になるみたいな……でも、それを作ってくれた人が鍵として形が変わることこそが本来の使い方だって言って、今の状態にしたんですけど……」
「じゃあ間違ってると思って直したのが、実は間違いだったって話デス?」
俺とゴレミの言葉に、しかしオヤカタさんは首を横に振る。
「いや、そうとも言い切れん。確かにこいつには剣として使うために必要な機構が存在していないからな。今までの話から推測すると、おそらくは残骸となった状態では、剣と鍵のどちらの機構も破損して不完全な状態だったのだろう。そのうえで剣としては使えても鍵として使えなかった理由があったと思うが……」
「なら材質じゃないデス? ヨーギのオババは普通の鉄で剣を作ってたデスけど、ハーマンはマギニウムじゃないと上手く動かないって言ってたデス」
「おお、それはありそうなのじゃ」
「だな。てか、こうなるとわかってりゃ、前の『歯車の剣』も持ってくるんだったぜ」
ヨーギさんに作ってもらい、ハーマンさんが分解して解析し、ディルクさんに作り直してもらった元の「歯車の剣」は、今は探索者ギルドの個人用保管庫に入れてある。持ち歩くのに適さない大金や、すぐには使わないが売ったり捨てたりはしたくない装備なんかを預けておけるサービスだ。
しかもそれは、単なる預かり所ってだけじゃない。金さえ払えば転移門を用いた遠隔地まで預けた荷物を届けてくれるし、一定以上の金額を預けている場合は、ギルドと提携している店舗にてサインだけで物を買える「ギルド払い」というシステムにも対応している。
まあ荷物を預ける量に応じて維持費がかかるので、本来なら大金どころか日々の生活にすら困る駆け出し探索者が使うようなサービスじゃないんだが、俺達の場合は馬鹿みたいなペースで世界中のダンジョンを飛び回ったり、身の丈を大きく超えた大金を手に入れたりすることがあったからな。なのでそれはもう経費と割り切って、便利に利用させてもらっているのである。
ということなので、一応金を払って運搬を頼めば、この街で「歯車の剣」を受け取ることは可能なのだが、オヤカタさんがそれを否定する。
「いや、その必要はない。まさかただの鉄でオレの剣を再現しようとしていたとはな……それなら無理があって当然だ。
これを完全に『鍵』としたのもの、その辺が原因だろう。不完全だった剣としての機構を、鍵として使う場合の不具合として切り捨て、あるいは修正してしまったのだろうからな。
その証拠に、この辺の空間が詰められてしまっている。剣として使う際に衝撃を吸収する余地として意図的に開けてあった場所だが、そこに別の魔導回路を組んで魔力の消費効率をほんの少しだけ底上げしているのだ。見てみろ」
「へー……確かにギッチギチに詰まってますね」
オヤカタさんの太い指が示す場所には、確かに細かい歯車やら何やらがぎっしり詰まっている。素人の俺にはそれを見たところで何もわからねーが、こういうところがハーマンさんの言っていた「想像で穴埋めした」という部分なんだろう。
「とまあ、そんなわけだ。オレならこれを、元の……本来の状態にしてやることができる。
いや、違うな。今のオレの技術を全て使って、それよりも遙かに優れた……お前専用の剣にしてやることができる。どうだ? 任せてみないか?」
「どうって……そりゃ俺の方からすれば願ったりですけど、いいんですか? 報酬とかは……」
「そんなものはいらん。オレがやりたいからやるだけのことだ」
問う俺に、オヤカタさんがそう断言する。であれば俺に断る理由はない。
「わかりました、お願いします。あ、一応確認ですけど、今までの『鍵』の能力が使えなくなるわけじゃないんですよね?」
「当然だ。今までできたことは全てできるし、そのうえで新たにできるようになることが増える。そういうことなら早速――」
「ねー、お話しまだ終わんないのー? アタシもう飽きちゃったよー!」
と、そこでずっとオヤカタの兜の上で話を聞いていたフレデリカが、ペチペチと兜を叩きながら声をあげる。俺にとっては重要かつ興味深い話だったんだが、どうやら妖精のお嬢さんには退屈だったらしい。
「……ああ、もう終わった。だがオレの方はやることができた。これからはあまりお前に構ってはやれそうもない」
「えーっ!? じゃあアタシの退屈を誰が紛らわせてくれるの!?」
「ふふふ、暇じゃと言うなら、また妾が話し相手になるのじゃ。妾も時間を持て余しておるのでな」
「それに明後日辺りは、また街に買い出しにいかないとデス。その時にはフレデリカに案内して欲しいデスが……」
「うげーっ! またアタシ、あの篝火のところで待ってなきゃなのー!?」
心底嫌そうな顔をするフレデリカに、ゴレミがニッコリと笑って言う。
「フレデリカが来たいなら、一緒に街に来るデス?」
「えっ!? 行きたい行きたい! 行ってもいいの!?」
「勿論なのデス。まあ鞄の中とかに隠れてもらう感じにはなっちゃうデスけど」
「わーい! 久しぶりの街だー!」
ゴレミの提案を聞いて、フレデリカが大はしゃぎしながら室内を飛び回り始める。しかし俺としてはその提案はちょいと気になる。
「おいゴレミ、大丈夫なのか? 街に連れて行ったりしたら、大騒ぎになるんじゃねーの?」
「ゴレミ的には大丈夫だと思うデス。そもそもフレデリカは<永久の雪原>にやってくる前は普通に人間に会っていて、街に行ったこともあるって話してたデス。完全に初めてなら大興奮して暴走しそうデスけど、単に久しぶりってだけならそこまでじゃないと思うデス。
それにこのままローズが魔力を『門』に注ぎ込み続ければ、あと一〇日くらいでフレデリカは仲間のところに帰っちゃうデス。仮に存在がバレたとしても、そうなったら誰も追いかけられないのデス」
「言われてみれば、そうじゃな。なら多少のリスクは目を瞑り、ここでの楽しい思い出を作ってもらった方がいい気がするのじゃ」
「そーよそーよ! いくらアタシが雪の妖精だからって、ずーっと雪しかない場所にいたらつまらないじゃない! せめて街に出て、ちょっと美味しいものを買い食いくらいしたいわよ! あ、オベントーとかいうのでもいいわよ!」
「ったく、仕方ねーなぁ……ま、本人がそうしたいって言うなら、別にいいけどよ」
俺達は別に、フレデリカの保護者ってわけじゃない。本人がやりたいということを邪魔する権利もないし、それで何か危険なことが起きたとしても、そこは自己責任ってやつだ。
「でも、あんまりはしゃぎすぎるなよ? 面倒事は御免だからな」
「フンッ! アタシはそんなマヌケじゃないわよ! べーだ!」
苦笑する俺に、フレデリカが小さな下をペッと出して言う。こうして俺の「歯車の鍵」の完全化と、ついでにフレデリカの外出が決まった。





