折歯の金
「折歯の金? 何だそりゃ?」
聞いたことのない単語に俺が首を傾げると、ローズが得意げな顔で説明をしてくれる。
「黄銅などよりずっと硬く金よりも美しく輝く滅多に見つからぬ鉱石なのじゃが、削るには硬すぎるし熱を加えると泥のような色になってグズグズに崩れてしまうため、珍しいだけで使い道のない鉱石として捨てられるクズ鉱石なのじゃ。
ちなみに名前の由来は、ある日畑を耕していた男が地面の下からこれを見つけ、金だ金だと大喜びして齧り付いてみたところ、金と違って猛烈に硬かったせいで歯が折れてしまったという逸話なのじゃ」
「へー……金が出て嬉しいのはわかるけど、何でそいつは齧り付いたんだ?」
「さあ? 所詮は逸話じゃから、そんな細かいことを問われても妾もわからぬのじゃ」
「金は柔らかいデスから、囓ると歯形がつくデス。黄銅と区別するために囓って確かめるという話があるデスから、そっちと混じったんじゃないデス?」
「なるほどねぇ」
ローズの説明とゴレミの推測に感心しているなか、ふと視線を向けるとオヤカタさんが固まっているのが見えた。毛……っていうか、髭か? に隠れて表情はわからねーが、何だか凄く驚いているような気がする。
「オヤカタさん? どうかしました?」
「…………あ、ああ、いや。まさかオリハルコンをクズ石扱いしているとは思わなくてな。だが、そうか。加工技術が失われてしまえば、確かにこれはただの石、か……」
何処か感慨深げな声で、オヤカタさんが手の中の石を見つめながら言う。
「その娘がこれをクズ石だと行っていたが、それは半分正しく、そして半分違う。我等はこれをオリハルコンと呼ぶのだが、オリハルコンの加工は非常に難しく、扱えぬ者にとっては役立たずであることは違いないだろう。
だがきちんと扱えるなら、これほど優れた金属はない。何せこいつはありとあらゆる鉱物の特性を取り込むことができるのだ」
「特性を取り込む、ですか?」
「そうだ。たとえばこれに、さっきの漆黒鋼……アダマンティアを混ぜたとしよう。するとオリハルコンはアダマンティアの『硬さ』という特性を得る。それでいて重さは元のまま、鉄と大差ない程度で収まるのだから、どれだけ凄いかはわかるだろう?」
「おおー、それは凄いですね」
要はあのくっそ重い金属から、重いっていう部分だけを取り除くことができるってことだ。任意の金属の欲しい特徴だけを取り込めるってことなら、そりゃ確かにもの凄い。
「それだけではないぞ。オリハルコンに混ぜられるものは一種類だけではない。先の話で言うならミスリルを混ぜれば莫大な魔力を蓄えることができるようになるし、お前の持つ魔鉄……ここではマギニウムというのだったか? それを混ぜれば複雑な魔導回路を刻むこともできる。
それら全てを、ただ一本の剣や鎧に併せ持たせることができるのだ。故にオリハルコンは神の光を宿す完全なる金属、真金と呼ばれるのだ」
「うぉぉ! 何だよそれ、浪漫の塊じゃねーか!」
「まさか見た目が綺麗なだけのクズ鉱石が、そのような凄いものであったとは! 驚きなのじゃ!」
「今そんな話をしたってことは、オヤカタのオジジが、マスターの剣をオリハルコンで作ってくれるデス?」
オヤカタさんの解説に、俺とローズが感嘆の声をあげる。それに続けてゴレミがそう問うたが、オヤカタさんは静かに首を横に振る。
「いや、無理だ。幾らオレに腕があったとしても、材料がこれだけでは流石にどうしようもない」
「あー、まあそりゃそうですよね」
「役立たずのクズ石じゃから、集めている者もおらぬしな。存在しないものは買えぬのじゃ」
「アタシが見つけたのもその一つだけだから、他の石が何処にあるかは知らないわ」
ひとつまみできる大きさの金属塊で剣を一本打つなんて、向こうが透けて見えそうなくらいペラペラにでもしなきゃ無理だろう。幾ら凄い金属だろうと、そんなのが実用に足るとは思えない。
加えてクズ石として価値のないものと考えられているとなると、手に入れるのも難しい。滅多に出てこないうえに誰も集めていないとなると、金貨の山を積み上げても大量に集めるのは困難だろう。
「そうだよなぁ。まあそう上手くはいかねーよなぁ」
「世の中などそういうものだ。それにお前のような小僧がオリハルコンの剣を持っても、いいことなど何もないぞ」
「む? そうなのじゃ? 強い剣を手に入れられるなら、十分にいいことだと思うのじゃが……?」
今度はローズが首を傾げて問うと、オヤカタさんが静かに言葉を続ける。
「優れた武器という程度ならいいが、オリハルコンともなると強すぎる。ただ剣を振って当てるだけで、おおよその魔物は両断できてしまうだろう。
だがそれを続けていると、自分の実力を見失ってしまう。本来なら勝てないような相手に剣をかすらせるだけで勝つことを繰り返していては、使い手はいつまで経っても成長しない。
その結果、未熟な剣では当てることのできない相手にあっさりと殺される。如何に必殺の剣を手にしていようと、未熟者の剣を全てかわして一撃入れられる猛者など、世の中には幾らでもいるだろうからな」
「むむむ、何とも辛辣なのじゃ」
「このコートを買った時も話したけど、分不相応の装備ってのはあんまよくねーって、それだけのことだろ。ま、最強の剣ってのは憧れるけどさ」
男に生まれたからには、最強という言葉に惹かれないはずがない。が、実際にそんなもんが手に入ってしまったら、きっと大いに持て余すことだろう。
自制しようと思ってはいても、何でもスパスパ切れる快感に酔いしれ……雑になった剣の隙間をすり抜けた魔物の攻撃とかで、あっさり死ぬ未来が俺にも見える。
故に思わずブルッと体を震わせてしまった俺に、オヤカタさんが優しい声で話しかけてきた。
「そういう自覚があるのはいいことだ。まあそんなわけだからオリハルコンの剣を打ってやることはできんが、剣がないのは困るだろう。なら代わりだ。そっちの剣を見てやる」
「え?」
オヤカタさんの言葉に、俺は一瞬虚を突かれる。そっちの剣? と内心で頭を捻ったところで、すぐに腰に佩いている「歯車の鍵」のことに思い至った。
「ああ、これですか。ありがたい話なんですけど、これ剣じゃないんですよ」
「む? その形で剣じゃないのか?」
「これ、鍵の魔導具なんです」
言って、俺は「歯車の鍵」を腰から抜いて見せる。腰に佩いている状態では確かに剣っぽいが、抜いてしまえば金属の棒だ。正直割と鍵っぽいと思う。
「鍵の魔導具……? ちょっと見せてもらってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
手にした剣を、俺はそのままオヤカタさんの方に差し出す。通常の剣ならひっくり返して柄の方を渡すところだが、これはただの金属の棒なのでそれで問題ない。実際オヤカタさんは棒の部分をがしっと掴んで受け取ると、そのままじっくりと観察し始めた。
「ほぅ? 全体をマナメタル……いや、マギニウムだったな、で作ってあるのか。表面にも回路が引いてあるが、主要な部分は内側……少し分解しても構わないか?」
「ぶ、分解ですか!? それは流石に…………」
「……………………」
「えーっと……………………も、元に戻してくれるなら?」
「任せろ」
兜と髭の間から見える無機質な視線に押し負け、ついつい了承してしまった。まあオヤカタさんはスゲー腕がいいっぽいし、多分大丈夫だろう。それにフラム様の話だとハーマンさんが追加でいくつか作ってるらしいから、唯一品ってわけでもねーしな。
と、俺が軽く現実逃避気味にそんな事を考えている間にも、オヤカタさんが先端が丸くなっている金属の棒で「歯車の鍵」をキンコンと叩き、細長くて平べったい棒をできた隙間に差し込んで柄の部分を分解していく。
自分で許可しておいて何だけど、あれ分解できるもんだったのか……まあ中に歯車が詰まってるなら、いずれ摩耗して交換とかしなきゃだろうし、なら分解できて当然ではあるんだが。
「ん? んん? これは…………!?」
「あの、どうかしたんですか?」
「…………おい、お前これを何処で手に入れた?」
オヤカタさんの声と雰囲気が、急に険しくなった。その理由はわからねーが、隠すことでもないので俺は真実をそのまま伝える。
「何処って言うなら、カージッシュの街ですね。そこに住んでる知り合いの魔導具師が作ってくれました」
「そいつがこれを一から設計したのか?」
「あ、ああ! そう言う意味なら違いますね。エーレンティアって街で、こっちもやっぱり知り合いの鍛冶師の人に作ってもらった剣を調べて、そっちの人が新たに作り直してくれたのがその剣なんです。
ただ元の剣の方も、探索者ギルドの倉庫に眠ってた残骸を調べて作ってもらったものなので、本当の意味で大本となるとそこになるかと。流石にそれ以上前はわからないですね」
「そう、か…………残骸…………」
その呟きを最後に、オヤカタさんがジッと動かなくなる。フレデリカが兜の上に乗っかり、ペチペチと叩いてもなお動かないオヤカタさんに、俺達がどうした者かと顔を見合わせていると……
「…………この設計。これはかつて俺が作ったものだ」
オヤカタさんの口から、そんな衝撃の事実が語られた。





