耐久限界
寝床の確保と引き換えに夕食が若干質素になるという不条理に襲われたりはしたものの、その後の俺達は穏やかなダンジョン暮らしを送っていた。
朝起きればローズが「門」に魔力を注入し、ぐったりヘロヘロになるのですぐに再び休む。とはいえ初日のように倒れ込んだりすることはなくなったので、基本的にはゴレミやフレデリカと雑談に興じることで過ごしているようだ。
よくもまあ毎日話題が尽きないものだと思っていたが、考えてみると大国の皇女でエルフ混じりの人間と、人格を有するゴーレムに、妖精という未知の種族。これだけ個性的な面々が集まれば、そりゃ話すことなんて幾らでもあるというのは納得だ。
オヤカタさんは、そんな三人娘の姦しさに負けることなく、日々ハンマーを振るって何かをしている。一度何をしているのか聞いてみたが、「腕が鈍らないようにしているだけで、特定の何かをしているわけではない」と言われたので、それ以上突っ込んで聞くのはやめておいた。
最後に俺だが、基本的には自主訓練だ。外の雪原に出て剣を振ったり、瞑想のような感じで歯車を回してみたりと、<底なし穴>にいた頃にやっていたような特訓を、改めて一からやり直している。
やってみると、これがなかなか面白い。当時は難しかった複数の歯車の回転維持とか、今だと結構な数がいけたりする。クリスエイドに捕まっていた時も似たようなことをやっていたが、その時と比べても格段にやりやすい感じだ。
ふふふ、やはり普段は見えづらいだけで、俺も順当に強くなっているようだ。硬くて強い金属歯車も出せるようになったし、これならば俺の歯車がドラゴンの頭部を粉砕する日も遠くないだろう。リエラ師匠に託された「歯車投擲術」は、本当に底知れないぜ……
とまあ、そんな感じで三日ほど過ごし、四日目の朝。その日の俺はゴレミとの模擬戦をやっていたのだが……
「あー……………………」
「…………おい、あいつはどうしたんだ?」
「それが……ゴレミの体に当たったら、マスターの剣が折れちゃったのデス」
部屋の隅に座り込み、死んだ目で折れた剣を見つめる俺の耳に、ゴレミとオヤカタさんの話す声が聞こえてくる。だが今の俺にそれに反応する心の余裕はない。
くそぅ、何でだ? そりゃ随分酷使はしたけど、でもこっちにきて防具を新調した時に、合わせて研ぎに出したばっかりなのに……
「剣、か……おい、ちょっとその剣を見せてみろ」
「……………………」
悲しみに暮れる俺の背に声をかけられ、俺は無言で折れた剣を渡す。するとオヤカタさんは軽く断面を見て、すぐにため息と共にその口を開いた。
「ハァ、こんなもの折れて当然だ。むしろよく今まで折れなかったな」
「え、そうなんですか? でもそれ、ちょっと前に研ぎに出したばっかりなんですけど……」
「表面を研げば切れ味は戻るだろうが、剣の耐久が戻るわけではない。特にこれは芯が完全に駄目になっている……一体どういう使い方をすればこうなるんだ?」
「どう、ですか?」
「見ろ」
そう言うと、オヤカタさんが折れた刀身の断面を指差し、俺に見せつけてくる。
「剣ってのは中心部分に柔らかく粘りのある金属を通し、その周囲を固い金属で覆って作るもんなんだが……こいつはその芯の部分が酷く劣化してるだろ?
刃の部分なら欠けようが砕けようが直しようがあるが、芯が駄目になったらその剣は終わりだ。どうやったって折れる」
「あー……」
言われてみれば、確かに折れた刀身の中央部分の色が、ちょっとくすんでいるように見える。
「ただ、普通はこんな風に芯の部分が劣化することはあり得ない。まるで完成済みの剣を、何度も炉に入れて熱し直したかのようだ。もう一度聞くが、一体どういう使い方をしたらこうなるんだ?」
「……………………」
俺は無言のまま、ローズの方に視線を向ける。するとローズがスッと俺から顔を逸らし……つまりはそういうことだ。
「えっと、ローズの使える魔法のなかに、炎の膜を物に貼り付けるってのがあるんですけど、それを剣に貼り付けて斬るってのを、何回かやってまして……」
「む……ならそれがほぼ間違いなく原因だな。通常の属性付与なら力が剣の外側にしか向かわないから、炎を宿しても刀身が焼けたりしないんだが、おそらくは魔力の制御が未熟なせいで内側にも力が伝わってしまったのだろう」
「なるほど」
言われて俺は、ちょっと前にローズがドレスに炎を宿し、下着を燃やし尽くしてしまったことを思い出す。あれと同じようにフレアトラップを貼り付ける度に刀身の内側……芯の部分に熱が加わり続けていたというのなら、オヤカタさんの説明にも納得できる。
「……何と言うか、すまなかったのじゃ」
その説明を受けて、ローズがぼそっと謝罪の言葉を口にする。なので俺はローズに近づき、笑顔でその頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ははは、気にすんなって。そもそもローズの魔法には助けられてばっかりだ。感謝こそすれ恨むなんてあるわけねーだろ?」
「そうなのデス。マスターとローズの合わせ技があったからこそ、今日まで無事に生き延びられたのデス」
「むぅ……」
俺達の言葉に、ローズが小さくなってまた顔を背けてしまう。しかしその口元が嬉しそうにムニムニしていたので、どうやら機嫌は直ったようだ。
「あーでも、そうすっとこれからもローズとの合わせ技をやるときは、剣を使い捨てるくらいのつもりじゃねーと駄目ってことか?」
「そんなことないのじゃ! 今の妾は下着を燃やさずにドレスに魔法を貼り付けられるのじゃぞ! ならば剣くらい余裕なのじゃ!」
「おお、そりゃそうか」
「……あるいは」
と、そこでオヤカタさんがぼそりと呟く。
「その娘の魔法に耐えられるような金属で剣を作るか、だな。この劣化具合からすると、最低でも魔鉄……マナメタルは欲しいが」
「マナメタルですか?」
「お前の腰に佩いている、そっちの剣に使われている素材だ」
「え、これ? ならマナメタルってのはマギニウムのことですか?」
「お前達がそれをどう呼んでいるかは知らん。が、その金属であることは間違いない。あるいはもっと上位の金属を使うという手もあるが」
「うむん? マギニウムより凄い金属があるのじゃ?」
オヤカタさんの言葉に、ローズが軽く首を傾げる。実際俺もマギニウムより凄い金属ってのは聞いたことがない。だがそんな俺達の態度に、オヤカタさんが部屋の隅をゴソゴソといじり始める。
「ある。一番わかりやすいのは魔銀……ミスリルだろうが、あれは鍛え上げるのに大量の魔力が必要だから、オレには扱えないし持ってもいない。となると次の金属は……これだ」
「何ですかこれ? 黒い石……って、おっも!?」
オヤカタさんが指でつまんで差し出してきたのは、三センチくらいの黒い石。だが手のひらに乗せられたそれは、見た目に反してかなりずっしりした重さを感じさせる。
「漆黒鋼……アダマンティアと呼ばれる金属だ。オレが知る限り世界で一番硬く、重い。それで作った武具は圧倒的な頑強さを誇り、特に防具に使えば物理、魔法に拘わらずどんな攻撃も通さない。
欠点は加工が非常に難しいことと、人間が身につけるにはやや重すぎるといったところか」
「いやいやいやいや、重すぎるとかそういうレベルじゃないですよね」
この大きさでこの重さは尋常じゃない。こんなもんで剣なんか作っても絶対持ち上がらねーだろうし、これで作った鎧なんて着た日には、動けないどころか防具に潰されてそのまま死ぬのが目に見える。
「そうなると……最後はこれか」
俺の手のひらからクソ重い黒球をひょいとつまみ上げると、オヤカタさんはそれをしまい込み、また別の何かを見せてくる。親指と人差し指につままれたそれは、不思議な輝きを宿す金色の球。
「これは神の光を宿すと言われる希少金属――」
「おお、それなら妾も見たことがあるのじゃ!」
それを見たローズが、不意にそんな声をあげる。それを受けてその場の全員の視線が集まると、ローズが得意げな顔で言葉を続けた。
「何の役にも立たぬクズ石、折歯の金なのじゃ!」





