乙女の常識
「え、それ生で食べるんですか!?」
「うむ。我等ドワーフは内蔵も頑強でな。大抵の物は生で食べても大丈夫なのだ。無論時間があるときは焼いて食うが、仕事の合間ならば穫れたてをそのまま囓ってしまう方が効率がいいからな。
ああ、そうだ。胃腸が頑強というのは、決していいことばかりではない。そのせいでドワーフは酒に酔いづらいのだ。
人間の間ではドワーフは大酒飲みだと言われていたが、実際には少し違う。人間が薄く色の付いた水で酔えないように、並の酒精では酔う前に胃腸で分解吸収されてしまうため、ドワーフは人間の酒程度では酔えないのだ」
「あー、なるほど? つまり強い酒が好きってわけじゃなくて、強くないとそもそも酒として成り立たないってことですか?」
「そういうことだな。実際には酒を好まないドワーフもいるのだが、水と違って酒は長期保存が利く。なので人間が飲む程度の酒精がある酒を水代わりに飲むことがあるのだが、それを見た人間からすると『ドワーフは全員大酒飲み』となるわけだ」
「ほほー。何とも興味深い話なのじゃ」
特に何かきっかけがあったというわけではないのだが、あれからずっと、俺達はオヤカタさんとの雑談に興じていた。オヤカタさんも自分からは話さないというだけで、俺達が話しかければ普通に答えてくれるし、その内容によっては今のようにしっかり説明してくれることもある。
そしてオヤカタさんの話すドワーフの文化や生態は、俺達にとって実に面白く興味深いものだった。なので次々と話を聞いている間に、気づけばあっという間に時間が過ぎていき……
「マスター、ローズ、ただいま帰ったデスー!」
不意に部屋の天井にある蓋が開き、そこからゴレミが声を上げながら降りてくる。一瞬手ぶらかと思ったが、すぐに頭上からでかい袋が見えたので、おそらく穴の広さ的に背負ったままでは降りられなかったのだろう。
「って、マスター達が何だか楽しそうにお喋りしてるデス! ゴレミも仲間に入れて欲しいデス!」
「ちょっと、早く降りてよ! この袋が邪魔で、アタシが降りられないじゃない!」
「おっと、これは悪かったデス。よいしょっと」
くぐもったフレデリカの声に答えて、ゴレミが穴から袋を引っ張り出して床に置く。するとすぐに開いた隙間からフレデリカが入ってきて、それを確認したゴレミが天井の蓋を閉めた。
「ふぅ、まったく大変だったわ!」
「フレデリカは篝火の側で待っていただけで、街に買い出しに行ったのはゴレミだけデスよ?」
「そのじっと待ってるっていうのが大変だったのよ! オヤカター、お使い終わらせたから、ご褒美頂戴!」
「ふふ、いいだろう……ほれ」
「わーい!」
フレデリカにせがまれ、オヤカタさんが空気を抜く箱から真っ赤なイチゴを一粒取りだし、フレデリカに渡す。するとフレデリカは満面の笑みでそれを受け取り、両手に抱えてガジガジと囓り始めた。
「うーん、サクサクで甘酸っぱい! 新鮮な果物もいいけど、オヤカタのこれもとっても美味しいわ!」
「お帰りゴレミ。どうだった?」
「問題ないデス。水と食料はとりあえず五日分調達してきたデス。宿はずっと留守にするので勿体ないと思ったデスが、予備の着替えとかの私物を全部こっちに持ってくるわけにもいかないデスから、そのままにしておいたデス。
それとソエラには『ちょっと変わったオジジのところで修行する』と伝えておいたデス。戻ったら話を聞かせて欲しいって言ってたデス」
「そっか、了解。よくやってくれた、ありがとな」
「むふー! ゴレミはいつだってできるゴーレムなのデス! 褒められて伸びるタイプなので、存分に褒めるといいのデス!」
「おうおう、偉い偉い」
完璧な仕事をしてくれたゴレミの頭を、俺はグリグリと撫でてやる。頭上で揺れている青いリボンが、まるでご機嫌な犬の尻尾のようだ。
「ちょっと! アタシだって頑張ったんだから、アタシのことも褒めなさいよ!」
「ん? ああ、そうだな。ありがとなフレデリカ」
フォンと顔の前に飛んできたフレデリカにも、お礼を言って頭を撫でる。まあ撫でるというか人差し指の先でクリクリするだけだが、フレデリカは嬉しそうに口元を緩めた。
「きゃっ、くすぐったい!」
「……なあフレデリカ。今更かも知れねーけど、お前のその体ってどうなってんだ?」
「え、何よ突然!? 体ってどういうこと?」
「いやその……服? 毛? それはどうなってんのかなって」
オヤカタさんの体毛が髭だと判明したことで、俺の中でフレデリカに対する疑問が新たに膨らんできた。なので何気なく聞いてみたのだが、フレデリカはサッと俺の側を離れると、隠すように両腕を自分の体に回すと、じろりと俺を睨み付けてきた。
「いくらアタシが可愛いからって、女の子にそういう質問する!? えっち! ヘンタイ!」
「クルトよ、流石にそれはどうかと思うのじゃ」
「マスターの特殊性癖はゴレミが満たすデス! これからは全身にムダ毛を貼り付けるデス!」
「ちがっ!? そういうのじゃねーよ! あとゴレミは絶対やめろよ? 想像するだけで気持ち悪いからな?」
「ガーン! マスターが酷いことを言うデス!?」
「いやだって……なあ?」
俺の脳内でまつげと鼻毛と脇毛がアホほど長いゴレミの姿が思い浮かび、思わず身震いしてしまう。いやぁ、これは駄目だろ。ちょっと近づきたくない感じのビジュアルだし。
「……おい、お前達。話し込むのもいいが、そろそろ適当に飯を食って寝ろ」
「あれ、もうそんな時間なんですか?」
と、そんな恐ろしい妄想を思い浮かべる俺に、不意にオヤカタさんがそう声をかけてきた。驚いて周囲を見回すが、室内に時計の類いはないので現在時刻はわからない。
もっとも、そんなのはダンジョン内では常識だ。それに重要なのは絶対的な時刻より、自分の感覚の方。例えば――
ぐぅぅ…………
「ち、違うのじゃ! 今のはちょっと椅子が軋んだ……いや、何かが床をひっかいて……いや、あれじゃ! おならが出ちゃっただけなのじゃ!」
「ローズ、焦りすぎなのデス。あと絶対そっちの方が恥ずかしいデスから、さっさと訂正した方がいいのデス」
「腹が減るのは回復した証拠だ。子供がそんなことを気にするものじゃない」
「だよなぁ、俺も腹減ったし。よし、ならゴレミが買ってきてくれた食料を、早速いただくとしようぜ。なあゴレミ、何買ってきたんだ?」
「基本的には保存食デスけど、今夜の分は宿屋の女将さんが持たせてくれたお弁当があるデス」
「おお、そりゃいいな! なら冷めないうちに食わねーとな。ほらローズ、起きられるか?」
「もう全然平気なのじゃ! あと妾はおならなどしないのじゃ! さっきのは幻聴なのじゃ!」
「そうデスね。乙女はおならなどしないのデス。特にゴーレムはトイレだっていかないのデス」
「そりゃいかねーだろ、何出すんだよ……イテッ!?」
「何か言う必要があるデス?」
「のじゃ?」
「…………いえ、何も」
「アンタ達、何やってるのよ? それよりそれ! そのオベントーとかいうの、アタシにもちょっと食べさせなさいよ! 蓋を開けたら凄くいい匂いがするじゃない!」
「いいデスよ。お腹いっぱい食べていいのデス。マスターの分なら」
「そうじゃな。いくら食べても大丈夫なのじゃ。クルトの分ならな」
「わーい!」
「…………ほら、これをやろう」
「どもっす」
臑を蹴っ飛ばされた痛みを無言で噛みしめる俺の弁当から、次々と彩りが消えていく。そんな世の理不尽をグッと堪えていると、オヤカタさんがそっと干し肉を差し出してくれた。
噛みしめた干し肉は、いつにも増してしょっぱい味がした気がした……くそう。





