ドワーフの文化
さて、ゴレミとフレデリカがいなくなったことで、俺は地下の穴蔵に取り残された形となる。ローズは未だぐったりとしているので、ここは事実上俺とオヤカタさんしかいない空間となったのだが…………
「あー…………」
「……………………」
気まずい。どうやらオヤカタさんは寡黙な人らしく……まあフレデリカみたいにお喋りなのはイメージが違うけれども……とにかく場には沈黙が満ちている。
何かこう……何だ? 何か適当な話題はないもんだろうか? ここから街まで往復するってなれば早くても半日かかるだろうし、流石にその間ずっと黙ってるのはいたたまれないことこの上ない。
「えっと……あ、そうだ! オヤカタさんって、オヤカタって名前なんですか?」
「……どういう意味だ?」
「あ、いや、ほら、ここって鍛冶場みたいな感じでしょ? なら役職としての『親方』を、フレデリカが名前で呼んでるのかなって思って……」
「…………オレはオヤカタだ」
「ですよねー。ははは…………」
微妙に答えになっていない気もするが、然りとて追求するほどの気概もない。加えて一瞬で会話が終わってしまった。これは駄目だ。次の、次の話題を何か……お、そうだ!
「そ、そういえばオヤカタさんは、食料とかはどうしてるんですか? 俺達の分は今ゴレミが買いに行ってますけど、もしよかったら少しお分けしても……」
「問題ない」
ダンジョン内に定住してるなら絶対困っているであろう食料の問題を切り出してみたのだが、オヤカタさんはあっさりとそう答えると、部屋の隅にあった見たことのない模様の描かれた箱を開け、その中身を取り出して見せてきた。
「これは……!?」
干した肉やキノコ、乾燥させた野菜なんかは別に珍しいものではない。だが艶を失い若干茶色がかっているものの、丸ごとのリンゴは初めてだ。明らかにカラカラに乾いているが、天日に干したところでこうはならないだろう。
「この箱には空気を抜く仕掛けがあってな。物を入れて蓋を閉めると、中の空気がなくなるのだ。物が腐る原因のほとんどは空気に触れていることだからな。これがあれば永遠に……とまでは言わずとも、相当な期間食料を保存できる。
ほら、一つやろう」
「いいんですか? ありがとうございます……うわっ、軽!?」
手渡された乾燥リンゴは、見た目からは信じられないほどに軽い。そのまま齧り付いてやると、ザクッという歯ごたえと共に口の中の水分が一気に失われ、代わりにギュッと濃縮されたリンゴのもつ甘みや酸味が口いっぱいに広がった。
「ふわっ!? こりゃまた……美味いですけど、滅茶苦茶水分を持って行かれますね」
「水はそっちの魔導具で調達している。外の雪を水に変換する魔導具だ。好きに飲んでいい」
「え? ダンジョンの雪って……」
ダンジョン内にある水だの食料だのは、基本的にその全てがダンジョンの魔力によって構成されている。そのため例えば外に山ほどある雪を溶かして飲んだとしても、その水分は体内で魔力に変わってしまうため、体の乾きは癒えないのだが……
「わかっている。だが水くらいであれば……ましてや『水』という同一の概念を持つものであれば、通常の水分を集めるより、魔力の質を変換して通常の水分に変える方が魔力の消費が少なくてすむのだ。
オレ自身はそれほど魔力を持っていないからな。技術を使って節約できるところはしていかねばならん」
「へー。凄い仕組みなんですね」
「このくらい、ドワーフならできて当たり前だ」
「……ドワーフとは、一体どのような種族なのじゃ?」
と、そこで俺のコートを床に敷いて、その上で寝ていたローズが不意に声をあげた。そちらに視線を向ければ顔色は大分改善されているようだが、それでもまだ体調は悪そうに見える。
「ローズ? 話して平気なのか?」
「うむ。気を紛らわせるためにも、少し話をしたいと思ったのじゃ。それでオヤカタ殿、どうじゃろうか? 無知な妾に、ドワーフとはいかなる種族か教えて欲しいのじゃ」
「う、む…………」
ローズの頼みに、オヤカタさんが考えこむようなそぶり見せた。なのでローズが心配そうに声をかける。
「ひょっとして、聞かぬ方がよかったのじゃ?」
「いや、そうではないが……どう答えたものかと思ってな。お前達とて『人間とはいかなる種族か?』と問われたら、困るのではないか?」
「あー、そりゃあまあ……」
言われて俺も考えてみたが、二本の足で立って歩くとか、大人数で集まって街や村を作って暮らすとか、そんなどうでもいい説明しか浮かばない。なるほど確かに、改めて聞かれると答え方が難しいな。
「ふふふ、そういうことなら、人間とは違うドワーフの文化や価値感などを教えてくれ、というのはどうじゃ? それならば答えやすいと思うのじゃが」
「そうだな、それならば……」
小さく笑って問い直したローズに、今度は軽く頷いたオヤカタさんが、改めてドワーフのことを説明してくれた。
「我等は主に地下で暮らしている。鉱石を求めて掘った穴を、そのまま住居として再利用するからだ。
だがそれは別に地下住まいに拘りがあるとか、日の光が苦手などということではない。単に寝る場所と仕事場が近い方が効率がいいというだけの話だ」
「えぇ? 住むところの第一基準がそこなんですか?」
「随分と合理的な種族なのじゃな」
「そうだ。更に言うなら、その住居も一時的なものだ。ある程度穴を掘り進めればまた近くに家を作るし、完全に掘り終えてしまえば新たな鉱石を求めて別の場所に引っ越す。
そのため我等ドワーフは、人間のように家を飾り立てたり、大量の家具を並べたりしない。常に必要最低限を用意するだけだ」
「……それ、家を使い捨てにしてるってことですよね? うわぁ、贅沢……ってのも違うのか?」
「そもそも使い捨てる前提の家なのじゃろうしな。とはいえそれを簡単に作れる技術力や、せっかく作ったものに拘らすあっさり捨てられるというのは、人間とは大きく異なる価値感なのじゃ。しかし……」
そこで一旦言葉を切ると、ローズが首だけを動かして軽く室内を見回してから、改めて言う。
「せめてベッドくらいはあってもいいのではないのじゃ? 地面に直接寝たりしたら、体が痛くなってしまわぬのじゃ?」
「あ、そう言えばここ、ベッドないもんな」
ローズが床で寝ているのは、オヤカタさんがベッドを貸してくれなかったからではなく、そもそもここにベッドが存在していないからだ。如何に合理的な種族とはいえ、睡眠の快適性を丸ごと捨てるとは思えないが……?
「我等ドワーフの体は、硬いのだ。地面に直接寝転んでも、痛んだりはしない。だからといって柔らかい寝床の快適性を否定はしないが……我等にはこれがあるからな」
そう言って、オヤカタさんが体毛の隙間から手を伸ばし、長い毛を優しく撫でつける。
「ドワーフの髭は高い抗魔力を持つだけでなく、断熱性にも優れ暑さも寒さも遮断してくれる。また極めて頑丈で巨大な魔獣であろうと引きちぎることはできず、それでいて適度な弾性もあるから、こうして横になると柔らかいのだ」
実際に地面に横になって見せてくれたが、確かに体全体を毛が覆っているため、直接地面には触れていないようだ。これなら寝心地が悪くないというのも納得ではあるが……
「え、髭!? それ髭なんですか!?」
「……髭以外の何に見えるのだ?」
「何って……そりゃ顔から伸びてますけど、でも全身を覆うほどの量と長さの髭って……」
「妾は女じゃからわからぬが、髭というのは顎から伸びるのじゃろう? 首の後ろから伸びるのは、髭ではなく髪なのではないのじゃ?」
「髭が首から生えるわけがないだろう。耳の下辺りから伸びてる髭を背後に回しているだけだ。見てみるか?」
「あ、はい。それじゃ……うわ、マジだ!」
「ぬぉぉ、何と面妖な……ということはひょっとして、その毛の下には普通の体があるのじゃ?」
「あるに決まっているだろう。我等ドワーフの体つきは、背こそ低いが人間とそう変わるものではない……言っておくが、服もちゃんと着ているぞ」
「「ええっ!?」」
その発言は、今日一番の驚きだ。これだけの体毛が生えているなら物理的に服を着るのは無理だろうから、てっきり素っ裸だとばかり思っていたのだが……まさか服を着ているとは。
「そうか。ドワーフとは素っ裸の毛むくじゃらではなく、猛烈に髭が長いだけの普通の文明人だったのじゃ」
「素晴らしい学びを得たぜ」
「お前達、一体オレを何だと思っていたんだ…………?」
顔を見合わせ深く頷き合う俺とローズの姿に、オヤカタさんが呆れたような声でそう呟く。ある意味実にくだらないやりとりではあったが……だからこそ、俺はオヤカタさんとの心の距離が、ちょっぴりだけ縮まったのを感じられた。





