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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第七章 歯車男と夜の雪

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一触即発

「見て見て! 着いたわよ!」


「やっとか…………」


 前方を指差してはしゃいだ声を上げるフレデリカに、俺は心と体に蓄積した疲労を言葉に変えて吐き出す。そんな俺の隣では、ローズもまた同じように安堵の混じったため息を吐いている。


「ふぅ、長い道のりだったのじゃ……本当に一時間しか経っておらぬのじゃ?」


「え? そりゃ一時間ピッタリとは言わないけど、でも別に歩くのが遅かったわけじゃないし、そんなにずれてはいないと思うけど?」


「精神的な疲労が強いから、長く感じたんだと思うデス。ゴレミの腹……もとい、乙女の嗜み時計だと、大体一時間二〇分くらいデス」


「なるほどなぁ。にしても……」


 食事などしないゴレミがどうやって腹時計を運用しているのかは綺麗に聞き流しつつ、俺は改めて正面を見る。だがそこには何もなく、変わらぬ雪原が広がっているのみ。


「本当にここなのか? 何かあるようには見えねーんだが?」


「魔法で隠されているという感じでもないのじゃ」


「あー、確かにこっち側からだとわかりづらいかもね。ならゆっくり円を描くように回り込んでみて」


「うん?」


 そう言われ、俺はフレデリカの言う通りに弧を描いて歩き出す。すると丁度反対側に来たところで、正面に黒い割れ目のようなものを見つけた。


「隙間? いや、穴か?」


「なるほど、ほんのちょっとだけ盛り上がっておるのじゃな。これはこちら側に回り込まねばわからぬのじゃ」


「直進して歩いたとしても、いい感じの距離で振り返らなかったら見逃すと思うデス」


「そりゃ見つからねーわけだ。あそこに入ればいいのか?」


「そうよ! じゃ、アタシは先に行ってオヤカタに声をかけてくるわね! オヤカター!」


 そう言うと、フレデリカが俺のコートからスポッと飛び出し、黒い隙間に吸い込まれるように飛び込んでいく。なので俺達もそれを追いかけて隙間に近づくと、そこは俺が這いつくばって何とか入り込める程度の細長い隙間であった。


「狭そうだな……全員一度に入るってのは無理か」


「ならゴレミが先に行くデス?」


「いや、いきなりゴレミだとオヤカタとやらが警戒するかも知れん。ここは俺が先に行く」


「クルトよ、気をつけるのじゃぞ」


「わかってるって。よっと…………」


 俺は雪原に寝そべると、頭から隙間に入っていく。だが少し進むとそれまで緩やかだった傾斜が急にキツくなり、すぐにほぼ垂直のような状態になる。


(ヤバいヤバいヤバいヤバい怖い怖い怖い怖い!)


 穴が狭いおかげで体を突っ張れば落下はしないが、穴が狭いせいでまともな身動きが取れず、落ちずに降りるのが精一杯。恐怖に顔を歪ませながら強制的な前進を余儀なくされていると、程なくして俺の体が地面に辿り着いた。


「ぐへっ! くっそ、何だよこの通路……っ!?」


 硬い地面の素晴らしさを堪能しつつ、俺はすぐに顔を上げて周囲を確認し……その瞬間跳ねるように体を起こすと、腰の剣を引き抜き構える。何故なら俺の目の前に、魔物(・・)の姿があったからだ。


「ドルク!?」


 ドルク……それはゴブリンやオークなどの亜人系の魔物の一種で、平均的な身長はゴレミよりも低い一二〇センチくらい。頭の兜とその奥から覗く目以外のほぼ全身が長い毛で覆われており、その隙間から伸びる手に握られたハンマーなどの鈍器を武器とする近接戦闘型。


 強い力と硬い体は驚異だが、反面知能はそれほどでもなく単純な殴打ばかりを使ってくるため、複数人で囲んで戦うのが常道。その場合はそれほどの驚異ではないが、単身で立ち向かう場合はなかなかの脅威となる。


 ゴブリンなどと違ってダンジョンにしか出現しないため、野生のドルクは絶滅したか、あるいは本来のドルクは人を襲うような凶暴性はなく、山奥などに隠れ住む生態をしているのではないかなどと考えられており……って、そこは今はどうでもいい。


「……………………」


「マスター!? 大丈夫デスかー!?」


「来るな! 魔物だ! くそっ、何でこんなところにドルクが……って、ダンジョンだからか」


 座り込んだまま動かないドルクを前に、俺は穴の上のゴレミにそう叫び返しつつ気を引き締める。マズいな、こんな狭いところで一対一となると、正直かなり分が悪い――


「待って!」


 と、そこで俺と魔物の間に、焦った様子のフレデリカが飛び込んできた。警戒する俺に対して両手を広げて注意を引き、抗議の声をあげてくる。


「ちょっとアンタ、何で剣なんて抜いてるのよ!?」


「何でって、魔物がいるからに決まってるだろ!」


「魔物? そんなの何処にいるのよ!」


「何処にって、そこ……に…………」


 一切背後を警戒していないフレデリカの様子に、俺は改めて目の前の魔物;……ドルクに意識を向ける。その身には隙のない警戒心が宿っているものの、手にした金属製のハンマーを振りかぶる様子はない。


 どういうことだ? いや、俺だって本物のドルクを見るのは初めてだけど、この距離で襲ってこないはずが…………うーん?


「なあフレデリカ、ひょっとしてそいつ……いや、その人がオヤカタか?」


「そうよ! オヤカタは毛むくじゃらだけど、凄くいい人なんだから!」


「そっか……すみません、大変な無礼を働きました。心から謝罪します」


 俺は剣を鞘に収めると、深く腰を折って頭を下げる。すると目の前の毛むくじゃらから、貫禄のある低く重い声が響いた。


「……ほぅ? 俺に頭を下げるのか」


「そりゃ勿論。いきなり魔物呼ばわりして剣を向けたんですから、全面的に俺が悪いですしね」


「うむ……どうやら最低限、話ができる相手のようだ」


「そう思っていただけると、ありがたいです」


 オヤカタ……いや、オヤカタさんの纏っていた空気がわずかに緩み、俺の方もホッと胸を撫で下ろす。だがそれもつかの間、俺の背後でドスンと響いた音が足下を揺らす。


「マスターのピンチに駆けつける女、スパイダーゴレミデス! 巨大ロボは別売りなのデス!」


「怖かったのじゃ! 暗いし狭いし落っこちるしで、チビリそうなくらい怖かったのじゃ! でも頑張って助けにきたのじゃー!」


「ゴレミが来たからもう安心なのデス! マスターには指一本触れさせないのデス!」


「それでクルトよ、魔物は何処なのじゃ!」


「お、おぅ……あ、いや、違う!」


 穴を通ってきたなら蜘蛛よりモグラだろうとか、皇女様的にそれはどうなんだという突っ込みを全て飲み込み、俺は転がり落ちてきた二人に慌ててそう告げる。その際オヤカタさんに背を向ける形となったが、それもまた一つの意思表示だ。


「すまん、あれは俺の勘違いだった! ここに魔物はいないんだ」


「あれ、そうなのデス?」


「むぅ? しかしあの毛むくじゃらは……」


「あー、あれがオヤカタって人らしい。確かに毛むくじゃらだけど、ほら、ああいう人他にもいるだろ?」


「……ああ、そう言われればそうデスね」


「うむ、ソエラ殿とよく似ておるのじゃ」


 俺の言葉に、二人が大きく頷く。体が見えなくなるほどの長い髪に隠れたソエラさんは、雰囲気的にオヤカタさんと似てる。が、そんな俺の発言に、今度は何故かオヤカタが強く反応した。


「……おい、お前。オレの同族を知ってるのか?」


「同族? えっと、ソエラさんは猛烈に髪が長いってだけで、普通に人間の女性だと思いますけど……」


「そういう言い方をするということは、オヤカタ殿は人間ではないのじゃ?」


「……そうだ。オレはドワーフだ」


 首を傾げる俺達を前に、オヤカタさんがそう告げる。しかし……


「ドワーフ……? って何だ?」


「さあ? 妾は初めて聞いたのじゃ」


 初めて聞く種族名を告げられても、俺達にできるのは顔を見合わせ眉をひそめることだけだった。

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