備えは大事
「ふーむ。つまり纏めると、フレデリカ殿は妾達を、このダンジョンに住む『オヤカタ』という人物のところに連れていきたいわけなのじゃな?」
「そうよ! あ、でも、オヤカタはエルフを連れてきてくれって言ってたから、駄目なのかな? でもでもアンタはちょびっとでもエルフだし、他のエルフはいないっていうし……」
確認するローズの言葉に、フレデリカはフラフラと宙を彷徨いながら考え混み始める。それと同時にゴレミがこそっと俺の耳元に話しかけてきた。
「それでマスター、どうするデス? そのオヤカタのところに行くデス?」
「うーん、どうしたもんかなぁ」
フレデリカの境遇には同情を禁じ得ないし、せっかく知り合ったのだから力になってやりたいとは思う。が、ダンジョンに住んでいる変わり者……しかも何の情報も出回っていないとなれば、完全に自分の存在を隠蔽できるような相手……と無策で会うのは正直怖い。
となれば、ちょっと確認する必要があるだろう。
「なあフレデリカ、ちょっといいか?」
「ん? 何よ?」
「いや、いくつか確認したいと思ってさ……まずそのオヤカタのいるところって、ここからどのくらいの距離があるんだ?」
「ここから? アタシならひとっ飛びだけど、人間が歩くなら……そうね、一時間くらいじゃない?」
「あれ、そんなもんなのか?」
正直もっとずっと遠いと思っていたのだが、それだと予想より大分近い位置ってことになる。そのくらいなら通常の探索準備に多少念を入れるくらいでどうにでもなるだろう。
「なら次だ。そのオヤカタとやらのところ連れていくのは、俺達だけか? 他の奴が行ってもいいのか?」
「他の人? 特に何も言われてないけど、そんなに広い場所じゃないし、いきなり沢山の人間を連れて行ったらオヤカタだってビックリしちゃうわよ! だからアンタ達だけの方がいいわね」
「ほうほう、そうか」
フレデリカの答えは、やんわりした拒絶。だがどうしてもという感じじゃないので、フレデリカはオヤカタの存在を「絶対に隠さなければならない」とは考えていないようだ。
なら指名手配の犯罪者とかはなさそうだ。単なる変わり者ってだけなら、会うリスクは一気に低くなった。
「じゃ、これで最後。そのオヤカタのところには、どうしても今すぐ行かねーと駄目なのか?」
「別にそんなことないわよ? そりゃ早い方がいいけど、来てくれるならいつでもいいわ」
「よし、わかった。そういうことなら、俺はフレデリカと一緒に行ってもいいかと思うんだが、二人はどうだ?」
「妾は勿論構わぬのじゃ! こうして知り合ったのも何かの縁じゃし、できれば助けてあげたいのじゃ」
「ゴレミも勿論オッケーなのデス。ひとりぼっちは寂しいデスからね」
「え、みんな来てくれるの!? やったー! ありがとう!」
俺達の言葉に、フレデリカが嬉しそうに宙空でクルクルと回る。白く輝く鱗粉が星のように夜空に舞う姿は、実に美しく幻想的だ。
「あーでも、流石に今すぐは無理だ。こっちはこっちで準備をしてーから……そうだな、明日またここにくるから、そこで改めて合流するってことでどうだ?」
「いいわよ! エルフがいればすぐ見つかるもの! じゃ、アタシ待ってるから! 絶対ぜったい来てよね!」
「ああ、約束だ」
「やくそくー!」
俺の差し出した右手の小指を、フレデリカが両手で掴んでブンブンと振り回す。その後笑顔で飛び去っていく彼女……多分女だよな? を見送ると、俺達は早めに今日の探索を切り上げ、ギルドの受付へと向かった。
「フフフ、今日は随分早いですね……」
「ええ、まあ。ちょっと変わった相手と知り合いになったもので」
相変わらず長い黒髪に顔を隠して怪しげに笑うソエラさんに、俺はそう切り出してからフレデリカの事を伝える。すると黙って話を聞き終えたソエラさんが、体ごと髪を揺らしながら笑う。
「フ、フフフフフ…………クルトさん達は本当に面白いですね。そんな凄い秘密、私に話しちゃってよかったんですか……? フフフフフ……」
「まだまだこの町に来て日が浅いですからね。どっちみちソエラさんくらいしか話せる相手がいませんでしたし……それにソエラさんなら大丈夫でしょう?」
俺達がこのノースフィールドに来てからまだ一ヶ月ほどだが、そんな短い期間の間でも、ソエラさんには随分とお世話になった。見た目は怪しさの固まりみたいなソエラさんだが、その中身がちゃんと俺達のことを考えてくれている優しい人なのだということを、俺は今更疑ったりはしない。
「フフフ……たとえ善人だろうと、大金が転がっていれば豹変することだってありますよ……?」
「ははは、その時は『あんな奴信じるんじゃなかった!』って全力で悔しがりますよ。それに見た目が怖いだけのソエラさんと違って、見ず知らずの相手と密会する方がよっぽど怖いですから」
「へぇ? 言いますね。フフフフフ…………」
「ははははは…………」
「むぅ? クルトとソエラ殿が、何やら通じ合ってる気がするのじゃ」
「浮気は駄目なのデス、マスター! マスターと以心伝心なのはゴレミだけの特権なのデス! ほらマスター! ツー! ツー!」
「何だよツーって? あー、スリー?」
「違うデス! そこはカーなのデス!」
「意味がわからん……」
「フフフフフ……」
何故カラスの鳴き真似を求められたのかわからず首を傾げたりしつつも、とにかく俺はそうやってソエラさんと話をつけた。これで万が一オヤカタとやらに何かされて死んだり捕らえられたりしたとしても、調査くらいはしてくれるはずだ。
ということで翌日。ソエラさんという保険もかけ、万が一に備えて水や食料をやや多めに鞄に詰め込むと、俺達は改めて昨日と同じ場所にやってきた。するとすぐに夜の闇の向こうから、白い羽を羽ばたかせたフレデリカが姿を現す。
「いたー! ちゃんといた!」
「はは、そりゃ来るって約束したんだから、いるさ」
「そうなのじゃ。約束は大事なのじゃ!」
「負けないことと投げ出さないことと逃げ出さないことと信じ抜くことの次くらいに、約束は大事なのデス!」
「えぇ? 何かそれ、あんまり大事じゃなさそう……?」
「ゴレミの言うことは気にしなくていいから、さっさと出発しようぜ」
「そ、そう? 人間の考えることってわかんないわね……ほら、こっちよ」
そう言ってフレデリカが俺達を先導するように飛んでいく。だが俺達の方はというと、すぐにその後をついていくことはできない。
「…………やっぱり道から逸れるのか」
「? 何のこと?」
「妾達は、基本的にあの篝火の方向にしか進まないのじゃ。じゃがフレデリカ殿が違う方向に進もうとしたので、ちょっと困っておるのじゃ」
「ええっ!? で、でも、こっちにいかないとオヤカタのところには行けないわよ?」
「ああ、わかってる。ただ、少しゆっくりっていうか、絶対に俺達が見失わないような距離で飛んでくれるか? 慎重にな」
「わかったわ……人間って不便なのね」
真剣に頼む俺に、フレデリカは若干不思議そうにしつつもそう言うと、何故かこっちに戻ってきた。そのまま俺のコートの中にスポッと入り込み、襟足から頭だけを出してくる。
「お、おい? 何だ突然?」
「ほら、これなら絶対見失わないでしょ! アタシが方向を指示してあげるから、そっちに行って!」
「近くを飛んでくれりゃいいんだが……てかこれ、コートの中が鱗粉塗れになったりしねーか?」
「ちょっと! それじゃアタシが汚いみたいじゃない! 何でそんな酷いこと言うのよ!」
「痛い! 蹴るなって!」
俺のコートのなかで、フレデリカの足がゲシゲシと俺を蹴っ飛ばしてくる。丁度みぞおちの辺りに当たって、地味に痛い。
「今のはクルトが悪いのじゃ。乙女心がわかっておらぬのじゃ」
「マスターのデリカシーのなさは、もはや芸術レベルなのデス」
「そこまで!? くっそ、もういいから行こうぜ」
「アンタが変なことばっかり言うから止まってただけでしょ! まったくもー! ほら、あっちよあっち!」
理不尽なモヤモヤと共に喧しい羽虫妖精を胸に抱えながら、俺達はそうして篝火の導きを外れ、何もない雪原へと足を踏み出していった。





