フレデリカの事情
「うぅぅ……あ、アタシの話をすればいいのよね? でもアタシの話って、何を話せばいいの?」
モジモジと体をくねらせながら、フレデリカがそう問うてくる。確かに漠然と自分の事を話せって言われても困るよな。
「それなら……あー、どっから聞けばいいんだ? あ、ここに来る前の辺りからか?」
「そうじゃな。このダンジョンに来る前は、フレデリカ殿は何処で何をしておったのじゃ?」
「だんじょん? さっきの話にもチラッと出てたけど、だんじょんって、このずーっと夜の場所のこと?」
「おっと、そこからか。でもまあそうだ。この変な場所に来る前は、フレデリカは何処にいたんだ?」
俺の問いに、しかしフレデリカはその小さな指で下を……地面を示す。
「ここよ」
「ここ? いや、昨日は何処にいたとか、そういう話じゃなくて……」
「勘違いなんかしてないわよ! ここ! アタシは間違いなくここにいたの!」
シビビッと羽を震わせながら、フレデリカが俺の顔の前まで飛んできて言う。
「あのね、ここって昔は草原だったの。雪の精霊であるアタシがこの一帯の雪を溶かして、エトワリアが花を咲かせて、ノルチクカが風を吹かせて……そうやってここには、沢山の妖精が暮らしてたのよ」
「ああ、そういう……スゲーな妖精」
「こんな寒いところで花を咲かせるなど、とんでもない力なのじゃ」
「ふふーん! でしょ? アタシったら本気を出したら凄いんだから!」
俺達が感心すると、フレデリカが嬉しそうにくるんと縦方向に宙返りを決めてから話を続ける。
「で、アタシはそこで昼寝してたんだけど……パッと目が覚めたら、ここにいたのよ。アタシ一人だけ、夜の雪原にいたの。
最初はアタシが寝過ぎたせいで、魔法が解けて雪原に戻っちゃったのかと思ったわ。だから慌てて魔法を使って雪を溶かそうと思ったんだけど、全然駄目なの。
それに友達も……探したけど何処にもいなかった。てっきりここじゃ寒すぎるから、別の暖かい場所に避難してるんだと思ってたけど……」
「むぅ、それは心配なのじゃ」
「取り残されたのか飛び出してきたのか、それが問題なのデス」
「待て。まずは最後まで話を聞こうぜ」
この手の身の上話で、都度疑問や意見を挟むと流れが悪くなるというのはありがちだ。なので俺がゴレミの言葉を制すと、チラリとこちらを見たフレデリカが話を続ける。
「その後アタシは、この不思議な雪原で仲間を捜し回ったわ。人間はちょこちょこ見かけたから話を聞きたかったんだけど、何故か全員アタシを見るなり攻撃してきたから、三回か四回くらいで話しかけるのは諦めて、その後は身を隠して避けるようになっちゃったけど。
でも、そうやってどれだけ探しても仲間は見つからないし、どういうわけかこの夜の雪原から出られない。アタシの魔法も全然通じなくて、もうどうしていいかわからないってなったときに……アタシはオヤカタに出会ったの!
オヤカタはアタシの話を聞いてくれて、仲間を探すのを手伝ってくれたわ。で、その結果オヤカタがアタシを仲間のところに帰れる方法を考えてくれたんだけど、それにはエルフが必要なんだって!
だからアタシは改めてエルフを探し始めて……そして漸くエルフの気配を見つけてこっそり近づいたら、ついうっかりスノーウルフに襲われて……それをアンタ達が助けてくれたってわけなのよ!」
「なるほど、そういう感じだったのか」
一通り話を聞き終え、俺はフレデリカの経緯を頭の中で整理していく。おおよその流れはわかったが、代わりに大きな疑問も増えた。
「よし、じゃあ一つずつ確認していこう。まずはこのダンジョンが、元は妖精の住んでる平原だったってことだが……これはどうなんだ?」
「にわかには信じられぬのじゃ。ここに<永久の雪原>が存在するのは、それこそ何百年も前からなのじゃ」
「何よ! アタシ嘘なんてついてないわよ!」
「それはわかってるのデス。なのでここで問題なのは……」
「何かがずれてるってことだな」
フレデリカがこの雪原で、何百年も眠っていた? あるいは何百年も未来に転移させられた? はたまた今の俺達じゃ想像もできねーような現象が起きたんだろうか? 時間のズレ、認識のズレ、世界のズレ……何かあるのは間違いねーが、それが何であるのかが全くわからない。
「まあでも、それはいいだろ。気にはなるけどどうしようもねーしな」
「そうじゃな。興味はあるのじゃが、妾達にはどうしようもないのじゃ」
が、その疑問を俺達はあっさりと切り捨てた。気にはなるし重要なことだとは思うが、どうしよもないことはどうしようもない……そんな現実をきちんと受け入れることもまた、前に進むには重要なのだ。
「で、次は人間に襲われたってところだが、これに関してはさっきの話で終わりだよな?」
「うむ。魔物と間違われたのでほぼ確定なのじゃ」
「でも、逆にそれで済んでよかったとも言えるデス」
「えっ!? 何でよ!?」
ゴレミの言葉に、フレデリカが抗議の声をあげる。それに対する答えは何とも辛辣なものだ。
「誰も彼もがマスターやローズみたいにお人好しばっかりじゃないのデス。悪い人に見つかったら捕まえられて見世物にされたり、解剖して調べられたかも知れないデス」
「うひっ!? ちょ、ちょっと! 怖いこと言わないでよ! そんなこと……えぇ?」
フレデリカが激しく戸惑いながら俺やローズの方を見たが、俺としては顔をしかめるしかない。
「人間全部がそうってことはねーけど、悪い奴は何処にでもいるからなぁ」
「クリスエイド兄様だったら、嬉々として因子を抽出しそうなのじゃ」
「抽出!? え、何!? アタシ何か吸い出されちゃうの!? やだやだ怖い怖い怖い!」
「ははは、終わったことだから気にすんなって。ということで次、これが一番気になることなんだが……オヤカタって誰だ?」
怯えるフレデリカをそのままに、俺は話題を次に進める。今聞いた話のなかでは、これがもっとも重要な部分だ。故に真剣に見つめる俺に、調子の戻ったフレデリカが普通に答える。
「誰って言われても、オヤカタはオヤカタよ? ここからちょっと行ったところに住んでるの」
「待て、住んでる? ダンジョンに住んでるのか!?」
「そうよ。雪が吹き込まない洞窟みたいなところがあって、そこに住んでるの。それがどうかしたの?」
「どうかって…………」
首を傾げるフレデリカに、俺は思わず言葉を失う。
人がダンジョンに住めない最たる理由は、ダンジョン内では水や食料などの生活物資が調達できないからだ。そのうち水は高価な魔導具を使えば何とかなるが、食料の方は流石にどうしようもない。
まあこの辺ならまだまだ入り口近くだから、物資を運び込むこと自体は可能だと思うが、逆に言えばこんな入り口近くにいるのに街に出るのではなく、ダンジョン内部に住み続ける理由は、果たしてどんなものなのだろうか?
世捨て人? 指名手配の犯罪者? それとも単に偏屈な変わり者だろうか? そのどれであったとしても、わざわざ手間をかけて外部から生活物資を運ばせ、いつ魔物に襲われるかわからないダンジョン内部で長期間寝泊まりするような輩がまともな人間だとは思いづらい。
(あー、こりゃまた厄ネタを引いちまったのか? ……まあ今更だけどさ)
良縁も悪縁も縁のうち。俺は自分の星の巡りに、内心で思わず苦笑するのだった。





