妖精
「よ、妖精?」
その自己紹介を得て、俺はフレデリカと名乗った謎の存在の姿を改めて確認していく。
頭から足先までの大きさは、おおよそ一五センチくらい。その体つきは人間と変わらないが、背中には体よりでかい羽が四枚はためいている。白くてもふもふの蛾みたいなやつだ。
手首と足首には腕輪、足輪のような体毛が巻き付いており、その体にもぱっと見は人が着るコートみたいな毛が生えている……毛だよな? 羽があるのに服が着られるとは思えないので、きっと体毛なんだろう。その全てが真っ白もふもふで、触ったら柔らかそうに思える。
よく見ると肌が露出しているように見える部分も、乳白色の毛がうっすらと生えているようだ。そりゃまあこんな寒い場所にいるのだから、全身が毛で覆われてて当然だよな。
と、そこまではいい。いいのだが……最大の問題はその顔だ。
「いやいや、何言ってんだ? 妖精ってもっとこう、虫っぽい顔してるだろ?」
そう、俺の知る「妖精」は、魔物の一種だ。小さく丸い口には細かいギザギザの歯が生えているし、目の部分もボコッと膨らんでてらてらと輝く、いわゆる虫の目なのだ。
だがフレデリカの目というか顔は、人間のそれと変わらない。普通に目があり口があり鼻があり……髪の毛のところは四角い帽子みたいな感じになってるのでわからねーが、この程度なら大した違和感ではない。
つまり、妖精が「人っぽい虫」であるなら、フレデリカは「虫っぽい人」なのだ。ベースがここまで人に近いなら、同じ妖精とは思えないわけだが……
「ちょっ!? 虫っぽいって、ひょっとしてニヴのこと言ってるの!?」
「にぶ? 何だそれ?」
「ニヴはニヴよ! 人間はアタシ達とニヴのこと似てるって言うけど、人間とお猿くらい違うでしょ! アタシはちゃーんと区別できるのに、アンタはそんなこともできないわけ!?」
「えぇ?」
「まったく、これだから人間は! そもそもニヴは喋らないでしょ! アタシだってウキーって鳴いてる子を人間だって勘違いなんかしないわ! なのにアタシをニヴと間違えるなんて、失礼しちゃうわね! プンプン!」
「お、おぉぉ…………えっと、ごめんなさい?」
小さな頬を膨らませてプリプリと怒るフレデリカに、俺は何となく謝っておく。何だかよくわからねーが、話の流れ的に俺の知る魔物の妖精は、本物の妖精ではないらしい……のか?
「クルトがすまぬのじゃ。じゃが妾も妖精と言えば蝶や蛾のような魔物だと思っておったのじゃ。なので一緒に謝っておくのじゃ」
「ええーっ!? ちょ、ちょっと待って! 人間はともかく、エルフまでアタシのことをニヴと間違えるの!? じゃあひょっとして、今まで出会った人間がみんないきなり攻撃してきたのって…………?」
「多分魔物と間違えられたデス?」
「そ、そんなーっ!?」
俺達の言葉に、フレデリカが雷にでも打たれたかのように全身を震わせ、ついでシナシナと羽を垂れ下がらせる。なおいくらか高度は下がったものの、そのまま落下したりはしないようなので、別に羽だけで飛んでいるわけではないようだ。
「どーりでおかしいと思ったのよ。アタシが姿を見せるだけで矢とか魔法が飛んできて、声をかける暇すらなかったもの。
でも、何で? そりゃちょっと似てるのは認めるけど、でもみんながみんな間違えるなんて、そんなことある?」
「そう言われてもなぁ……」
「うむ。妾達はまだまだ若輩者じゃが、それでも妖精……フレデリカ殿のような本物の妖精と出会ったのは初めてなのじゃ。それに世間的にも、喋る妖精と出会ったなどという者は聞いたことがないのじゃ」
困った顔を見合わせる俺とローズに、しかしフレデリカは心底不思議そうな顔つきで首を傾げる。
「何で? 人間に比べれば勿論ずっと少ないけど、でもエルフよりは妖精の方が多いでしょ? なのに誰も会ったことがないなんておかしくない?」
「いや、その……エルフもいないぜ?」
「そうなのじゃ。妾もほんのちょびっとエルフの血が混じっておるというだけで、基本的にはほぼ人間なのじゃ」
「え? え!? エルフも妖精もいない!? 何それ、どうなってんの!? 確かにいっくら探しても全然見つからなくておかしいなーとは思ってたけど、いないってどういうことなの!?」
「どうって言われても……いないもんはいないとしか」
「現状のこの世界では、エルフは実在したかどうかも怪しい伝承のなかだけの存在なのデス。ただゴレミ達はエルフに会ってるので、存在そのものを疑ったりはしてないデスけど」
「何よ、会ってるんじゃない! ひょっとしてアタシのことからかってるの!?」
「違う違う! そこはちょっと、色々と複雑な事情があるっていうか……」
「何なのよもーっ!」
苛立ち紛れに叫ぶフレデリカに、「叫びたいのはこっちも同じだ!」という言葉をギリギリで飲み込む。この話の噛み合わなさ具合は、おそらく前提がずれているからだろう。
「マスター、ここは時間をかけてでも、きちんと説明した方がいいと思うデス。あとフレデリカの話もちゃんと聞いた方がいいデス」
「だな、これじゃ埒が明かん。ならまずはこっちの常識から……っと、その前にフレデリカ。お前俺達と話し込んでて平気なのか?」
「え? 別に平気よ。そもそもアタシの目的はエルフを探してオヤカタのところに一緒に来てもらうことだし」
「…………わかった。ならこっちの話からしよう」
気になるワードがまた増えたが、好奇心をグッと堪えて、俺達はこの世界における一般的なエルフや妖精の認識についてとか、俺達が出会ったジルのことについても話していく。するとそれを聞き終えたフレデリカは、唖然とした表情で言葉をこぼした。
「そんな、エルフが魔物になってるなんて……ということは妖精も……?」
「そう、じゃな。妾は出会ったことはないが、魔物としての妖精のなかには、フレデリカ殿が言うニヴの他に、本物の妖精が魔物化したものが混じっていないとは言い切れぬのじゃ」
「うぅ…………」
さっきまで元気いっぱいだったフレデリカが、今は見る影もないほど気落ちしている。するとそんなフレデリカに、ゴレミが普通に声をかけた。
「さ、次はフレデリカの番なのデス。どうしてこんなところにいたのか、説明して欲しいのデス」
「おいゴレミ、もうちょっとくらいそっとしておいてやっても……」
「それは違うのデス、マスター。こういうときは黙っていると悪いことばっかりが頭をよぎってしまうので、むしろ話をした方がいいのデス。
それにフレデリカには、ジルとは決定的に違うことがあるのデス」
「違うこと? 何だよ?」
俺の問いかけに、ゴレミがフレデリカの方に視線を向けながら言う。
「フレデリカは、自分の名前を覚えてるデス。それにさっきの話だと人間に襲われることはあっても、人間を襲ってはいないのデス。
つまり、フレデリカはジルと違って、ダンジョンの魔物になってないのデス」
「あっ!?」
その指摘に、俺は声をあげてフレデリカの方を見る。確かにそれは明確な違い。『知性の封印』を受け、代わりに魔物としての本能を植え付けられたならば決して残らないはずの記憶。
「つまり、フレデリカは……」
「本当の意味で『最後の妖精』である可能性があるのじゃ……?」
「な、何よ! そんなにジロジロ見て……」
俺達がジッと見つめると、フレデリカは居心地悪そうにその身をよじった。





