新たな戦場と……新たな出会い?
「ふぅ、ふぅ……へへへ、やるじゃねーか」
「グルルルル…………」
戦闘開始から……どのくらいだ? 一〇分は経ってねーと思うが、俺の中では結構な長時間。最後の一匹となったスノーウルフはその全身に無数の切り傷を負い、右足を引きずりながらも唸り声をあげる。
対して俺の方はと言えば、最初の頃に噛まれた左足に加え、捌ききれなかった攻撃を受けた左腕にも痛みが走る。だがこの程度で戦えないなんて言ってるようじゃ、到底探索者なんてやってられない。剣を握る手にグッと力を込めて、唸るスノーウルフを睨み付けてやる。
「そっちはそろそろ限界だろ? 最後の勝負といこうじゃねーか」
「グルルルル…………ウォォーン!」
別に俺の言葉がわかるわけじゃねーだろうが、野生の勘? あるいは戦士、狩人、そういう戦う者の本能として理解したのか、スノーウルフがまっすぐ俺に跳びかかってきた。その動きが妙にゆっくりと見え、最後の力を振り絞ったであろう右の前足があらぬ方向に曲がっているのすらわかったが……ここで手加減なんてあり得ない。
「これで……終わりだっ!」
大上段からの斬り降ろし。全力に全力で応えるように振り切った一撃はスノーウルフの頭を両断……はできなかったが、それでも強かに打ち付けた。地面に落ちた衝撃でバフッと辺りに雪が舞い、それに紛れてスノーウルフの体が霧のように消えていく。
「いい勝負だったぜ」
そんな俺の言葉に、消える寸前のスノーウルフの口元が小さく歪んで見えたのは……ま、きっと俺の気のせいだろう。
「お疲れ様デス、マスター!」
「うむ! 見事な一撃だったのじゃ!」
そうして戦いを終え、足下に残った魔石を拾い上げると、少し前から後ろでずっと見守ってくれていたゴレミとローズが、笑顔でこっちに近づいてくる。それに俺も笑顔で答えようと思ったが、ズキッと腕が痛んで思わず顔をしかめてしまう。
「いっててて……おう、そっちもお疲れ」
「マスター、怪我は大丈夫デス?」
「ん? あー、このくらいなら全然平気だ。回復薬も必要ねーよ」
「本当なのじゃ? 噛みつかれて血が出ておったように見えたのじゃが?」
「そりゃゴレミじゃねーんだから、噛まれりゃ血くらい出るさ。でも本気で食いつかれる前に振りほどいたからな。ほら、とっくに血も止まってるだろ?」
そう言いながら、俺は二人の前に左腕を伸ばす。確かにシャツにはじんわり血の染みが広がっているが、この程度は許容範囲内だ。
「ふむ、確かにそうじゃな。なら探索はこのまま続行するのじゃ?」
「当然! 流石にこれくらいでいちいち撤退してたら、後輩に鼻で笑われちまうよ」
「それは確かにそうなのデス。それにいざとなったらゴレミがおんぶして運んであげるから大丈夫なのデス!」
「むむ? ソエラ殿が『怪我した者を背負って移動などしたら死ぬ』と言っておったのじゃが?」
「それは普通の人ならの話デス。ゴレミは疲れないデスし、力も余裕の一〇〇万馬力なので、マスターを背負ったくらいで後れを取ったりしないのデス!」
「一〇〇万馬力はふかしすぎだろ……まあでも、そうだな。今は平気だけど、もし本当にヤバそうな時は頼むぜ」
「ふふふ、ゴレミにお任せなのデス!」
「うし、ならこのまま前進を続けるぞ。改めて魔物には警戒してくれ」
「了解デス!」
「了解なのじゃ!」
話し合いも終わり、俺達は改めて夜の雪原を進んでいく。雪に潜んでいたキラーラビットの群れを軽く蹴散らし、闇に乗じて空から襲ってきたシャドウクロウはバーニング歯車スプラッシュで地面に叩き落としてから殲滅し、再び襲ってきたスノーウルフとそれなりに激しい戦いをして……その結果俺達は、漸く次の篝火の下へと辿り着くことに成功した。
「やーっと着いた!」
「予想より大分長かったのじゃ。流石にちょっと疲れたのじゃ」
「でも全員無事に着けたのデス!」
よほど大声で騒いだりしなければ、篝火の側には基本的に魔物は寄ってこない。故に少しだけ気を抜いて休憩モードに入ると、俺は鞄から水筒を取り出して中身を飲む。火照った体を冷たい水が通り過ぎる感触が実に心地いい。
「ぷはーっ……まあまあ苦労したな。でも正直、このくらいの方がやりがいがあるっていうか、ちゃんと探索したなって気がするぜ」
「そうじゃな。苦労はしたが、その分充実感があるのじゃ」
「おそらくこの辺が、本来の適正地帯なんだと思うデス。さっきまでいた場所は流石に初心者向け過ぎたのデス」
「だよなぁ。ならしばらくはこの辺を中心に戦っていくか」
このダンジョンは同業者と出会う頻度が極端に少ないので、適正よりずっと弱い魔物を相手に雑魚狩り無双しても非難を浴びることはほぼない。
が、それが自分達の成長に繋がるかと言えば話は別だ。弱いが金になる魔物を相手に金策してるとかならまた話も違うが、キラーラビットやパラライズオコジョなんて、山ほど狩っても大した稼ぎにはならねーしな。
「それがいいと思うのじゃ! せっかく新しい魔法の使い方もできたのじゃし、ここで地力を鍛えるのはよいと思うのじゃ」
「それにこの辺の魔物なら、ちゃんとお金が貯まるのデス。まだ残っているとはいえ、日々貯金が減っていくのは精神衛生上よくないのデス」
「おぉぅ、そいつは切実だな……なら決まりだ。金も戦闘経験も、ここでたっぷり稼いでおこうぜ」
「「おー!」」
そうして方針が決まり、俺達はこの篝火を中心とした場所で戦うことを日課とした。もっとも、金も経験もそんなに簡単に溜まるものじゃない。一ヶ月ほどダンジョンに通い詰め、それで漸く技のキレにわずかな違いを実感できるようになる程度だ。
なのでその日もまた、俺達は探索家業に精を出そうとしていたのだが……
「うむ?」
「お? 何だあれ?」
道から少し離れたところで、何やら雪が舞っている。魔物の襲撃かと思って身構えたのだが、それがこちらに近づいてくる気配はない。
――けて
「魔物が雪遊びでもしてるデス?」
「え、魔物ってそんなことするのか?」
「うむ? 今何か聞こえなかったのじゃ?」
だ――け――
「するかしないかで言ったら、普通はしないデス。でも<深淵の森>のジルみたいなケースも考えれば、絶対ないとは言い切れないのデス」
「あー、そりゃまあ……いやでも、あれは流石に例外中の例外なんじゃねーか?」
「のうクルトにゴレミよ、今何か聞こえた気がするのじゃが」
だれ――すけ――
「何だよローズ。聞こえたって何が?」
「じゃから、あの雪の舞っている辺りから、助けを呼ぶような声が聞こえた気がしたのじゃ!」
「えぇ? でも人影なんてないデスよ? スノーウルフが雪をベシベシ蹴って遊んでるだけにしか見えないのデス」
「確かに妾にもそう見えるのじゃが、しかし……」
ペシーン!
「うわーん! 誰か助けてー!」
「っ!? え、マジか!? おい、誰かいるのか!」
スノーウルフの蹴りが何かを打ち上げ、その瞬間俺の耳にも助けを呼ぶ声が聞こえた。なので俺が声をかけると、舞い散る雪の向こう側から何かがこっちに飛んでくる。
「ひょぇぇぇぇ! お助けー!」
「うおっ!? な、何だ!? でかい虫!?」
「ちょっ、誰が虫よ! 失礼ね!」
「しかも喋った!? マジで何だこいつ!?」
「マスター、スノーウルフが来るデス!」
「あーもう、戦闘準備! よくわかんねーけど、お前はここに入ってろ!」
「きゃっ!? ちょっと、乱暴に……むぐっ」
俺は跳んで来た羽虫をコートの内側に押し込むと、そのままスノーウルフとの戦闘を開始する。それ自体は連日の成果もあってサックリと終わったのだが……
「よし、終わったか……うおっ!?」
「プハッ! やっと出られた!」
戦闘が終わったのを察したのか、俺のコートから謎の羽虫が勝手に飛び出してくる。そいつはひらりと宙に舞うと、俺の顔を見て文句を口にする。
「まったく、ランボーね! これだから人間は!」
「……………………」
「でも助けてくれたから、名前くらいは教えてあげるわっ! アタシはフレデリカ! 雪の妖精フレデリカよ!」
「……………………えぇ?」
白いもふもふを身に纏う、俺の手のひらよりちょっと大きいくらいの羽の生えた人型のナニカ。それの自己紹介を受けて、俺は頭を「?」で満たしながら首を傾げた。





