新たな脅威と新たな技
「…………っ」
新たな通路、道なき道へと足を踏み入れてしばし経つと、不意に俺の背筋にブルッと震えが走る。あー、これはあれだ。危険な予感ってやつだ。何の根拠もない感覚ではあるが、こういうのを軽視してはいけない。俺は本能からの警告に身を引き締め、慎重に歩を進めていく。
「む? 何だかちょっと寒くなったのじゃ?」
「あれ、『耐寒』の魔導具を使ってるのに、わかるデス? 確かに気温が二度くらい下がってるデス」
「そりゃわかるのじゃ。この手の魔導具は発動の強さに応じて消費魔力が変わるのじゃ。自分の魔力を細かく調整するのは苦手じゃが、魔力を感じ取れぬわけではないのじゃ!」
「流石はローズデス……マスター、どうかしたデス?」
「…………いや、何でもない」
……まあ、あれだ。本当に寒くて震えたのだとしても、それは俺の体が鋭敏に変化を感じ取ったというだけのことであって、悪いことなど一切ない。それにここは今までとは一段違う、強い魔物の出る場所なのだ。警戒してし過ぎってことはないはず――
「グルルルル…………」
「へへ、だよな。そうこなくっちゃ」
「? 何故クルトは嬉しそうなのじゃ?」
「さあ? きっと男の子には色々あるのデス」
闇の向こうから唸り声をあげつつ現れたのは、白い毛並みのオオカミ。ただその毛は俺の着ているコートと比べるといくらか色がくすんでいる感じで……まず間違いなく、こいつらがスノーウルフだろう。
「グルル……」
「ウゥゥゥゥ……」
「チッ、やっぱり団体さんか」
そんなスノーウルフの数が、見る間に増えていく。ぱっと見だけで四匹……だがおそらくもっといるはずだ。何故なら集団で狩りをする魔物が、正面にしかいないはずがない。
「ガウッ!」
「ローズ!」
「平気なのじゃ!」
そんな俺の考えを裏付けるように、背後から唸り声があがる。だが俺が声をかけるより前にローズのドレスが赤く燃え上がっており、噛みつこうとしていたスノーウルフが情けない鳴き声を上げて後ずさる。
「ギャウン! クゥゥゥゥ…………」
「ふふふ、これで妾には迂闊に向かってこぬはずなのじゃ」
「過信はするなよ? ゴレミ、ローズの防御を優先してくれ」
「了解デス!」
ローズの纏うフレアドレスの魔法は、単に熱いだけで防御力があがるわけではない。魔法に対してなら高い防御力があるし、大抵の魔物は「触れたら猛烈に熱い」という学びを得れば迂闊にローズに攻撃しなくなるが、逆に言えば熱さを無視して噛みつかれた場合、ローズは普通にダメージを受ける。
だからこそ俺はローズの守りをゴレミに任せると、俺自身は剣を抜いてスノーウルフに対峙した。
「さあ来い! 小動物相手じゃ物足りねーと思ってたところだ!」
「ガウッ!」
ニヤリと笑う俺の態度に、目の前の一匹が噛みついてくる。だが俺は構えた剣で、その牙を正面から受け止めた。
「ぐっ……お返しだ!」
力任せに剣を振り抜き頭を半分にしてやろうと思ったが、流石にそこまでの腕はない。押し返され吹き飛んだスノーウルフの体はひらりと宙を舞って着地し、それと入れ替わるように、今度は二匹のスノーウルフが同時に俺に跳びかかってくる。
「ガウッ!」
「ガーッ!」
「チッ! おらっ!」
高く跳んで来た方を剣でいなし、低く向かってきた方に蹴りを放つ。そうして二匹を撃退したものの、その影に隠れた最後の一匹が軸にしていた俺の左足に噛みついた。
「ぐおっ!? くっ、そがぁ!」
「ギャウン!」
足に食い込む牙の感触に、俺は戻した右足でスノーウルフの頭を思い切り踏みつけた。牙は離れたが手応えは浅く、すかさず剣で突き刺そうとするものの、再び他のスノーウルフが跳びかかってきてしまい、そちらの対処に追われている間に足下の一匹が逃げ戻ってしまう。
「マスター!? 大丈夫デス!?」
「ああ、平気だ。そっちは?」
「三匹いるデス! ゴレミ一人だとちょっとキツいデス!」
「そうか……よし、チェンジだ! 俺がローズにつくから、ゴレミはこっちで牽制してくれ!」
「了解デス!」
俺がそう声をかけながら下がると、すかさずゴレミが前に出る。代わりに俺はローズの側に立ち……そんなローズのドレスからは、既に炎の色が消えている。俺が側にいるとうっかり触って燃えてしまったり、コートが黒焦げになる可能性があるからだ。
「グルルルルルルルル…………」
「それでクルトよ、どうするのじゃ?」
ドレスの色が変わったことが、スノーウルフにもわかったんだろう。低い唸り声をあげながら俺達の周囲をゆっくりと回り始めるオオカミ共を前に、ローズが作戦を問うてくる。
「まずは小手調べだ。いつものいくぜ?」
「わかったのじゃ! フレアスクリーン!」
「食らえ、バーニング歯車スプラッシュ!」
いつも通りの合わせ技で、燃える歯車がスノーウルフに向かって飛んでいく。咄嗟にスノーウルフは飛び退けたが、それなりの数をばらまいているため全てを回避するのは不可能。体毛の一部に歯車が命中すると、そこから激しく燃えだしたが……
「ワフッ!? グルルルル……ッ!」
「おおぅ、そうくるのか」
何とスノーウルフは、雪原に転がることで体の火を消してしまった。なるほど確かに、雪の中で転がれば火くらい消えるだろう。これで今まで定番だった技がほぼ無効化されたわけだが、しかし俺達に焦りはない。
「なら次は新技の方だ。まずは普通に……食らえ、バーニング歯車スプラッシュ!」
もう一度火の歯車を投げると、今度もまたスノーウルフの一匹に命中する。そいつは雪原を転がって火を消そうとするが、その隙こそが命取り!
「ローズ!」
「うむ! むぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
俺の呼びかけに、ローズがフレアスクリーンに込める魔力を増やす。深紅から白金にその輝きを増した膜を通すのは、キラキラ輝く金属製の歯車。
「さあいくぜ……食らえ、ヒート歯車ストライク!」
「ギャンッ!?」
渾身の力を込めて、俺は金属製の歯車を投げる。それは重いが故に一直線に飛んでいき、雪原に転がっていたスノーウルフはそれを回避することができず、腹の部分に重い一発が命中した。
もっとも、如何に命中したとはいえ、毛皮に包まれたスノーウルフに歯車の威力はそこまで決定的ではない。すぐに唸り声をあげながら起き上がったスノーウルフだったが、怒りに燃える顔つきがあっという間に苦しそうに変わる。
「ガウッ! ガウッ! ガルルルル…………キュゥゥゥゥゥゥゥン…………」
「ふっふっふ、効いてるみてーだな」
「うーむ、何ともえげつない効果なのじゃ」
ヒート歯車ストライクの真骨頂は、その衝撃力ではない。超高温の金属をぶち当てることで、瞬時に体の奥まで熱を伝えて内臓を焼くことなのだ。
如何に強靱な魔物とて、生物である以上は内臓を焼かれて無事に済むはずがない。しかも多くの場合、そんな攻撃に対する抵抗も再生能力も持ち合わせている魔物はいない。
当たれば内側からジワジワと苦しめて殺す。ヒート歯車ストライクは、自分なら絶対食らいたくない文字通りの必殺技なのだ。
「さあ、どんどん行くぜ! 毛皮を燃やされるか腸を煮えさせられるか、好きな方を選びやがれ! ちなみに俺はどっちも御免だ!」
「熱いのも苦しいのも嫌ならこっちに来るデス! ゴレミパンチで一発昇天させてあげるデス!」
「まるで悪役のような台詞なのじゃ」
苦笑いを浮かべるローズをそのままに、俺とゴレミはご機嫌で攻撃を続ける。さあ、このまま押し切ってやるぜ!





