燃える姫
「おら、逝っとけ!」
「キューッ!」
俺の振るった剣で、白くて細長い魔物の胴体が両断される。パラライズオコジョは短い爪の先に弱い麻痺毒があり、引っかかれると五分ほどその部位が動かなくなるのだが、こいつの爪では俺のコートは貫けないし、当然ゴレミのボディにも傷をつけられない。
唯一懸念があるとすればローズだったが……
「キュアッ!?」
「ふっふっふ、妾に触ると火傷するのじゃ!」
元々はピンク色だったローズのドレスが、今は炎のように真っ赤になって揺らめいている。それに触れたパラライズオコジョが、あまりの熱さに自分から飛び退いてしまった。
だがその落下地点には四角く雪のない地面が露出した部分があり、そこに落ちたパラライズオコジョはボワッと燃え上がり、すぐにダンジョンの霧となって消えてしまった。
「どうじゃどうじゃ? クルトもゴレミも見たのじゃ? 妾がやってやったのじゃ!」
「うんうん、もう何回も見たから。あとスゲーけどあんまりこっちに来るなって。うっかり触ったら俺のコートが焦げるから」
「むぅ、クルトがつれないのじゃ」
「ゴレミはそんなの気にせず、ベタベタ触っちゃうデス! そしてその後マスターに抱きつくデス!」
「マジでやめろよ!? 普通に火傷するからな!?」
ローズに近づいてニヤリと笑うゴレミに、俺は本気のトーンで警告する。なお本当にやられた場合は冗談ではなく大やけどをして死ぬ可能性もあるので、決してフリではない。
まあとにかく、そんな風に弱点の無くなった俺達は、襲ってきた魔物の群れをあっさりと撃退する。それを確認してローズが魔法を解除すると、俺は剣を鞘に収めてから二人の側に近づいていった。
「ふぅ、お疲れさん。今日も割と楽だったな」
「そうデスね。マスターの剣もいい感じデスし、ローズの魔法も冴え渡っていたデス!」
「そうなのじゃ? ふふふ、照れてしまうのじゃ」
「いや、本当によかったぜ……本当に、本当にな」
何とも言えない感慨を込めて、俺は小さくそう呟く。
チクチクが嫌だとローズが叫んだ日から、五日ほど。今こうして普通に戦えているのは、偏にローズが「マフラーを首に巻きたくない」という一心で、新たな魔法を身につけたからだ。
いや、正確には新たなってのは違うのか? これもやっぱりフレアスクリーンの応用で、それが自分の服に貼り付けられるようになったってだけだしな。
だが、その効果は今見た通り絶大だ。近づく魔物を焼き尽くす炎のドレスは、防御の薄かったローズをある程度放置できるほどになった。
勿論物理的な防御力があるわけじゃねーから、<深淵の森>のピンキーモンキーみたいに遠距離物理攻撃をしてくる相手には今までと変わらず弱いし、また服に貼り付けてる分の制御力が必要なので、フレアスクリーンやフレアトラップを設置できる数が減るというデメリットもあるわけだが、それを補って余りあるほどの効果だと俺は思っている。
「にしても、以前にちょっと試そうとした時にはまったくできる気がしなかったのに、何故今になって急にこんなことができるようになったのじゃろうか?」
「え!? そ、それはほら、あれデス! マスターがメタルな歯車を出せるようになったのと同じで、ローズも知らない間に成長していたのデス!」
「むぅ? 確かにオーバードから出てきた後から、妙に調子がよい感じはしておるのじゃが……」
「そうデス! その通りなのデス! きっと色々な悩みが解消されてスッキリしたから、パワーアップしたのデス!」
「ふーむ……」
何故か焦ったような雰囲気で言うゴレミに、しかしローズは微妙に首を傾げている。するとゴレミがニヤリと笑って、更に言葉を続けた。
「それに、何の犠牲もなかったわけではないのデス。その魔法の習得には、ローズの乙女の恥じらいという多大な犠牲が……」
「ぬあーっ!? それは言ってはいけないやつなのじゃ!」
その言葉に、ローズが顔を真っ赤にして激しく身悶える。
そもそも最初は、ローズなりに新たな防御魔法を練習していたのだ。だがそれがどうにも上手くいかず、苛立ち紛れに魔力を発散した時にドレスが燃えなかったことこそがこの魔法の習得に繋がったのだが……
まあ、あれだ。『ドレスが』燃えなかったということは、それ以外には燃えたものがあったということだ。具体的には愛用していた鞄が焦げたり、お気に入りのハンカチが焼けたり、あとはほら……下着とか?
「ドレスの下が素っ裸とか、マニアックにも程があるのデス。ゴレミだってパンツくらいは履いているのデス!」
「何を言うのじゃ! 今はもうちゃんとドレスの表面に魔法を貼り付けておるから、燃えたりしておらぬのじゃ! ちゃんと履いておるのじゃー!」
「俺としては、ゴレミがパンツを履いてることの方が不思議だがな。何で履いてんだよ。完全に無意味だよな?」
「え、マスターはノーパン派デス? なら恥ずかしいデスけど、マスターの為なら脱いでもいいデスよ?」
「心底どうでもいい……」
「ぬがーっ! 終わりなのじゃ! その話題はもうこれっきりなのじゃ!」
俺が路傍の石を見る目をゴレミに向け、ローズが激しく足を踏みならしながら叫んだので、この話はここで終わり。魔物の襲撃を退けた俺達は再び前進を始め、程なくして三番のプレートが取り付けられた篝火の下に辿り着いた。取り出した地図を篝火にかざす俺に、ローズが声をかけてくる。
「それでクルトよ、ここでしばらく魔物と戦うのじゃ?」
「うーん、それなんだよなぁ……」
マーキングを終えた地図を手にしたまま、俺はその問いに考えこむ。
「なあローズ、ゴレミ。この辺の魔物って……正直、弱いよな?」
弱くても数の多い相手は、俺達にとっては相性の悪い敵……その認識が間違っているとは、今も俺は思っていない。だからこそ俺は慎重にペースを計算し、このダンジョンでも幾度も戦闘を重ねてきた。
だが蓋を開けてみれば、俺達は連戦連勝。結局誰もかすり傷一つ負うことなく、今日ここまで辿り着いてしまった。その事実は俺の中にあった固定観念にヒビを入れるには十分なものだ。
即ち、これ以上習熟戦闘に時間を費やしても、あまり意味がない。そんな俺の確認に、ゴレミ達もまた頷いて答える。
「そうデスね。数が多いのと奇襲に特化してる部分は厄介デスけど、流石に今のゴレミ達には敵じゃないデス」
「そうじゃな。フレアドレスの魔法のおかげでほとんどの魔物は跳びかかってこぬようになったし、仮にきても動きが悪いせいでかわせるようになったのじゃ。そうなるともう負ける要素はないのじゃ」
「だよなぁ。ならこれ以上ここで戦うより、先に進むことを考えるか……」
そう言うと、俺は遠くに見える篝火の光に目を細める。ここからは三つに分岐しており、今見ているのは一番遠くに見える光だ。
「なら思い切って、ある程度一気に奥まで進んじまうか? こっちに進むと、一気に一〇番くらいまで行くはずだし」
地図にコンパスを乗せてから目指す方向を合わせると、じわりと浮き出た線は今までのそれに比べて格段に長く、いくらか太い。これは道行きが今までより険しくなることを現しているわけだが……それでもこのくらいなら、今の俺達なら乗り切れるのではないかと思える。
「うむ? 線の色が黒ではなく、青色が混じってる気がするのじゃ。これはどういう意味なのじゃ?」
「それは天候の変化がある印なのデス。この程度ならそれほど激しくは変わらないと思うデスけど、霧が出たり雪が降ったりくらいはするかも知れないデス」
「それは戦い方が変わりそうじゃな。魔物の方はどうなのじゃ?」
「このくらいの太さだと、地上はスノーウルフ、空からはシャドウクロウ、天候によってはスノーウィプスなんかも出るはずデス」
「おおぅ、バリエーションが増えるなぁ。まあウサギとかイタチばっかりに比べりゃ、何だってそうだろうけど」
「スノーウルフは、クルトのコートの材料になった魔物なのじゃ?」
「いえ、それの下位種なのデス。マスターのコートになったシルバースノーウルフは、もっと先の魔物なのデス」
「あ、そうなのか。道理で……」
ゴレミの説明に、俺は納得の声を漏らす。そうか、妙に長い名前だと思ったら、別名の下位種がいたのか。まあそうだよな。この辺の魔物の素材にしちゃ値段も性能も大分高いし。
「何でクルトがそれを知らぬのじゃ? 自分の装備なのじゃぞ?」
「いやぁ、そこはほら、割とノリで買っちゃったというか……」
ひょっとして説明してくれていたのかも知れないが、これを試着していた時に俺の頭の中にあったのは「うおぉぉぉ、何か物語の英雄みたいで格好いい! あとスゲー温かい!」というアホみたいな感想だけだった。
それを思い出して苦笑いを浮かべる俺に、ゴレミが生暖かい視線を向けてくる。
「ふふふ、マスターのそういう男の子なところ、ゴレミはとっても可愛いと思うデスよ?」
「ぐぬっ……と、とにかくだ! 俺は先に進んでみようかと思うんだが、二人はどうだ?」
「ゴレミは賛成なのデス。弱すぎる魔物と戦い続けてもジリ貧なのデス」
「妾も賛成なのじゃ」
「なら決まりだな」
俺は地図とコンパスをしまい込むと、一番遠くに見える光を見据える。さあ、この選択がどんな意味を持つか……気合いを入れて頑張りましょうかね。





