お買い物タイム
「うぅぅ、死ぬのじゃ。何をしても死んでしまうのじゃ! もう<永久の雪原>に入るのは怖いのじゃあ!」
大きく見開いた目に涙を一杯溜めながら、ローズが俺に縋り付いてくる。なので俺は笑いながらローズの頭を撫でてやった。
「はっはっは、そう怖がるなって。大丈夫だから」
「何が大丈夫なのじゃ!? 妾はまだ死にたくないのじゃ!」
「そりゃ俺だって同じだけど……今の話ってちゃんと聞くと、要は『事前に情報を集め、対策をしっかりしておかないと死ぬ』ってことだ。そんなの別に普通だろ?」
「のじゃ?」
苦笑する俺の言葉に、ローズがビックリして目を見開く。そう、散々こうしたら死にます、ああしたら死にますと脅されはしたが、その内容は総合するとそれだけ……当たり前のことを指摘していただけなのだ。
「そうなのデス。確かにこのダンジョンならではの常識も多かったデスけど、それは他のダンジョンも同じなのデス。ただその要素が死に直結するものが多いから、ガチガチにルールを守らないと危ないってだけなのデス」
「ぬぬぬぬぬ…………え、ならひょっとして、妾は今からかわれたのじゃ?」
「フフフフフ…………」
ローズが顔を上げてソエラさんの方を見ると、ソエラさんがニヤリと口元を歪ませる。その瞬間、ローズの怒りが爆発した。
「ぬあーっ! やられたのじゃ! ソエラ殿は意地悪なのじゃ! 何でそんなことするのじゃ!」
「フフフ、別に意地悪なんて言ってないですよ……ローズさんが勝手に勘違いしただけで、クルトさんやゴレミさんには伝わってましたし……フフフフフ……」
「ぬがーっ! その通りすぎて何も言えぬのじゃー!」
「よしよし、落ち着け」
頭を抱えて叫び始めたローズをもう一度落ち着かせながら、俺はチラリとソエラさんの方に視線を向ける。
俺の読みでは、ソエラさんがただの意地悪や嫌がらせでこんなことをしたとは思っていない。おそらくは「オーバード」になったローズが、その権威をどの程度振りかざすかを見ていたのではないだろうか?
だからこそわざと怒らせるような……それでいて怒りに正当性がないような方法を用いることで、今後のローズとの接し方を図ったのではないかと――
「フフフ、可愛い女の子が拗ねてる姿は、とっても可愛い……フフフフフ…………」
…………あー、ひょっとしたら違うかも知れん。ま、まあいいや。それより今は話を進めるべきだろう。
「えっと、ソエラさん? なら俺達はしっかり装備を調えようと思うんですけど、どこかいい店を紹介してもらえませんか?」
「フフフ、いいですよ。では探索者ギルドと提携しているお店を紹介しますね。フフフフフ……」
仕切り直して問う俺に、ソエラさんがそう言っていくつかの店を教えてくれた。それを聞いた俺達はお礼を言ってからギルドを出ると、そこから先は買い物タイムだ。
「うぉっ、さっむ!? やっぱ外はクソ寒いな……」
「最低でも防寒具くらいは先に揃えねば、まともに町を歩くのも辛いのじゃ」
「ならサクッとお買い物を済ませるデス! それまではゴレミに抱きついて暖を取るといいのデス!」
「ゴレミに……? あ、本当だ。ちょっと暖かい」
「ぬぉぉ、妾も! 妾も抱きつくのじゃ!」
「フフーン! ゴレミのモテ王サーガが始まったのデス!」
石の体は一見すると冷たそうなのだが、ゴレミはいつでもほんのり温かい。なので俺達はゴレミに密着しながら町を回り、必要なものを揃えていく。
地図やコンパス、食料や水筒などの雑貨は問題ない。そこそこの金額したが、これは完全に必要経費だし、まともな品を手に入れようとしたら値段交渉の余地もねーからな。ここでケチるのは自分の命を安売りするようなもんなので、提携店で普通に買った。なのでそれはいいのだが……問題は武具である。
「やっぱり買い換えしかないですか……」
入った店で店員さんにそう告げられ、俺は自分の鎧に視線を落とす。カージッシュの町で買った耐熱の革鎧は品質もよくお気に入りの逸品なのだが、これを耐寒仕様にするのは難しいようだ。
「ですね。普通の金属鎧とかであれば、耐熱の付与を外して耐寒の付与を付け直すこともできなくはないんですが、そちらは素材からして耐熱向きになっておりますので、そこに耐寒の付与をするのはちょっと難しいかと……
勿論無理をすればできなくはないですが、余計なお金がかかりますし効果も落ちます。なので当店としては買い換えをお勧めしますね」
「うーん……」
「妾のように、魔導具で済ませるのは駄目なのじゃ?」
悩む俺に、ローズが横から声をかけてくる。ローズが身につけている耐寒装備は、青い宝石の嵌まった腕輪だ。これは単に今までの耐熱の腕輪を外して新しく買った耐寒の腕輪を着けているだけである。確かにそういうのなら手軽に付け替えられはするんだが……
「魔導具系は魔力消費が多いんじゃなかったデス? 確かにマスターの魔力も増えてると思うデスけど、常時発動させ続けるのは難しい気がするデス」
「それに耐熱装備と耐寒の魔導具を一緒に身につけてしまうと、互いの効果が干渉して弱くなってしまうんですよ」
「む、そうなのじゃ? じゃが妾の知っている者には、暑いところも寒いところも大丈夫じゃと言っている者がおったのじゃが……?」
「ああ、それはきっと特定の何かではなく、複合型の環境適応を付与されているんでしょうね。であれば暑さと寒さの両方が大丈夫になったりしますし、更に強度があがれば毒の空気を無効化したり、水中で呼吸できるようになるようなものまでありますからね。
ただそういうのは魔導具型だと相当な魔力を消費しますし、武具なんかに付与する場合は素材から特殊なものが必要になるので、相当高額になるかと……」
「ほほぅ? ちなみにそういうのって、お幾らくらいなんですかね?」
「当店での扱いはありませんけど、最低でも五億クレドくらいからでしょうか? それぞれ単独の付与ならもっとずっとお安いですけど、複合型は一つ対応が増えるだけで金額が跳ね上がりますので」
「あ、そっすか……」
今の俺達には虎の子の一億クレドがあるので、毎回買い換えるくらいならちょっと奮発しちゃおうかなと聞くだけ聞いてみたのだけれど、予想を遙かに超えた高額に心がスンッとなる。
あー、うん。そうだよな。最高級ってのは、俺みたいなガキが考える何か高そうなイメージくらい、余裕で超えてくるよなぁ……
「あとは、そうですね……防具をそのままということであれば、鎧の上から羽織る形になるオーバーコートとかはどうでしょうか? こちらは魔導具ではないので『耐寒』の効果はないですけど、純粋に素材の断熱性が高いので暖かいですし、防御力も相応にあります。
ただどうしても重ね着という形になるので多少立ち回りに影響は出るでしょうし、耐えられる寒さにも限界がありますが」
そう言って店員さんが取り出してきたのは、白く輝く毛皮のコート。襟回りがもじゃもじゃの毛でモフッとしており、見るからに暖かそうだ。
「おおー、これなら今の装備の上からでも羽織れるな。でも『耐寒』じゃないってことは、これだけだと<永久の雪原>はキツいですかね?」
「私自身は入ったことがないので断言はできませんが、寒すぎて活動できなかったという苦情をいただいたことはありませんね。ただまあ念には念をということで、インナーなども合わせて揃えた方がいいかとは思います」
「なるほど……そっちも見せてもらっていいですかね?」
「勿論です。試着もしていただけますよ」
「それはありがたいです。よろしくお願いします」
店員さんの申し出に、俺はお礼を言いながら新たに出された服を着ていく。そうしてじっくりと納得いくまで話し合い……俺は遂に結論を出した。





