恐ろしいダンジョン
「確実に全滅って……俺達に何か問題が? あ、それともひょっとして、ダンジョンの方に何か異常があったとか?」
「おぉぉ、ちゃんと聞く姿勢……偉い偉い。フフフフフ……」
「えぇ……?」
ごく普通に質問したら何故か褒められて、俺は戸惑いの声をあげる。だがそんな俺の態度に、ソエラさんは髪の間から見えている口元を楽しげに歪めた。
「フフフ、不思議ですか? でもクルトさん達みたいに若くして並外れた経歴を持っていると、人の話を聞かない子が多いんです。自分達なら大丈夫、これまで平気だったんだから今回もいける……そうやって元気よく飛び出していって…………そして二度と帰ってこないんですよ。フフフフフ……」
「それは…………」
深く沈む悲しげな笑い声に、俺は何も言えなくなる。多くの探索者を見送ってきたであろうソエラさんの気持ちは、俺なんかが計り知れるものじゃないだろう。
「特に<永久の雪原>は大ダンジョンのなかでも死亡率がダントツトップなので、もしここでちゃんと話を聞いてくれないような子だったら、ちょっと強引な手を使ってでも引き留めるつもりでした」
「強引な手? それって一体……?」
「それは勿論、秘密ですよ。フフフフフフフフフ……」
唇にそっと立てた人差し指を押し当てるソエラさんから、形容しがたい迫力のようなものを感じる。これは……うん。きっと調子に乗っていたら、とんでもない目に遭わされるやつだろうな。
「ハニトラデス! ハニトラを仕掛けられるのデス! 生意気なオスガキがわからされる展開なのデス!」
「何じゃと!? そ、そういう破廉恥なのはあまりよくないと思うのじゃ!」
「ゴレミの言うことを真に受けるなよ……それでソエラさん。具体的には何が問題なんですか?」
いつも通りにアホな事を言っているゴレミをスルーし、俺はやや強引に話題を戻す。するとソエラさんがまるでカーテンのように左右に開いていた黒髪を戻すと、背中を丸めて最初の状態に戻ってから説明を始めた。
「フフフ、では順番に説明しますね……<永久の雪原>は<火吹き山>や<深淵の森>と同じで、いわゆるフィールド型と言われるダンジョンです。そしてその特徴は……フフフ、とても寒いことです」
「そりゃまあ、雪原なら寒いじゃろう――」
「はい、そこ!」
「ひいっ!?」
相づちのようなローズの言葉に、ソエラさんがグッと身を乗り出しながら、人差し指を突きつける。髪の隙間からギロリと睨む目が垣間見えて、控えめに言っても怖い。
「す、すまぬのじゃ! 悪気はなかったのじゃ! 頼むから呪い殺さないで欲しいのじゃ!」
「フフフ、呪い殺したりはしないです。でも今の認識で、ローズさんは間違いなく死にました」
「? 寒いところを寒いと考えるのが、何かマズかったんですか?」
「寒さの認識の違いです。ここの『寒い』は、クルトさん達が想像しているような『寒い』とはレベルが違います。たとえば今のクルトさんたちの格好で<永久の雪原>に入ったりしたら……」
「……ど、どうなるデス?」
「五分で凍死します。絶対生還できません」
「うっ…………」
真剣な声で重い言葉を返され、俺達は揃って言葉を失う。だがそんな俺達の様子に、ソエラさんは責めるでもなく、何故か嬉しそうに頷いた。
「ええ、それでいです。『だって』とか『でも』って言葉が出たら、その人達は死にます。
いいですか? ダンジョンに入ってすぐは、寒いけどまだ耐えられる……くらいの感じがすると思います。でもそのせいで『ちょっと入り口の様子だけ見て帰ろう』と考えてしまう人がいるのです。
そういう人は油断したまま雪原を進みます。でも<火吹き山>の暑さと違って、<永久の雪原>の寒さは体の感覚を麻痺させます。ほんの一、二分歩いただけで体の芯が凍り付き、寒いという自覚すら失われて訳もわからずその場で倒れ込み、そのまま眠るように死んでしまうのです。
だから、『当然の寒さ』などと侮ってはいけません。それは貴方達を死の眠りに誘う、このダンジョンの最初にして最大の罠なのです。フフフフフフフフフ……」
「……っ。あ、ありがとうございます」
ソエラさんの言葉に、俺はゴクリと唾を飲んでから思わずお礼の言葉を口にした。もしここで警告されなければ、俺はまさに「ちょっと様子を見て、それから装備を調えよう」と思っていたからだ。
だってそうだろ? どのくらい寒いかわからないんじゃ、どの程度の防寒装備を調えていいかわからない。それに加えて逆ながらも似たような性質を持っている<火吹き山>では、対策が必要なほど暑くなるのは多少進んでからだった。その経験があればこそ、まずは体験してみようと考えてしまったのだ。
「ぬぅぅ、実に恐ろしいダンジョンなのじゃ……」
「でも、本来のダンジョンはそういう場所なのデス。ゴレミ達が比較的安全に活動できているのは、先人が探索して情報を集め、対策が練られているからなのデス」
「だよな。他のダンジョンだって何も知らずに入ったら何処もヤバいだろうし……いや、マジで気をつけよう」
「フフフ、その気持ちを忘れなければ、きっと長生きできますよ。フフフフフ……」
「はい、気をつけます。えっと、じゃあとにかく防寒装備は事前にしっかりしたものを揃える必要があるってことですよね。他には何かあります?」
「フフフ、勿論ありますよ……たとえば<永久の雪原>はここからだけじゃなく、周囲の何処からでも入れますが、絶対にここ、ギルド内部の正式な入り口以外からは入らないこと。他から入ると……」
「ひょっとして、また死ぬのじゃ?」
「フフフフフ……」
おずおずと問うローズに、ソエラさんが意味深な笑い声を返す。ああ、これは死ぬんだろうなぁ。
「<永久の雪原>は永遠に明けない夜の雪原。何故か視界はそれなりに通るけれど、暗いものは暗いし、目印になるようなものもほとんどありません。他の場所から入ると現在地どころか方角すらわからなくなって、そのまま凍えて死ぬことになりますよ……フフフ……」
「やっぱりなのじゃ! 死にすぎなのじゃ!」
「あの、ソエラ? 他にはどんなのが死ぬデス? もう片っ端から教えて欲しいデス」
「フフフ、いいですよ。まず特殊な水筒がないと、水が凍って飲めなくなるので死にます。特殊な処理を施した保存食がないと、食べ物が凍って死にます。ああ、食べられなくなるわけではなく、凍った食べ物なんて食べたら体の内側から冷えて凍え死ぬわけですね。
他には専用の地図とコンパスを用意してないと迷って死にます。特殊な魔物が出現する場所では、その対処法を知らないと死にます。比較的安全が確保された所定の休憩場所以外で休むと高確率で死にます。足に怪我を負って歩けなくなったりすると死にます。そういう人を助けるために背負って移動しようとすると大体死にます。助けを呼ぶために大声を出しても、誰にも聞こえずそのまま死にます。逆にそういう声を聞きつけて助けにいっても、その場には誰もいなくて探している間に死にます。
あとは――」
「おぉぅ…………」
つらつらと途切れることなく続いていく「死にます」の言葉に、俺達は顔を引きつらせて黙って聞き入ることしかできなかった。





