ダンジョン制覇への道
「っ!? さっむ!?」
転移門によって転移した直後。体を包む空気のあまりの冷たさに、俺は思わずそう叫んでしまった。そしてそれは俺だけではなく、隣にいたローズも同じだったらしい。
「ぬぉぉ、めっちゃ寒いのじゃ!? 室内なのに何故こんなに寒いのじゃあ!?」
「だよな!? 何でだよ!?」
ここはミニッツ連邦共和国、ノースフィールドの町。本来ならフラム様と一緒に避難する予定だったこの地は極寒の雪国であり、これが屋外だというのなら納得もできる。
が、転移門による転移は今回は問題なく成功しており、ここは探索者ギルドの内部。だというのにこの寒さはどういうことかと戸惑っていると、側にいた気のよさそうな男の人が、肩に木箱を担ぎ上げながら話しかけてくれた。
「ははは、あんた達、ノースフィールドは初めてか? ここはすぐそこにある物資の保管庫と繋がってるから、ちょっとだけ寒いんだよ」
「ちょっと!? え、これでちょっとなんですか!?」
「ああ、ちょっとさ。そんな格好で凍えないんだからな。ま、安心しな。受付の方に行けばちゃんと暖かいから」
「おお、それはよいことを聞いたのじゃ! さあクルト、今行くのじゃ! すぐ行くのじゃ!」
「おう、そうだな。ゴレミ、平気か?」
「……あ、はい。もう平気なのデス」
「うっし、なら早速移動だ! ありがとうございました!」
「いいってことよ。風邪ひかねーようにな!」
そう言って手を振る男性に見送られ、俺達は足早にギルドの内部を移動していく。すると確かに実感出来るくらいに周囲の空気が暖かくなっていき、通路を通り抜けて受付のあるホールまで辿り着くと、そこはもう「少し肌寒いかな?」くらいにまで暖かくなっていた。
ということで、まずはいつも通りに到着報告をするべく受付に向かう。するとそこには長い黒髪で顔が隠れた、猛烈に怪しげな受付嬢が立っていた。
「フフフ、探索者ギルド、ノースフィールド支部へようこそ。歓迎しますよ、『トライギア』の皆様……フフフフフ…………」
「は、はぁ。どうも……って、あれ? 俺達の事知ってるんですか?」
「そりゃあもう。皆さんは何かと有名ですし……っと、これ以上は言ってはいけないやつでした。申し訳ありません……フフフフフ…………」
「…………」
うーん、怪しい。何だか凄く怪しい。別に何かをされたわけじゃないし、そもそも今出会ったばかりなのだが、とにかく目の前の女性……女性だよな? からは怪しさが滲み出ている。ぱっと見でも怪しいのに、重ねてジワジワしみ出してくる感じの怪しさだ。
(のうクルトよ、この者は大丈夫なのじゃ?)
(そんなこと俺に聞かれてもなぁ)
そのあまりの怪しさにローズが小声で問いかけてきたが、俺だってどうしていいかわからない。と、そんな風に俺達が戸惑っていると、横にいたゴレミがいつも通りに叫び声をあげた。
「ウギャー! 陰キャ怨霊系女子なのデス! 髪を上げると素顔が美人だったり、口下手なだけで実はいい人だったりするのデス! ゴレミとキャラが被ってるのデス!」
「いや、お前完全に真逆じゃねーか! あー、すみません。こいつはその……」
「フフフ、大丈夫ですよ。その辺の事情もバッチリ把握してますから……あと、これも」
そう言うと、謎の受付嬢が丸めていた背中をグッと張り出し、正面に長く垂れ下がっていた髪を左右に分ける。すると顔……は口元しか見えなかったが、代わりにかなり立派な胸部が猛烈な主張を始めた。
「大きいの、お好きなんですよね……フフフ」
「っ!? そ、それは……イテェ!?」
瞬間、俺の臑に激痛が走る。
「クルトよ、そういうのはいかんと前にも言ったのじゃ?」
「そうデス。毎回毎回同じ事をやりすぎて、流石にそろそろ飽きられるところなのデス」
「ちっげーよ! 俺はただでかいなって……更にイテェ!? だから違うって! 身長! ほら、スゲー背が高いなって思っただけだから!」
ジト目を向けてくるゴレミとローズに、俺は慌ててそう弁明する。実際さっきまでは俺と同じかちょい低いくらいだと思っていた女性の身長が、まっすぐに背筋を伸ばしたことによって俺より高くなっている。これ下手したら一八〇センチくらいあるんじゃないだろうか? 女性としては相当な高身長だ。
「……まあ、確かに背は高いのじゃ」
「じゃ、今回だけはそういうことにしておいてあげるデス」
「何だよ、くそっ……すみません。何かご存じみたいなんですけど、一応俺達も自己紹介させてください。俺がパーティリーダーのクルトで……」
「妾はローザリア・スカーレット・オーバードなのじゃ! 気軽にローズと呼んで欲しいのじゃ!」
「ワタシはゴレミデス! ゴレミが名前なのデス! 全次元美少女ゴーレムコンテスト、三年連続ナンバーワンなのデス!」
「それ絶対お前しか参加者いねーよな!?」
「フフフ、ご丁寧にどうも……私はソエラと言います。以後宜しくお願い致します」
思わず突っ込みを入れてしまった俺をそのままに、ソエラさんが深々と頭を下げる。その何気ない仕草に何処か見覚えがあるというか、何となくリエラさんに似ている感じがしなくもなかったんだが……ま、いいだろう。だからどうってことでもねーしな。
「フフフ……それで皆さん、こちらにいらしたということは、<永久の雪原>に挑戦されるということでよろしいですか?」
「ええ、そのつもりです」
ソエラさんの言葉に、俺は大きく頷く。そう、<永久の雪原>の存在こそが、俺が次の目的地としてここを選んだ最大の理由だ。というのも……
「ゴレミとマスターは、これで大ダンジョン制覇なのデス!」
「あ、そう言えばそうですね。フフフ、おめでとうございます」
はしゃぐゴレミに、ソエラさんが低い声で笑いながら讃えてくれる。大ダンジョンの制覇……それは探索者が人生の目標として掲げるものの一つで、具体的には<底なし穴>、<無限図書館>、<火吹き山>、<天に至る塔>、<深淵の森>、<永久の雪原>の全ての大ダンジョンに入ることである。
ちなみに、これら全てのダンジョンの最奥まで辿り着いた場合は「完全制覇」となるのだが、どれ一つとして人類が最奥に辿り着いた大ダンジョンはないので、そちらが達成されるのは、いつか何処かに本物の英雄が現れたときだろう。
「うぅ、妾も<底なし穴>にさえ行けば、制覇になるのじゃが……」
「ははは。ローズはもうしばらくお預けだな。いずれはエーレンティアには戻りたいって思ってるから、その時でいいだろ」
「そうデス。焦ることはないのデス。それに本当の意味での制覇は、ゴレミとマスターもまだなのデス」
「あー、それはなぁ……」
世に確認されている大ダンジョンの数は七つ。だがそのうち六つで「制覇」と呼ばれるのは、残る一つがまともな手段ではいけないからだ。
「世界の何処かでランダムに開く入り口からしか入れないとか、無理だろ」
「一度開けば一ヶ月くらいは開きっぱなしらしいデスけど……まあ普通は辿り着けないデスね」
転移門のある場所はそれぞれ大ダンジョンのある場所だが、七つめの大ダンジョンの入り口は、他の大ダンジョンの側には出現しない。つまり徒歩なり馬車なりで辿り着ける場所に入り口が開かなければ入ることすらできず、中を探索する時間も考えれば、それこそ「朝起きたら隣の空き地に入り口が!」とかでもなければ無理という、実に理不尽な存在なのだ。
「フフフ、皆さんはまだまだお若いんですから、焦る必要はないと思いますよ……さて、それじゃクルトさんとゴレミさんがダンジョン制覇を達成するために必要な<永久の雪原>の説明に移らせていただきますが……フフフフフ…………」
「は、はい…………」
妙に言葉を溜めてくるソエラさんに、俺は軽く息を飲んで続きを待つ。
「今の皆さんが入ると確実に全滅するので、立入禁止です」
「…………えぇ?」
どうやらダンジョン制覇への道は、入り口から厳しいようだ。





