自由への道
その後、俺達はフラム様に隠し扉の向こう側の報告をすると、遂にこの長い一日に終わりを告げることができた。フラム様の手配で町中に高級宿を取ってもらうと、久しぶりに……というか、人生で一番のふかふか具合を誇るでかいベッドに飛び込んで泥のように眠る。
だがそれからもまた、俺達には怒濤のように忙しい日々が待っていた。大きなイベントで言うならば、たとえは反乱の終結から五日ほど経った頃。フラム様から呼び出しがあり、今回の協力に対する報奨の話を相談された。
「どうする? この騒動で少々空きができたから、今なら男爵位くらいならあげられるよ? ああ、領地経営が面倒ってことなら、騎士爵の方がいいかな? あれなら偶に呼ばれて陛下に謁見したりするくらいで基本自由だし、そのうえで毎月俸給が支給されるからお得だよ?」
「いやいや、俺みたいな平民にはあまりに過分な報酬なんで、謹んでお断りさせていただきます」
穏やかな笑みを浮かべて甘い囁きをしてくるフラム様に、俺は必死に笑顔を貼り付けたまま断固として断る。
だってそうだろ? ローズにも言ったけど、ここで貴族になんてされたら、そのままズルズルとフラム様の派閥に囚われ、最終的にはローズと結婚して城に住むような未来しか見えてこない。
別にそれが不幸ってわけじゃねーし、あるいは将来「何であの時貴族になっておかなかったんだ!」と後悔することだってあるのかも知れねーが……まあそれはその時の話だ。今の俺はまだまだ自由に冒険が、探索がしたい。自由の価値は、きっと俺が思っているよりずっと高いはずだからな。
ということで叙爵を辞退すると、その代わりとして俺達はわかりやすく現金をもらった。その額何と一億クレド……今の俺には目が飛び出るような大金だが、同時にパーティ全員のいい装備を揃えようとすると、割とあっさり溶ける額でもある。
なのでひとまず、その金は探索者ギルドに預けることにした。商業ギルドと提携しているため、ある程度大きな町の店なら現金を持ち出さなくても証文と探索証で金のやりとりができる便利システムである。
前にカージッシュの探索者ギルドでカエラさんも言っていたが、金というのは今いくら持っているかではなく、今いくら稼げるかを基準にしないと痛い目をみることになる。いざとなれば金があるという心の余裕を保ちつつ、無駄な散財はせずに日々の稼ぎの中で暮らす。これこそが一番賢い暮らし方だろう……多分な。
あーそれと、今回の活躍の結果、ローズが正式に「オーバード」の家名を名乗ることを許されることとなった。流石に俺とゴレミはその式典に出ることはできなかったが、すっかり元気になった皇帝陛下に公式の場で認められたことを、ローズは殊の外嬉しそうに語っていた。
ちなみに「ならローズの目的は達成されちまったんだし、もう探索者は辞めて城に戻っちまうのか?」と聞いたら、「そんなわけないのじゃ! 継承権こそ与えられたが皇帝の座など狙うつもりはこれっぽっちもないし、であれば今のうちに外の世界で見聞を広めできることを見つけておかねば、穀潰しの皇族として末代まで語り継がれてしまうのじゃ!」というスケールのでかい泣き言逆に聞かされた。
それはつまり、俺達とローズの関係ははまだまだ続くということだ。ゴレミは凄く喜んでいたし、俺も嬉しい。
と、この辺までが大きなことで、小さな問題の方はというと、今回の件で俺達の顔と名前はそれなりに広まってしまったため、色んな貴族が接触してくるようになってしまったことだ。
正直、これが厄介極まりない。立場的に断りづらいがかといって下手に曖昧な態度は見せられねーわけなので、その対応にはかなり苦労した。一応護衛の騎士を二人つけてもらい、町中に出るなら常に一緒にいてくれるのだが、どう見ても平民の俺が騎士を二人連れて歩いていたりしたら、悪目立ちすることこの上ない。
なので結局、待機時間のほとんどは宿で寝て過ごすことになったのだが……まあ、うん。暇だ。あまりにも暇過ぎて、縦に歯車を何個詰めるかチャレンジだけで一日終わったりもしていた。
だが、そんな日々も今日で終わる。帝都にやってきて一ヶ月……俺達は漸く、大ダンジョン<無限図書館>のあるテクタスの町に行くための馬車に乗り込もうとしていた。
「長々と引き留めてしまって悪かったね。こちらも色々と手続きがあって大変だったんだよ」
「いえ、気にしないで下さい。俺達もふかふかのベッドを一生分堪能させてもらいましたから」
何と自ら見送りに来てくれたフラム様に、俺は冗談交じりにそう答える。実際豪華な部屋というのは最初こそ感動するが、三日も経てばベッドの柔らかさと飯の美味さ以外には価値を感じなくなってくる。死ぬほど金持ちにでもならない限り、俺があの手の宿に自費で泊まることはもうないだろうからな。
「だがまあ、何とか騒ぎも一区切りついたよ。ということで、これは追加のお礼だ」
「え? これは……あ、転移門の使用許可証!?」
手渡されたそれに見覚えがあり、俺は思わず声をあげる。するとフラム様が苦笑しながら言葉を続けていく。
「ああ、そうだ。私としては君達にはこのままオーバードで活躍してもらいたいんだが……ほら、貴族からの勧誘に困っていただろう?」
「あはは……ということは?」
「うん。ダンジョンの中はある意味治外法権だからね。少々態度の宜しくない者達が、やや強引な手段に出る可能性もある。かといって表向きは普通の勧誘だから、それを規制することもできないし、一探索者である君達をずっと護衛し続けるのも難しい。それをしてしまうと、君達が特別であると宣言するようなものだからね」
「すみません。最後まで気を遣っていただいて……」
俺達が深く関わることを拒否したからこそ、完全に守り切ることはできない。そんなジレンマを口にするフラム様に、しかし俺の方こそ頭を下げる。これこそ俺が「自由の価値は安くない」と思う根拠で……フラム様もそれを尊重してくれているからこその許可証なのだということを、決して忘れてはならない。
「まあ、君達なら何処に行っても上手くやれるさ。それに困った事があったら、いつでも相談してくれ。ローザリアが一緒なら、私に連絡するのに苦労することもないだろうしね」
「わかったのじゃ! 何かあった時は、遠慮なく頼りにさせてもらうのじゃ!」
「姫殿下のことを、よろしくお願い致します」
「ゴレミにお任せなのデス! ローズの貞操はマスター以外から完璧に守ってみせるのデス!」
「いや、俺も手なんてださねーよ!?」
「ハッハッハ! それじゃクルト君、ゴレミ君、それにローザリア……皆元気でね」
「ありがとうございました」
「兄様、またなのじゃ!」
「オーベルタウンにさよならバイバイなのデス!」
フラム様とロッテさんに見送られ、俺達の乗った馬車が出る。貸し切りなので客は俺達だけということもあり、そこで改めて俺は二人に話を切り出した。
「さて、それじゃ何処にでも行ける許可証をもらったわけだが……二人は何処に行きたい?」
「ふむ? そうじゃな、妾としては何の挨拶もできずに飛び出してしまったシルヴィア殿達が気になるから、<深淵の森>のあるヘーゼルの町に行きたいのじゃ」
「ゴレミ的にはエーレンティアがいいデス。今のゴレミ達なら<底なし穴>もいい感じに潜れると思うデス!
あ、でも、せっかくお金があるデスから、カージッシュに行ってディルクやハーマンにイカす新装備を作ってもらうのもありだと思うデス!」
「そっかそっか。確かにそれもいいな」
「クルトは何処か、行きたいところはないのじゃ?」
「ん? あー、まあ一応あるっちゃあるけど……」
ローズの問いかけに、俺は曖昧な感じで答える。二人ほど明確な目的意識があるわけではないが、ちょっと気になっている場所だ。
が、それを俺が語ると、二人の目がキラキラと輝き出す。どうやら俺の目的は、二人もお気に召したらしい。
「確かにそれはよいのじゃ! 妾は一つ足りぬが、まあそれは後で行けばいいことじゃしな!」
「なら次の目的地は決まりなのデス!」
「何だ、二人共それでいいのか?」
「勿論なのじゃ!」「なのデス!」
確認する俺に、二人が元気に返事をする。そういうことなら次の目的地はあそこでいいだろう。
「んじゃ、再び何にも縛られない、自由な冒険の空へと旅立ちますか!」
「おおー、マスターがなんかそれっぽいことを言ってるデス!」
「ふふふ、クルトが格好つけておるのじゃ」
「な、何だよ。いいだろこういう時くらい!」
「勿論なのじゃ! 妾達も全力で乗っかるのじゃ!」
「では三人揃って、しゅっぱーつ! なのデス!」
「のじゃー!」
「おー!」
声を揃えて拳を突き上げ、互いの笑顔を見つめ合う。こうして俺達の新たな探索は、走っている馬車のなかで始まりを告げるのだった。





