隠されしもの
「うぉぉ、本当に壁が消えたのじゃ!?」
「そうだね。ただ棚を動かさないと奥にはいけなそうだ」
隠し通路の出現にローズが興奮した声をあげ、フラム様がそう言って考えこむ。壁は消えたが壁の前に設置された棚はそのままなので、当然この状態では奥にはいけないのだ。
「むぅ。ゴレミの腕が万全なら、このくらいはサクッと動かせるデスが……」
「では、こちらをお試し下さい」
「うおっ!? って、ロッテさん!?」
突然背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはごつい金属製の籠手のようなものを抱えたロッテさんの姿があった。何故みんな突然背後から声をかけるのかということに思うところがなくもないが、とりあえずそれはグッと飲み込んでおくとして。
「何ですかそれ? 腕力強化の付与がされた魔導具とかですか?」
「いえ、こちらはゴーレム用の腕パーツとなります。ゴレミ様の無くした腕の代わりになればと思ったのですが」
「おお、それは助かるデス! では遠慮なく使わせてもらうデス!」
差し出された腕を受け取り、ゴレミが自分の切断された右腕にカポッと押しつける。すると最初はぎこちなくビクビク動いていた指がすぐに滑らかに動くようになり、ゴレミが満面の笑みを浮かべながら親指を立ててみせた。
「ふっふーん! ゴレミ大復活なのデス! 鉄の拳が叩いて砕く! 今ならロケットパンチもいけちゃうのデス!」
「ろけっと……? よくわからんが、確かにその手で殴られたら痛そうだなぁ……ん? ロッテさん、どうかしました?」
ご機嫌なゴレミを前に、何故かロッテさんが唖然とした表情を浮かべていたので聞いてみる。するとすぐに表情を引き締めたロッテさんが、それでも若干の動揺を交えながら答えてくれた。
「あ、いえ、そちらの腕はオーバード製のゴーレムのパーツなのですが……まさか何の作業もなしに、押しつけるだけで動くようになるとは思っていなかったもので」
「やはりゴレミ君も、クルト君に負けないくらい特別な存在ということだろうね。うーん、調べてみたい……」
「はっ!? 駄目なのデス! ゴレミにそういう視線を向けていいのはマスターだけなのデス! 腕が繋がったところをじっくり見られるなんて、頭がフットーしちゃうのデス!」
「やめんか!」
気持ち悪い感じに体をクネクネさせるゴレミの頭を、俺は久しぶりにひっぱたく。うむ、相変わらず俺の手だけが一方的に痛いな。
「ほら、んなことより棚を動かすぞ。俺も手伝うから」
「妾も手伝うのじゃ!」
「お、そうか? なら少し離れたところから見て、棚の中身が落ちそうになってたら教えてくれ」
「任せるのじゃ!」
「それじゃマスター、いくデスよー?」
「おう!」
俺達は息を合わせて、でかい棚をズリズリと動かしていく。そうして何とか人が通れるように隙間を空けると、全員揃って改めて消えた壁の向こう側を覗き込んでみた。
「ふむ、こうして見る分には、ただの通路だね」
「あ、気をつけてくださいフラム様。これが『限定通路』と同じ仕様なんだったら、中は罠があると思うんで」
「おっと、そうなのかい? なら私は――」
「流石にこの中に入るのは、護衛として認められません。どうか自重してくださいませ」
「――ということらしいから、調査は君達に任せるよ」
背後に控えるロッテさんの圧力に、フラム様が苦笑して肩をすくめる。残念そうな顔をしているが、普通に考えれば当然なので、無理を言うつもりはなさそうだ。
「わかりました。あーでも、俺達が調べちゃってもいいんですか? お城の重要施設の奥なわけですし、もっとこう、ちゃんとした調査隊とかを組まなくても?」
「できればそうしたいという気持ちはあるけれど、正直この部屋にこれ以上人を入れたくはないんだよ。そしてそういう意味では、君達は私がこの部屋に入れるくらいには信頼している相手だ。
それにあの隠し扉はクルト君でなければ開けられなかったのだろう? ならこの先に同じ仕掛けがあった場合、やはりクルト君が必要になる。なら最初から任せた方がいいというのが、私の判断だ」
「なるほど。そういうことなら引き受けさせていただきます」
「兄様の分まで、妾が見てくるのじゃ!」
「ゴレミアイからは、赤と白の縞々シャツの男だって逃れられないのデス!」
「……いや、そんな目立つやつ見逃す方が難しいだろ?」
「ははは、君達は相変わらずだね。頼んだよ」
「全力を尽くします。んじゃ早速……食らえ、歯車スプラッシュ!」
笑顔で見送るような言葉を口にしたフラム様に背を向け、俺はひとまず通路の中に歯車を投げ入れる。すると今回は矢が飛んでくることも足下に穴が開くこともなく、歯車はカランと軽い音を立てて床の上に落下した。
「ふむ、ひとまず罠はなし……っと。ならゴレミが先頭で突入する。俺は後ろから歯車を投げまくって罠を調べるから、ローズは後方の警戒を頼む。もし背後から矢が飛んでくるとかだったら、魔法で燃やしちまってくれ」
「了解デス!」
「わかったのじゃ!」
それぞれのやるべき事をきっちりと決めると、俺達は改めて通路の中に足を踏み入れた。照明らしきものがないのに明るいのはまるでダンジョン内部のようで、暗くて見えないところから不意打ちがないだけで相当に助かる。
「歯車スプラッシュ! ……本当に何もねーな? てっきり防犯用の罠くらいあるかと思ってたんだが」
「そもそもここに余人が入ることを想定していないのではないのじゃ? そもそもクルトがいなかったら、あの隠し扉は開けられなかったのじゃ」
「そりゃあそうだけど……あれ? じゃあ初代皇帝って俺と同じ<歯車>のスキル持ちだったのか?」
「別にスキルがなくても、ピッタリ嵌まる鍵があれば隠し扉は開けられたと思うデス。マスターの能力はたまたま鍵としての汎用性が高いだけなのデス」
「あー、そっか。そりゃそうだよな」
言われてみれば、俺がクリスエイドに開けさせられた扉は皇帝陛下なら開けられたわけだし、この隠し扉だって歯車を嵌めて回しただけ……つまり先端がピッタリ嵌まる大きさの歯車になってる鍵があれば、普通に回して開けられたはずだ。
いかんいかん、ここで「あの鍵は俺にしか開けられなかったんだ」とかはしゃいでたら、大恥かいてるところだぜ……思ってないぞ? うむ。
とまあ、内心そんなことを考えたり考えなかったりしていると、通路は分岐することもなく、割とすぐに行き止まりになった。ただし終点にあったのは壁ではなく、これもまたダンジョンの小部屋にありがちな木製の扉だ。
「マスター、どうするデス?」
「そりゃあここまで来たら開けるしかねーだろ。ゴレミ、頼めるか?」
「了解デス! じゃあマスターとローズはちょっと離れていて欲しいデス」
その言葉に俺達が待避すると、ゴレミが盾になるように扉の正面に立つと、取り付けたばかりのごつい籠手で金属製の丸いノッカーを引っ張る。すると扉はギィッと軽く軋む音を立てて開き、室内が露わになった。
「……とりあえず大丈夫そうデス」
「了解! なら……おぉぉ?」
振り向くゴレミに返事をしてから近づくと、俺は室内を覗き込む。するとそこは作業机や棚があり、そこかしこに紙の束が積み上げられた二メートル四方くらいの小部屋であった。厚く埃が積もってはいるものの、紙や家具などが劣化している感じはないので、おそらくは何らかの魔導具で状態を保護されているのだろう。
「こりゃまたスゲーな……研究室とか、そんな感じか?」
「むぅ。何が書いてあるのかまったくわからぬのじゃ」
俺がキョロキョロと室内を見回していると、ローズが近くの紙束を拾い上げ、その内容に首を傾げている。釣られて俺も近くの紙束を見てみたが、何だかよくわからん文字と数字の羅列が目に飛び込んできて、俺の脳があっさりと理解を拒否してきた。
「あー……でもこれ、多分もの凄いお宝だよな?」
「初代様の研究成果が書き留められているのであれば、そうだと思うのじゃが……」
「? 何だよ、何か気になることか?」
「いや、初代様はあの『完全な人』とやらを作り上げるために研究をしていて、それを代々の皇帝が引き継いでおるのじゃろ? ならここにある内容もまた、当然引き継がれておるのではと思ったのじゃ」
「……ああ、なるほど」
初代の皇帝陛下とやらがこっそり研究していたのならともかく、その研究が今もなお引き継がれているなら、ここにある情報を初代皇帝が秘匿する意味がない。というか共有していなければとんでもない無駄が出るのだから、研究成果を纏めたものをしっかりと伝え残していると考える方が妥当だ。
「えー、じゃあこれ、あんまり価値ねーのか?」
「そんなことはないのじゃ。研究資料としての価値がなかったとしても、日常の雑記などが残っていれば歴史的な価値は凄いのじゃ! これは是非とも兄様に見せねばならぬのじゃ!」
「そっか、よかった。なら……どうする? とりあえずそこの木箱一つ分くらいは持っていってみるか?」
「それはやめておいた方がいいと思うデス。状態保存の魔法が室内にしか効果がなかったら、運び出した瞬間に紙が崩れてボロボロになったりするかも知れないデス」
「うぉっ、そいつは怖いな。よし、なら余計なことはしねーで、このまま帰ろう……うおっ!?」
ゴレミの言葉にびびって、俺は部屋を出ようとした。が、その時足下に積もった埃の下にあった紙を踏んでしまい、滑って転びそうになる。咄嗟に手を伸ばして体を支えようとしたのだが、その時俺の指先が扉の横にあった謎の出っ張りに触れてしまい――
『登録座標への転移を実行します』
突如床から立ち上った光に、俺の意識は白へと飲まれていった。





