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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第六章 歯車男と大帝国

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力の継承

「…………えっ?」


 一瞬、俺にはそれが何を意味しているのかわからなかった。だが俺の隣にいたローズが、とんでもない顔で声をあげる。


「まさか<水魔法>なのじゃ!? <火魔法>のスキル持ちである兄様が、どうして<水魔法>を使えるのじゃ!?」


「それがさっきの『因子』の効果なのさ。あらゆる人の優れた部分を抽出し、逆に注入することもできる……クリスエイドだって、もっと沢山の属性魔法を使っていただろう?」


「それは…………あ、兄様!?」


 そう解説するフラム様が、突然苦しげに顔を歪めてその場に膝を突く。崩れた水球がバシャリと水をまき散らしたが、濡れるのも構わずローズがフラム様に駆け寄る。


「どうしたのじゃ兄様!? 大丈夫なのじゃ!?」


「はぁ、はぁ……ああ、平気だよ。そしてこれが、自分のものではない力を扱う代償さ。こんなわずかな時間、こんな初歩の魔法を使うだけでこの疲労……言っただろう? この研究はまだまだ完成にはほど遠い、とね」


「ぬぅ……それはわかったのじゃが、無理をしてはいかんのじゃ」


「ふふ、悪かったね。でもこればかりは実際に見せないと納得できるものじゃないだろうからね……もう本当に平気だよ」


 心配するローズに若干申し訳なさそうな顔を向けつつ、フラム様が立ち上がる。するとそれを確認したゴレミが、軽く首を傾げながらフラム様に問いかけた。


「ということは、クリスエイドがあんなになっちゃったのは、その未完成な因子を大量に使ったからデス?」


「そうだね。この『因子』にはスキルだけじゃなく、強い筋力や莫大な魔力、病に対する抵抗力とかの身体能力も含まれているからね。それを何十と取り込んだことで、人の形を保てなくなってしまった……いや、それら全てを無理矢理人の器に収めようとして歪んでしまったのがあの姿だったんだろうね」


「なるほど……そりゃ国家機密になるわけだ」


 無茶をすると化け物に変異してしまうという事実も大変だが、それより重要なのは「他人のスキルや能力を自分の中に取り込むことができる」ということだ。もしこの研究が実現したら、それこそ誰もが望むスキルを得られる世界がやってくることになる。


 スキルは一人に一つ。その常識……いや、『摂理』が覆るとしたら、それは正しく世界をひっくり返すような大発見になることだろう。オーバードは既にその領域に片足を突っ込んでいるのだから、厳重に警戒するのが当然である。


「あの……本当にこれ、俺達が見て大丈夫なやつでした? 絶対口封じの対象になるやつですよね?」


 なので俺は、おずおずとフラム様にそう問いかける。知れば知るほど、この知識がヤバいという認識が強くなっていく。そんな不安に駆られる俺に、しかしフラム様は妙に優しい笑顔で語りかけてくる。


「いやいや、構わないよ。それどころかクルト君には是非知って欲しかったくらいだしね」


「へ!? 俺!? な、何でですか?」


「君の持つ<歯車>のスキルの可能性を目の当たりにしたからだよ。あれほどのことができるとなれば、君の因子は是非とも欲しい。だが因子の抽出はこの研究所で、専用の魔導具を使わないと無理だからね。


 薬や魔法で眠らせて、無理矢理……というのも不可能ではないけれど、どうせなら自分の意思で協力してもらった方がいいだろう? 勿論反乱の解決に協力してくれた報奨とは別に、謝礼を出すよ? どうだい?」


「はぁ。いや、そんなこと急に言われても……」


「兄様、それは危険ではないのじゃ?」


「そうデス! マスターをチュッチュしていいのはゴレミだけなのデス!」


 戸惑う俺を横に、ローズとゴレミが声をあげる。だがそれを受けたフラム様は、落ち着いた様子で言葉を返す。


「ははは、大丈夫だよ。確かに因子を抽出した場合、一時的に力が弱まることはあるようだけれど、長くても一〇日もあれば元通りに回復するはずだ。勿論絶対とは言えないけれど、少なくとも今までの被験者は全てそうだった。


 それにそもそも、因子とは血に刻まれた力だ。それこそ体に流れる全ての血を入れ替えるでもしなければ、失われたりすることはないのさ」


「へー、血に刻まれる……あれ? 何かそんな話、ちょっと前に聞いたことがあるような?」


「エルフの血の話に似てるデス」


「おお、そうなのじゃ!」


「エルフ? 何の話だい?」


 盛り上がる俺達に、フラム様が眉をひそめて問うてくる。なので俺とゴレミがローズの方を見ると、ローズは小さく頷いてから自分でそれを口にした。


「フラム兄様にはすっかり言いそびれておったのじゃが、実は妾はエルフの血を引いているらしいのじゃ」


「エルフの、血…………? すまない、話がまったく見えないんだが」


「ちゃんと順を追って説明するのじゃ! 実は……」


 そうしてローズが、<深淵の森(ビッグ・ウータン)>にてジルさんに聞いた話を語っていく。その全てを聞き終えると、フラム様がこめかみの辺りをピクピクさせながら頭をかかえた。


「そ、そうか。なるほど……エルフの血…………それがクリスエイドに知られていなかったのは、僥倖としか言い様がないね。もしクリスエイドが把握していたなら、ローザリアの体のことなど一切気にせず、取れるだけの因子を抽出されていたことだろう」


「むぅ…………」


「というか、正直私も気になって仕方がない。なあローザリア。お前の安全は保証するから、因子の抽出をやってみないかい? そこに明らかに人間と違うものがあれば、エルフの因子を特定できる可能性もある。


 ああ、それに勿論、普通に血を残すことも重要だ。多様性を考えるなら、できるだけ沢山の夫に迎え……そうだな、一〇人くらいは子供を生んで欲しいところだ」


「ちょっ、ちょっ、ちょっ!? フラム様、いきなり何を言い出すんですか!?」


「そうなのじゃ兄様! 妾とて皇族として、血を残す意義はわかっておるのじゃが……それでも気が早すぎるのじゃ!」


「はっはっは、ごめんごめん。でもそんな貴重な血筋を絶やすわけにはいかないことくらい、ローザリアにもわかっているだろう?」


「うぐっ、それはまあ……」


 フラム様に言われ、ローズが思わずと言った感じで口ごもる。俺みたいな一般人にはピンとこねーが、貴族や皇族であればその辺は常識なのだろう。


「とはいえ、私だって人の心がないわけじゃない。私の代わりに皇位を継ぎたいというのでもなければ、最初の一人くらいは意中の相手を選んでも大丈夫だ。そのくらいの調整は私がしてみせるからね。


 ということで、どうだいクルト君? 以前にも言ったけれど、ローザリアと子供を作ってみないかい?」


「「ぶふぉっ!?」」


 不意打ちのように蒸し返された提案に、俺とローズが同時に噴き出す。


「それ、前にもお断りしましたよね!? ローズとそういう関係になるのは、絶対にないですから!」


「そうなのじゃ! 確かにクルトのことは好きじゃし、信頼もしておるのじゃ! でも伴侶に……などということは考えたこともないのじゃ!


 ……でも、そうまで否定されるとちょっとだけ悲しいのじゃ」


「えぇ、何その面倒な感じ……どうしろと?」


 一緒に抗議していたはずなのに、何故か悲しげな顔をするローズに対し、俺は思いきり困った顔をする。するとフラム様ががしっと俺の肩を掴んで、顔を寄せながら話しかけてくる。


「おやおやクルト君。君は私の可愛い妹を悲しませるつもりなのかい?」


「そうじゃないですけど! でもほら、それとこれとは話が別っていうか……おいゴレミ、お前も何とか言え!」


「そうなのデス! 勝手なことを言ってはいけないのデス!」


 俺の呼びかけに、ゴレミが追従して声をあげてくれる。よし、これで形勢は五分――


「マスターの第一夫人の座は絶対に譲らないのデス! でもローズなら第二夫人として認めるのデス! ハーレムは男の甲斐性なのデス!」


「そんな甲斐性はねーよ!?」


「身分差のことなら気にしなくてもいい。今回の件の報奨ということにすれば、ローザリアと婚姻を結ぶのは十分に可能だよ。ああ、なら帝都に新居も用意しなければいけないね。それは私がお祝いとして贈ろう」


「勝手に話が進んでる!?」


「いやいやゴレミよ。気持ちはわかるのじゃが、曲がりなりにも妾は皇族なのじゃ。結婚するとなれば第一夫人の座は譲れぬのじゃ!」


「皇族だろうがモー娘だろうが、ゴレミの一位は譲れないのデス! 握手券を同封して不動の売り上げ一位を確立するのデス!」


「せめて誰か一人くらい、俺の話を聞いてくれよぉぉぉぉぉぉ!!!」


 話を聞かない皇太子様と、俺を無視して話し合うローズとゴレミ。そのどうしようもなく理不尽な世界に、俺の魂の叫びが虚しく響き渡った。

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