オーバードの目指すもの
「……………………」
クリスエイドの手を取り、フラム様が無言のまま項垂れる。そんな光景を前に、ローズがぽつりとその想いを口にする。
「妾もずっと、誰かに認められたいと思っておったのじゃ。じゃからこそたった一人でダンジョンに潜って……そこでクルト達に出会えたから、今の妾になれたのじゃ。
ならばもしかして、クリスエイド兄様にもそういう出会いがあったなら……この結末は変わったのじゃろうか?」
「……さあ、どうだろうな」
そんなローズの呟きに、俺は曖昧にそう答える。人生が何処でどんな分岐をするかなんて、それこそ神様にしかわからない。選んだ道が正しかったかなんて結果論でしかわからねーし、そもそも自分にとって正しい道が、他人や世間にとっても正しいとは限らないのだ。
なら、クリスエイドのこの生き様は正しかったのか? それを他人の俺が決めつけるのは傲慢の極みってもんだが……
「でもまあ、そう悪い終わりじゃなかったんじゃねーか? 散々迷惑かけといて、何だかいい顔してやがるしな」
「……そうじゃな。そうであったなら嬉しいのじゃ」
それでも俺は、生きている俺達に都合のいい解釈を、勝手に選んで決めつける。仲間のために、俺は傲慢になろう。文句があるなら、俺が死んだ時に聞いてやるよ。だから今は……安らかに眠れ。
と、そんな事を俺が考えていると、ずっと俯いたままだったフラム様が顔をあげ、ロッテさんに声をかける。
「……ふぅ。ロッテ、クリスエイドの遺体を回収しろ。丁寧にな。それと研究所の入り口に待機させた兵士達を、城内の残党勢力の掃討に向かわせろ。クリスエイドの騎士がいなくなった以上、抵抗はほぼないと思うが、念のため警戒は怠らないように。
その後はクリスエイドに加担していた貴族達の動向も抑えてくれ。今更何ができるとも思えないが、だからといってこそこそ動き回られては面倒だからね」
「畏まりました。では準備して参ります」
フラム様の指示を受け、ロッテさんの姿がこの場から消える。比喩じゃなく本当にスッと消えたのだが、もう今更なのでそこまで驚いたりはしない。俺が驚いたのは、それに続いたフラム様の発言の方だ。
「さて、それじゃクルト君、ゴレミ君、それにローザリア……君達にはこれから、私と一緒に扉の奥に行ってもらえるかな?」
「え!? いやいや、そこって本来は皇帝陛下しか入れない場所なんですよね? ローズはともかく、何で俺達まで!?」
「ははは、正確には『皇帝しか扉を開けられない』だけで、中に入っていいのが皇帝だけとは決まっていないよ。それにさっきも言ったけど、今の私は陛下から全権委任を受けているからね。私が許可を出せば平気だよ」
「えぇ……?」
笑顔で言うフラム様に、しかし俺は怪訝な声で返す。屁理屈も理屈と言うなら確かに法的には大丈夫なんだろうが、それを信じて安心するには、俺の心は大人の策略で薄汚れてしまっているのだ。
「それに、ちゃんと君達に見てもらいたい理由はあるんだよ。オーバードの……クリスエイドの目指したものがあんなものじゃないってことを、きちんと知っておいてもらいたい。それが察しの悪い兄として弟にしてやれる、最後の餞だと思うんだ」
「…………わかりました。そういうことならお供させていただきます。二人共いいか?」
「マスターが行くなら、当然ゴレミも行くデス!」
「妾の家の問題なのに、妾が行かぬはずがないのじゃ!」
「ふふ、そうか。では早速行こうか」
静かに床に横たわるクリスエイドの亡骸を最後にチラリと横目で見てから、フラム様が扉の方へと歩いて行く。なので俺達もその後についていくと、開いたままになっている扉はあっさりと俺達を迎え入れ……そこに広がる光景に、俺は思わず声をあげる。
「これは……!?」
それまでの金属製の壁や床から一片、円筒形の部屋はまさかの木の柱と石の壁で構成されており、壁に取り付けられた同じく木製の棚には、色とりどりの細長いガラスの筒のようなものが無数に陳列されている。
だがそれより目を引くのは、部屋の中央にあった魔導具だ。外に並ぶ「創生の器」とそっくりのその中には、人間の赤ん坊と思わしきものがぷかぷかと浮かんでいる。
「これは赤子……なのじゃ? ならば妾の弟か妹ということじゃろうか?」
衝撃を受けている俺とは裏腹に、ローズは割と平然とした様子でガラス管のなかを物珍しげに見ている。その反応にこそ驚いたんだが……あー、そうか。オーバードの皇族はみんなこんな感じで生まれるって、確かクリスエイドが言ってたもんなぁ。とは言え……えぇ?
「な、なあローズ。お前これ、平気なのか?」
「うむん? 何がなのじゃ?」
「だから…………やっぱいいや」
本当に不思議そうに首を傾げられては、俺としてもそれ以上何も言えない。うーむ、今日ほど生まれ育った環境の違いを強く実感したことはねーぜ……
「それでフラム、この子は何デス?」
「紹介しよう。彼こそが皇位継承第零位、オーバード帝国最後の皇帝、ノア・オーバードだ」
「最後の皇帝? それってどういう……?」
これほどの大帝国が、まさか次の代で終わりということはないだろう。意味がわからず問う俺に、フラム様がノアの入ったガラス管に手を添えながら説明をしてくれる。
「オーバード帝国は、元々『完全な人』を生み出すことを目的として作られた国なんだ。そして彼こそがその目標たる『完全な人』……になる予定ということだよ。
まあ完成にはほど遠いから、建国以来ずっとこのままの状態だけどね」
「建国以来!? 待って欲しいのじゃ兄様、それではこの赤子は四〇〇歳以上ということになるのじゃ!?」
「そうなるね。正確には四六一歳だったはずだ」
「いやいやいや!? 四六一歳って……え、これ生きてるんですか?」
「ああ、生きているよ。ただ生まれてはいないから、生命活動が維持されているだけとも言えるけれど。何せノアの人生は、まだ始まってすらいないわけだからね」
「はー…………」
あまりにも凄すぎるその事実に、俺は訳もわからずただ感心のため息を吐く。四〇〇歳超えの赤ん坊とか言われても、正直理解が追いつかない。
「あれ? ということは、クリスエイドはこの赤ちゃんになりたかったデス?」
「それはちょっと違うかな? クリスエイドが求めたのは自分が『完全な人』になることだからね。飢えず乾かず、怪我も病も老化すらはねのけ、万物を見通す英知とあらゆることを可能とする技術を持ち、永遠不変に絶対の象徴として世界を統治し続ける超越者……それこそが我等オーバードの目指す『完全な人』なんだよ」
「……………………」
薄い緑色の液体に浮かぶ赤子を見つめながらそう語るフラム様に、俺は完全に言葉を失う。何だろうその、子供が考えたみたいな欲張りセット人間は。そんなのはもう――
「兄様。ひょっとしてオーバードは、神様を造ろうとしているのじゃ? そんなもの実現するとは思えぬのじゃが……」
そんな俺の気持ちを代弁するように、ローズがフラム様に問いかける。するとフラム様は軽い笑みを浮かべながら魔導具の側を離れ、近くの棚に歩み寄っていく。
「確かに簡単ではないだろう。少なくとも今の技術では絶対に不可能だ。でも今日できないからといって、明日できないとは限らない。たとえばこれのようにね」
そう言ってフラム様が手に取ったのは、青色の液体の入った小さなガラス管。
「兄様、それは何なのじゃ?」
「ふふふ、これはね……っ」
ガラス管の先端に細い針のようなものを取り付けると、フラム様がそれを自分の腕に刺し、中の液体を注入する。そうして中身の一割ほどを入れ終わると、ガラス管を棚に戻してから俺達に向けて腕を伸ばした。
「さあ、見たまえ……ウォーターボール」
その瞬間、<火魔法>のスキルを持っているはずのフラム様の手のひらの上に、青く揺蕩う水の球が出現した。





