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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第六章 歯車男と大帝国

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深層への旅

「ぬっ、ぐっ、うぉぉぉぉぉぉぉぉ…………?」


 体が通るギリギリの大きさの穴、そのなかを無理矢理よじってくねって這いずり回って抜けたような感覚の先にあったのは、荒涼とした平原であった。


「これは……ちゃんと入れた、のか? おぉぉ!?」


 周囲を見回そうとして首を動かしたら、体が重い。水の中どころか、底なし沼に頭まで沈んでしまったかのような猛烈な重さだ。おまけに何か息苦しいし、こうしてただ立っているだけでも割と辛い。


「あー、こりゃ入れてるわ」


 だが、だからこそ俺はここが「クリスエイドの内側」だと確信できた。招いてもいない……むしろ拒絶したい相手がローズ(いもうと)を通じて無理矢理自分の中に入ってきたとしたら、そりゃこんな感じになるだろうと思えたからだ。


 ただ、それとは別に気になることが一つある。それは……


「……ここ、歯車がねーな?」


 そう、俺が入れるのはあくまでも「歯車の世界」であるはずなのに、ここには一つも歯車が存在していない。あるのはカラカラに乾いた地面と、その上で白く枯れた草。あとはこちらもやはり乾き果て、葉っぱの一枚すらついていない枯れ木がまばらに生えているくらいだ。


「うーん、何でだ? 何か違うところに繋がってる? でもそれなら俺がここにいられる理由がなくなっちまうし……まあ、進んでみるしかねーか」


 こんなところで突っ立ったまま考えても、わかることなど何もない。なので俺は恐ろしく重い体を気合いで動かし、乾いた大地を一歩ずつ前に進んでいく。その足取りは辛く苦しいが、それもローズ(なかま)の為と思えば頑張れる。


「はぁ、はぁ……頑張れる……頑張れはするけど…………でもキツいもんはキツいぜ…………」


 たったの数歩で息が切れ、一歩どころかすり足のようにして半歩進むのにすら渾身が必要。流石にこれは先が長すぎると懸念していると、突如俺の足から重さが消えた。


「うおっ!? っとっと!? な、何だ!?」


 いきなりのことに思わずつんのめってしまうも、何とか踏みとどまることができた。その状態で足を見ると、俺の靴のかかとのところに、小さな赤い歯車がピッタリと張り付いていた。クルクルと回り続けるそれからは、「妾も手伝うのじゃ!」というローズの声が聞こえてくるようだ。


「へっへっへ、そりゃそうだよな。自分の兄貴なんだから、ローズだって一緒にやりたいよなぁ。なら遠慮なく力を借りるぜ」


 その健気なクルクル具合に小さく微笑みつつ、俺は改めて足を動かす。まだ浅い水辺にいるくらいの抵抗はあるが、それでもさっきまでとは雲泥の差だ。まともに歩けるようになったことで、俺はローズの歯車と一緒に周囲を観察しながら枯れた平原を進んでいく。


「にしても……何か予想外な光景だな」


 代わり映えのない景色に、俺は独りごちる。あのクリスエイドの内側というからには、俺としてはもっとこう権力欲に塗れたギラギラした光景とか、あるいは恨み辛みでドロドロした場所を想像していたのだが、ここはそのどちらとも違う。


 かつては美しく穏やかな草原であったという名残を残しつつも、全てが乾いて朽ち果てた大地。その寂しさ、空虚さは、外からやってきただけの俺ですら泣きそうな気持ちになってしまう。


 ならこれが「自分の内側」であるクリスエイドは、一体どんな思いを抱えていたのだろうか? そんな事を考えながらも歩き進んでいくと、遂に目の前にコレまでとは明らかに違う建造物が現れた。


「うっわ、こりゃまた……でもまあ、こっちの方がらしい(・・・)よな」


 黒く艶めく黒曜石のような材質で作られた、遙かに見上げる巨大な城。高い城壁の外側は深い空堀が囲んでおり、巨大な跳ね橋は当然ながら上げられていて、俺に対する強い拒絶の気持ちが感じられる。


「間違いなくこの中が本命だよな。となるとどうやって入るかだが……」


 如何に精神世界とはいえ、「信じれば空も飛べる」なんて便利なものじゃない。というかそもそも俺は自分が飛べるなんて信じられないので、そうであったとしてもやっぱり飛べないだろう。


 つまり、ちゃんと歩いて入れる場所を探さなければならないわけだが、そもそもクリスエイドには俺を招き入れる理由など皆無なのだから、それがあるかどうかは甚だ疑問だ。


「そうなると、お約束の裏道とか抜け道とかか? でもそんなのノーヒントで見つかるもんじゃねーだろうし……うおっ、何だ!?」


 と、俺がそんな事を考えていると、不意に俺の靴にくっついていた赤い歯車の一つが、城の方へとビューンとすっ飛んでいく。それは跳ね橋を動かす歯車の機構にひっつくと、今度は靴に残っていたもう一つの赤い歯車が俺の目の前にひゅいんと飛び上がってきた。


「お、おぉぅ!? 何だよ……あ、ひょっとして回せばいいのか? そういうことなら任せろ!」


 言って、俺は目の前に浮いている赤い歯車を素手で掴んだ。だが次の瞬間、ビクンと身を弾ませた歯車が、俺の額にぶつかってくる。


「イテェ!? 何だよいきなり!」


「……………………」


 当然だが、歯車は何も言わない。だが俺が触ろうとすると逃げてしまうのに、手を引っ込めると俺の前でクルクル回ってみせてくる。うーん、これは……?


「……ひょっとして素手で触られるのが駄目なのか?」


 しばし考えたのち、俺はそう推論をたて、右手から出した歯車をその赤い歯車にそっと噛み合わせる。すると今度は赤い歯車が逃げることはなく、やたら重いそれを気合いで回すと、上がっていた跳ね橋が降りて城への道が完成した。


「はぁ、何だったんだよ今の……」


 作業を終えて息を吐くと、赤い歯車が俺の靴へと戻っていく。その際に「乙女の柔肌を何だと思っているのじゃ!」という怒りと照れの入り交じった声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。だって歯車は肌じゃねーしな。


 ……いや? ひょっとして現実の方の俺の手が、無意識に色々まさぐっていた可能性も……? ないな。絶対にない。もしあるかも? と考えてしまうと色々と駄目な感じになるので、ここはないということにしておこう。仮にあったとしても不可抗力だし、俺は悪くない……悪くないぞ。


「さ、さーて、城の中はどうなってるかな? おぉ!」


 若干の焦りと現実逃避を交えながら、俺は早足に跳ね橋を渡って城門をくぐった。すると周囲の景色が一変し、俺は今日何度目かもわからない驚きの声をあげる。


「やったぜ! やっと到着か」


 そこは外から見えた城ではなく、俺のよく知る大量の歯車のある世界だった。まずはスタートラインに立てたことに拳を握って喜びの声をあげると、俺は改めて周囲を観察する。するとそこは深く濃いダークブルーの歯車が、まるで川の流れのように繋がっている世界だった。


「ゴレミは星空みたいだったし、ローズは太陽っぽい感じだったけど、クリスエイドは川っぽいのか。やっぱ人によって結構違うんだな。


 んじゃ、次は異常を探せばいいんだったか? でも異常って言われてもなぁ」


 そもそも正常な状態を知っているわけじゃないので、何が異常なのかと言われても困る。何かこう、わかりやすく色の違う歯車とか、スゲーぶっ壊れてるところとかがあると助かるんだが……うん?


「ここの歯車、動きが悪いな?」


 無数の川のように連なっている歯車の流れのうち、とある一本に属する歯車の動きが妙にカクカクしている気がする。勿論正常であってもこういう動き方をしないとは言い切れないわけだが、さしあたって異常を見つけるというのなら、他と違う場所を当たるというのは常道だろう。


「んじゃ、まずはこれを遡ってみるか」


 カクカクと動いたり止まったりしている歯車の流れを、俺は上流へと向かって歩き進んでいく。枯れた大地をダークブルーの歯車に沿って移動していくと……


「うっわ、マジか」


 行き着いた先にあったのは、腐ったような緑の歯車の破片が大量に詰まっている光景であった。

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