外の戦い、内の願い
「皇帝……皇帝はこの私だぁぁぁぁぁ!」
「フレアブラスト」
「アクアブラスト」
「エアロブラスト」
「ロックブラスト」
「ライトニングブラスト」
「おっと危ない。ふふふ、どうしたんだいクリスエイド。お前の本来のスキルは<水魔法>だろう? 付け焼き刃の力のせいで威力が散漫になっているよ?」
「うるさいウルサイうるさい! 吹き飛べ! 消し飛べ! はじけ飛べ!」
「ファイヤーボール」
「アクアブラスト」
「ウィンドストライク」
「ロックストーム」
「サンダーレイン」
「おや、更に乱れたね? ならば私が、真に使い熟した力というのを見せてやろう。いくぞ……ブレイズフランベルジュ!」
「ウァァァァァァァァ!!!」
「おー、こりゃスゲーな」
複数属性の魔法が飛び交うなか、フラム様の持つ剣が突如として巨大な炎に覆われる。振り下ろされる炎の刃がクリスエイドの肉の体に食い込んで焦げ目を作る様を不壊の魔導具の陰から覗きつつ、俺はそんな感想を口にした。
こんな風に暢気にしていられるのは、敵であるクリスエイドが強くて俺達の出る幕がないというのもあるが、何より味方であるフラム様が俺の予想を大きく超えて強かったからだ。
これがもっとヤバそうだったら俺達も死力を尽くして援護しただろうが、割と余裕があるうえに本人から「これは我が国の問題だ。君達は手を出さないでくれ」と頼まれたのだから、無理して出しゃばっても邪魔にしかならないだろうしな。
「いくデス、フラムー! そこ! そこでカウンターなのデス!」
「おい、はしゃぎすぎてあんまり顔出すなよ? 流れ弾が飛んできたら、普通に吹き飛ぶぞ?」
「わかってるデス! ほら、いけデス! 今必殺の、サン・アタックなのデス!」
「ふざけんな馬鹿! 太陽なんて規模の魔法使われたら、俺達まで燃え尽きるだろうが!」
そんな俺のすぐ隣では、絶好調のゴレミが相変わらず適当なことを言っている。俺としては欠けた右腕が気になって仕方ないのだが、ゴレミ曰く「この程度ならどうということもないのデス。マスターが深爪したくらいの問題なのデス」ということなので、ひとまずは気にしないことにしている。
「にしても、あの感じだとフラム様のスキルも<火魔法>なんだな。ローズもガーベラ様もそうだし、皇族の<火魔法>の比率、高くね?」
「五〇人のうち三人だと一割近いデスから、多いと言えば多いデスね。でも父親が全員同じなら、そのくらいは偏っていても不自然とまでは言えないと思うデス」
「あー、そっか。皇帝の方の影響って考えれば変でもねーのか。なあローズ、その辺は…………ローズ?」
ということで、元々巻き込まれただけの部外者ということもあり、完全にクリスエイドを倒すフラム様を応援する立場に甘んじていた俺達だったが、ふと横のローズを見ると、その顔には随分と複雑な表情が浮かんでいる。
「どうしたローズ? 何かあるのか?」
「うむ…………なあクルトよ。フラム兄様は、クリスエイド兄様を殺すつもりじゃろうか?」
「それは…………」
ああ、そうだ。俺とゴレミにとってはこの大決戦は他人事だが、ローズからすれば血を分けた兄同士の殺し合い。そんな当たり前の事実に今更気づいて、俺は顔をしかめて言葉を失う。
「妾は子供ではあるが、それでも皇族なのじゃ。じゃからクリスエイド兄様が許されざることをしたことくらいわかっておるのじゃ。じゃがそれでも……家族が死ぬのは悲しいのじゃ」
「ローズ…………悪い、気が回らなくて……」
「ごめんデス、ローズ」
「いや、二人は悪くないのじゃ。むしろ妾の事情に二人を巻き込んでしまって、こちらこそ申し訳ないのじゃ」
「ハッ、それこそ気にするなよ。俺達は仲間だろ?」
「そうなのデス! だからローズははっきり言ってもいいのデス」
「言う? 何をなのじゃ?」
「それは勿論――」
「ローズが何をしたいかさ」
首を傾げるローズに、俺とゴレミは合わせて言う。
「迷惑なんて今更なのデス。だからここから一つや二つ問題が増えたところで、何てことはないのデス」
「そういうこった。だからローズ……お前はどうしたい? 俺達に何ができる?」
「クルト……ゴレミ…………っ」
俺達の言葉に、ローズが俯く。小さな拳をギュッと握り、たっぷり一〇秒くらい考えこんで……それから意を決したように顔をあげて言う。
「妾は……クリスエイド兄様を助けたいのじゃ。罪をなくしたいとかそういうことではなくて、ただ単純に、こんな形でフラム兄様に殺されるような終わり方にはしたくないのじゃ!
二人にとっては自分達を掠ったり、殺そうとした相手でしかないのはわかっておるのじゃ! でも、それでも妾は……」
「おう、わかった! わかったんだが……そうなると問題は、具体的にはどうすりゃいいかだな」
仲間の心からの頼みに、俺達が否を返すはずがない。が、やる気があるからといって実際に何でもできるわけではない。俺達は改めて変わり果てたクリスエイドの姿を見て、現実的な対処法を検討していく。
「単純に倒すだけなら、多分俺がローズの歯車を回せばいけると思うけど……その方向でいくか? 完全に無力化できるなら、流石にフラム様もとどめを刺したりはしねーと思うけど」
「そうデスね。というか、それくらいしか手段が思いつかないのデス。流石にあの状態から元に戻す方法は、ゴレミにもまったくわからないのデス」
「それなのじゃが……実は妾に、一つ考えがあるのじゃ」
「ほう? 何だよ、今日のローズは随分と冴えてるな」
「そんなのではないのじゃ! それにこれは、おそらくクルトがもの凄く苦労することになると思うのじゃ」
「俺?」
最近めっきりローズのパワーアップ要因が板に付いてきた俺が大変と言われ、思わず問い返す。するとローズは真剣な表情で自分の考えを口にした。
「そうなのじゃ。さっき妾が二人の力を借りて、兄様の騎士達を倒したじゃろ? 妾や騎士達に刻まれた術式は、当然ながら命令を出すクリスエイド兄様にも繋がっているはずなのじゃ。
なので、今度は妾を介してクルトが兄様のなかに入れれば、兄様のことが止められるのではないかと思うのじゃ」
「おおー! つまりマスターに、クリスエイドを説得させるということデス?」
「そうなのじゃ! 今回の事件でずっと兄様と一緒にいたクルトなら、きっとできると思うのじゃ!」
「それは…………うーん?」
目をキラキラさせて言うローズに、しかし俺は煮え切らない答えを返すことしかできない。
ここ数日の話で言うなら、確かに俺がこの三人のなかで一番長くクリスエイドと一緒にいたのだろう。
だがそれはあくまでも利用する者、される者の関係であり、友達みたいに仲良くなったというわけではない。それなのに無条件でクリスエイドを説得できるかと言われたら、限りなく無理な気がしなくもないのだが……
「それにほら、クルトは妾のために、妾の中に歯車を作ってくれたじゃろ? ならその逆に、兄様のなかに入って余計な歯車を壊しまくったら、兄様の姿を元の状態に戻せるのではないのじゃ?」
「えぇ? いや、そんなことやったことねーし。どう……なんだ?」
「できるのじゃ! きっとできるのじゃ! 妾ができると信じたならば、クルトならきっとやってくれるのじゃ!」
「何その信頼、超重いんだけど」
「ふふふ、仲間の信頼を背負ってそれを叶えるのが、リーダーというものなのデス!」
「無茶ぶりにも程があるだろ! ったく……」
無責任な発言をするローズとゴレミに、俺は苦笑しながらそれぞれの頭をグリグリと撫でる。
「仕方ねーなぁ。まあ確かに俺が『トライギア』のリーダーだし? 頼られたからには、いっちょやってみますか」
それはまるで、地平の果てまで続いている崖を飛び越えろと言われたような気分。どう考えたってできないと頭では理解しているのに、俺の心は「空飛べりゃ余裕だろ」とばかりに落ち着いている。
さて、地べたを這いずる人間様が、仲間二人の信頼を翼にしたら、果たして空を飛べるのか? ま、俺なりに頑張ってみますかね。





