野望の矛先
「うぉぉぉぉ!? 今のは一体何なのじゃ!?」
「氷の壁の向こうから聞こえたデス!」
「あの、フラム様? 明らかに大丈夫じゃなさそうな声? が聞こえたんですけど……?」
「そう、だね。でもあそこにあるものでクリスエイドに何ができるかと言われると……」
戦いは終わったとばかりの和やかなムードから一転、扉の奥から響いてきた雄叫びに俺が不安な気持ちを告げると、フラム様もまた真剣な表情で顎に手を当て考え始める。
だがそんなフラム様のことを無視して、ゴレミが俺に声をかけてくる。
「あの、マスター? 原因を考えるより、さっさとあの壁を突破して中のクリスエイドを抑えた方がいいんじゃないデス?」
「あー、そりゃそうだ。フラム様、いいですか?」
「ん? ああ、いいよ。許可しよう。ただし部屋の中のものは壊さないようにして欲しいんだが」
「善処します。てことでローズ、あの氷の壁溶かせるか?」
「やってみるのじゃ!」
俺の頼みに、ローズが氷の壁に近づいていく。だがローズが何かをするより早く、扉と俺達を隔てる氷の壁が派手な音を立てて吹き飛んだ。
バガァァン!
「ローズ、危ないデス!」
「ぬぉぉ!? 今度は何なのじゃ!?」
「何か出てきた…………っ!?」
氷の壁が砕け散り、開いたままの扉が露わになる。そしてそこから出てきたのは、とろけるような肉の波。
「うひょぉぉぉ!? 気持ち悪いのじゃ! 気持ち悪いのが足下に来てるのじゃ!」
「デロデロの肉がグログロな感じなのデス!」
「ちょっ、フラム様!? マジであの扉の奥って何があるんですか!?」
「いや、こんなものがある場所では……」
「クカカカカ……あに、うえ…………」
戸惑う俺達の前で肉の雪崩が止まると、その奥から何か……あるいは誰かが姿を現す。
それは確かに人であった。手があり足があり顔があり、それを称するならば間違いなく「人」だ。
だが同時に、それは人ではあり得なかった。無数の手が、足が、体の至る所から伸びており、薄皮の下には絶叫する人の顔のようなものが蠢いている。
人の形をした、人の肉の集合体。そんな歪な存在の中央には、唯一剥き出しの普通の顔……見覚えのあるクリスエイドの顔があった。
「クリス、エイド……!? お前、その姿は…………っ!?」
「どう、です? これぞわた、しの研究の…………しゅうたい、せい…………」
「何を言っている!? こんなものどう見ても……」
「大失敗にしか見えないのデス」
険しい表情を浮かべるフラム様が濁した言葉を、ゴレミがそのまま口にする。だがまあ同感だ。クリスエイドがどんな研究をしていたのかは知らねーけど、これを成功だと言い張るのは黒焦げの料理を至高の逸品だと強弁するより難しいだろう。
が、そんなゴレミの言葉が気に入らなかったのか、クリスエイドが目だけをゴレミの方に向け、肉の塊から無数の人の腕を生やす。
「フンッ。無知な……ゴーレム風情、が…………」
「ファイヤアロー」
「ウォーターアロー」
「ウィンドアロー」
「アースアロー」
「サンダーアロー」
腕の下に生まれた口が、それぞれに魔法の名前を紡ぐ。すると生えた腕の先に五本の魔法の矢が生じ、ゴレミに向かって打ち出される。
「うひゃぁ!?」
「ゴレミ!」
「くっ、『創生の器』が!?」
ドドドドドーンと五連続の着弾音が響き、ゴレミが床に転がる。同時にその近くにあった「創生の器」が一つ吹き飛び、フラム様が声をあげた。
『Dクラスのハザードを確認。施設保持のため、<不落の城壁>を起動します』
「おいおい、今度は何だよ!? ローズ、こっちに走れ!」
「わ、わかったのじゃ!」
突然頭上から響いたクリスエイドとは違う声に戸惑いつつも、俺は走り寄ってきたローズを受け止め、ついで近くの魔導具を盾にするように身を隠す。するとクリスエイドの視線がこちらに向いて、その体からまた新たな腕が生えてくる。
「フレアアロー」
「アクアアロー」
「エアロアロー」
「ロックアロー」
「ライトニングアロー」
「くぅぅ……って、ありゃ?」
さっきと同じようでちょっと違う魔法の矢が、俺が盾にした魔導具に炸裂する。だがさっきと違って魔導具は壊れず、俺とローズは怪我一つしていない。
「何だ? 今度は平気だった?」
「多分、さっきのアナウンスのせいなのデス」
「ゴレミ! 無事だったのか!」
首を傾げる俺のところに、魔導具の影に隠れながら移動してきたゴレミが話しかけてくる。
「アナウンスって、何かが発動したってやつか?」
「そうなのデス。おそらくデスが、今この施設の魔導具は、一時的にダンジョンの壁と同じように壊れなくなってると思うデス」
「おお、それは凄いのじゃ!」
「ならずっと隠れてりゃ、とりあえず安泰ってことか?」
俺の問いかけに、しかしゴレミは首を横に振る。
「ダンジョンの壁が壊れないのは、その無尽蔵に近い魔力で常時補強されてるからデス。でもこのお城にそこまでの魔力源があるとは思えないデス」
「そうだね。一般の施設に比べれば遙かに大量の魔力を貯蔵しているけれど、流石にダンジョンと同じとはいえないよ」
ゴレミの言葉に、フラム様がそう補足する。その体は俺達と違って魔導具の影には隠れておらず、今もクリスエイドだったモノに正面から相対している。
「兄様! 危ないのじゃ!」
「いいんだよローザリア。私にはクリスエイドと向き合う義務がある。なあクリスエイド、お前のその姿は何だ? 一体あの部屋で何をしたんだ?」
「何、とは、異な事、を…………あそこにあったものを、兄上、も、ご存じでしょう……?」
フラム様の問いかけに、最初に比べると随分と流暢に喋れるようになったクリスエイドがそう返す。
「『完全な人』……私はただ、そうなっただけ、ですよ…………」
「それは……まさか、全ての因子を自分に注入したのか!?」
「は、ははは…………当たり前、でしょう? 欠けていては『完全』ではない……だから全て。全てを……この身に…………」
「あり得ない! それが無理なことくらい、お前にわからなかったはずがない! あの騎士達を作る過程で、そんなことわかりきっていたはずだ!」
「ええ、そう……ですね。でも……もう、これしか…………方法が……なかった」
「…………私が。私達がお前を追い詰めすぎたから、こうなったのか?」
「それは……違い、ます、よ。私は最初から……『完全な人』になる、つもり……でした…………そして、オーバードの理想たる……完全な……皇帝に…………」
「その理想は、まだ遙か遠くにあった。どれだけ前倒したところで、お前がそうなれるはずがなかった。
わかっていたはずだ。わかっていて、それでもお前は……そこまでして皇帝になりたかったのか?」
「もち、ろん…………私こそ、が、最高の…………皇帝…………」
「…………わかった」
一瞬目を瞑ったフラム様が、腰に佩いていた剣を引き抜き、クリスエイドに向かって構える。
「先ほど陛下を救出した時、この事件が片付くまでの間、全権委任を承った。つまり今の私は、私こそが正式なオーバード帝国の皇帝だ」
「皇、帝……? 兄上が、皇帝…………っ!」
「そうだ。帝国の治世を乱した反乱の首謀者にして大逆人、クリスエイド・スィーラス。オーバード帝国皇帝フラムベルト・トリアス・オーバードが、お前の罪を今ここで裁く!」
「皇帝……オォォォォォォォォ!!!」
まっすぐに言い放つフラム様と、その言葉に身を震わせ雄叫びを上げるクリスエイド。こうして物陰に隠れる俺達の前で、兄と弟の因縁の対決だと思われるものが始まった。





