尊厳の代価
「…………えぇ?」
突然のゴレミの登場、そして突然の尻叩きに、その場の誰もが戸惑い動きを止める。だがそんななか、唯一ゴレミだけが己の意思を失わず、俺達とクリスエイドの間に立ちはだかりながら声をあげる。
「何してるデスかマスター! マスターも早くローズのお尻を叩くデス!」
「え? え!? 何で尻!? 意味が――」
「いいから早くペチンとやるデス! 今の時代に求められているのは、シリアスではなくお尻なのデス!」
「それ何か違うのか!? あーもう! すまんローズ……ていっ!」
相変わらず訳のわからないことを言うゴレミだが、それでもこのタイミングで乱入してきてどうでもいいことは言わないだろう。俺はその言葉を信じ、ローズの尻をペシッと叩いたが、すぐにゴレミからダメ出しの突っ込みが飛んでくる。
「そんなんじゃ足りないデス! もっと強く! もっと熱く! ネバーギブアップなのデス!」
「訳わかんねーよ!? なら……こうだっ!」
ペチィィィィィィン!
俺は呼吸を整えてから、強くローズの尻をひっぱたく。すると高い音と共にローズの尻がぷるんと揺れ……
「い……い……痛いのじゃぁぁぁぁ!」
「ローズ!?」
「痛いのじゃ! 痛いのじゃ! 素っ裸に抱きつかれたと思ったら、今度は尻を叩かれたのじゃ! 妾の乙女の尊厳が、世界の果てまで飛んで行ってしまったのじゃー!」
「うぉぉぉぉ、ローズぅぅぅぅぅぅぅ!」
「ええい、離すのじゃ! それはもうさっきやったのじゃ!」
「大丈夫デスよローズ。天丼は三回くらいまでならギリOKなのデス。四回までいくと流石にくどいのデス!」
「てん……なんじゃ? とにかく離すのじゃ!」
「……………………はっ!? ど、どういうことだ!?」
騒ぐ俺達の前で、我に返ったクリスエイドが叫び声をあげる。その視線がまず向いたのは、奴からすればいるはずのない存在……即ちゴレミだ。
「何故ゴーレムがここにいる!? 馬鹿な、あり得ない! お前のような低級品が、どうやって私の騎士を振り切ったというのだ!?」
「ふっふっふ、聞かれたからには答えてやるデス! あの時お前は騎士達にゴレミを追いかけろと指示したデスけど、あの時のゴレミはゴレミではなく、バッジの力でお掃除ゴーレムに偽装したゴレミだったのデス!つまり騎士達はゴレミではなく、正確にはゴレミの着けたバッジをターゲットにして追跡していたのデス!
更に逃亡中、騎士達はゴレミを追いかけながらも途中にある魔導具を壊さないように避けて移動していたデス。それを見たゴレミは、壊れたら直せない貴重な魔導具の保全は、ゴレミの捕縛より命令の優先順位が高いと判断したデス。
なのでゴレミは、その魔導具の隙間にバッジを押し込んだのデス。するとどうなるか? 壊せない魔導具の隙間にあるバッジに延々と手を伸ばすだけの可哀想な騎士が五人、爆誕なのデス!」
「なっ……がっ…………そ、そんなことが……!?」
一息に……呼吸はしてないが……長い説明をし終えたゴレミに、クリスエイドが絶句する。だがすぐに激しく頭を振ると、更なる突っ込みをゴレミに入れる。
「い、いや、騎士達への指示や行動に穴があったのは仕方ないが、そもそもお前がここにいることがおかしいだろうが! 主に『城の外まで逃げろ』と指示されたのに、何故途中まで逃げて戻ってきた!? 何の魔導具も持っていなかったこの男が、見えてすらいない場所にいる貴様にそれほど的確な指示など与えられるはずが……」
「そこはマスターとゴレミの間にある、愛の力なのデス! 愛は世界を救い、空間だって超越するのデス! 二四時間出ずっぱりなのデス!」
「意味がわからん!」
クリスエイドの魂の叫びに、俺もこっそり同意しておく。コイツと同じ考えを抱くのは、きっとこれが最初で最後だろうけどな。
「で、マスター、ローズ! ゴレミがこれだけ時間を稼いだデスから、もう調子は戻ったデス?」
「おう、バッチリだ! 気合いも注入されたしな!」
ゴレミの言葉に、俺は笑顔でそう答える。俺の頬にはおそらく小さな手形が浮いていると思うが、それこそが元気の素である。
「うわ、マスターのほっぺたが、ローズのお尻みたいになってるデス」
「まだ言うのじゃ!? もう本当に勘弁して欲しいのじゃ!」
若干泣き顔のローズが、しかし一転してクリスエイドをキッと睨み付ける。
「まったく、クリスエイド兄様のせいで今日は恥をかきっぱなしなのじゃ。じゃがそれもここまでなのじゃ」
「くっ、まさか曲がりなりにも我が妹が、尻を叩かれて正気を取り戻すような変態だったとは……だがそれなら、もう一度命令すればいいだけです。ローザリア、その男とゴーレムを殺せ!」
「ぬっ!? ……ふんっ! ふふふ、効かぬのじゃ!」
その言葉に、ローズが一瞬くらりと揺れる。だが俺達が心配するより前に、気合いを入れることで自力でクリスエイドの言葉を拒絶した。そしてその事実に、クリスエイドが驚愕の表情を浮かべる。
「な、何故!? 魔法を前に跳ばすことすらできぬ魔力操作で、私の施した『隷属の首輪』を無効化できるはずがないのに!?」
「確かに妾には、そんな繊細な魔力操作は無理なのじゃ。じゃが兄様は忘れておらぬか? 妾には兄様を遙かに超える魔力があるのじゃ! 不意を打たれた初回はともかく、来るとわかっている二度目など、妾の魔力で無理矢理押し流してしまえばどうということもないのじゃ!」
「おおー、流石はローズ! ごり押しの天才なのデス!」
「……それは褒めておるのじゃ?」
「この上ない賞賛なのデス! 力こそパワーなのデス!」
「それ、意味同じじゃね?」
「ぐぅぅ……ええい、もういい! お前達と話していると頭が痛くなる! 騎士共、この男とローザリアを殺し、ゴーレムは破壊しろ!」
苛立ちが限界を超えたのか、遂にクリスエイドがそう騎士達に指示を出した。全周を囲まれている状況で一斉に剣を構える騎士達に、俺は慌てて床に落ちていた剣を拾い上げ、中央付近で二人と固まる。
「おっと、こりゃヤベーな。ゴレミ、この先はどうなってんだ?」
「時間を稼げば援軍がくる予定なのデスが、どのくらいで来るかはわからないのデス」
「そっか。ならここは気合いで乗り切るしかねーな」
ゴレミの言葉に、俺は笑いながらそう告げる。クリスエイドが騎士の札を切った以上、これ以上のだまし討ちはないだろう。なら後は全員揃って抗い続けるだけだ。
「のうクルトにゴレミよ、妾に考えがあるのじゃが、乗るのじゃ?」
と、そこで不意にローズがそう口にする。なので俺はゴレミと一瞬目を合わせると、二人揃って頷く。
「当然! 何をすればいい?」
「ゴレミだって役に立つのデス!」
「ならば妾、クルト、ゴレミの順番で手を繋いで、クルトは妾の力の伝達を、ゴレミはどんな形でもいいから、騎士の体に触れて欲しいのじゃ!」
「了解!」
「ガッテン承知デス!」
細かい理屈などいちいち聞かない。俺達は言われたとおりに手を繋ぐと、丁度斬りかかってきた騎士の攻撃をゴレミが受け止める。
「ゴレミガー……ドォ!?」
剣の一撃が、ゴレミの石の腕を切り飛ばす。その光景に俺はジャッカルに壊されたゴレミの姿を思い出して心をざわつかせたが、当のゴレミは冷静に左手を突き出し、騎士の胸に手のひらを押しつける。
「ゴレミプッシュ! ローズ!」
「クルト、妾の力を!」
「っ! 任せろ!」
ローズの呼びかけに我に返ると、すぐに手を通してローズから伝わってくる力をゴレミへと受け渡す。そのあまりに強い力の流れに、俺の中の歯車が真っ赤に燃えてプスプスと燻っているような感覚に陥るが……ハッ、さっきのファイヤーボールに比べたら、こんなの屁でもねーぜ!
「皆を縛る暗き糸よ、一切揃って燃え尽きるのじゃ! フレアコネクト!!!」
「……ぐ……が…………がぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
それは本来、俺とローズを魔力で繋ぐ魔法。だが俺を介してゴレミに繋がったそれは、ゴレミから更に騎士へと繋がり、ゴレミが直接触れていた騎士のみならず、周囲にいた全ての騎士の兜の隙間から炎が噴き出し、騎士達が叫び声をあげてバタバタと倒れていく。
「……………………は?」
「ふぅ、ふぅ…………ふ、ふふふ。どうじゃクリスエイド兄様? これが妾の……いや、妾達の実力なのじゃ!」
呆気にとられるクリスエイドに対し、珍しく息を切らせたローズが、誇らしげな笑みを浮かべてそう告げた。





